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死霊使いの虜囚

 マティマナは息抜きにライセル城の庭園を散歩していた。

 主城内を歩くときのための寛ぎ着なので、庭園といっても中庭を歩いている。

 季節ごとの花が美しい中庭は、夏の花が盛りだ。

 

 ルルジェの都は温暖で夏は暑いのだが、ライセル城は王家由来の魔法の働きで、過ごしやすい温度が保たれていた。

 

 あら? 黒いテントウ虫? 黒……?

 

 通常の赤い星ではなく、紫の燐光めいた発光? と、認識した途端(とたん)、マティマナへと突撃してくる。マティマナは無意識に魔法を撒いたが、テントウ虫に似た蟲はマティマナに激突し触れて消えた。

 

 え? 転移?

 

 ぐらりと視界が揺れ、転移に巻き込まれていると分かった。蟲が触れたことで転移の魔法が発動したらしい。

 

「何? ここ、どこ? なにが起こったの?」

 

 知らない気配。暗い場所だ。

 異様に不浄で嫌な感覚に包まれた。臭気漂うに違いない景色。ただ視界は不鮮明だ。

 

 きたないわっ! なんて汚れているの? とても掃除が可能な汚れかたじゃない!

 どんなに魔法を撒いても、綺麗にできることは不可能だと感じる。それは、絶望的な感覚だ。

 

 マティマナ自身の魔法が自動的に働き、球体のような形で取り巻いてくれていた。マティマナは、聖なる光に包まれ、不浄のなか宙に浮いた状態だ。

 

「ようこそ」

 

 変な響きの声が聞こえた。キーラに貰った言語で訳されている。不気味で、淫ら、けがれきった声。

 まさか、ベルドベル国? 死霊使いの国だという。自らの魔法の光に包まれ、光の外の景色は良く見えない。いや、見えても見たくない。

 

 ありとあらゆる種類の大量の死骸が放置され、異臭を放っているのだろう。

 死霊の形に、魂魄擬(こんぱくもど)きを入れられた死霊も彷徨(うろつ)いていると気配が騒ぐ。

 

「くくくっ、聖女とやら。お前さえいなければ、ガナイテール国も、人間界も、征服できる」

 

 歪んだような声は、暗がりに掠れるような嫌な響きだ。絶望を強制しようと悪しき技を染みこませようとしていた。声を聴いているだけで、暗がりに沈み込んで行きそうで危うい。マティマナはルードランの姿を必死に心に思い描いた。その姿を、しっかり認識できていれば、きっと正気で居られる。

 

「あなたは誰? ベルドベルの人なの?」

 

 死霊使いが人であるかどうかは定かではない。だが、たぶん、この交わしている言語はベルドベルの物だ。

 マティマナの声は震えていた。だが、気力が尽きたらまずいことだけは不思議とわかっている。怖さに囚われないように、必死で声を振り絞っている。

 

「我は、シェルモギ。ベルドベルの王にして死霊使いだ」

 

 ここは異界。鳳永境(ほうえいきょう)のベルドベル国のようだ。

 どうやって、わたしを転移させたの?

 マティマナはくらくらする頭で必死に思考する。ライセル城に、蟲が居た。しかも中庭だった。

 

「……蟲……、どうやってライセル城に入れたの?」

「お前達が退治し尽くす前に、異界通路を往復した蟲がいたのだよ。術を施し、人間界側の異界通路に潜ませ、人に付着させて建物の外に出し、お前を捜した」

「わたしを、帰して。戦争になるわよ!」

「誰も、お前の行方(ゆくえ)を知らぬのにか?」

「嫌よ、こんなきたないところに、わずかの刻だって居たくないっ!」

 

 姿が良く見えないシェルモギへと向け、聖女の杖を振るって魔法を投げつけた。

 だが、護るように取り巻く魔法の光の外には届かない。

 

「ははは、その空間から出ることは叶わん。いくらでも魔法を使うがいい。否、魔法が途切れたら、お前は不浄に埋もれる。放っておけば、いずれ死ぬ」

 

 マティマナは、死霊使いの空間に閉じ込められているらしい。聖なる力は死霊を弾く。死の空間を聖なる光で穿うがって命を保ってはいる。だが、魔法の力が尽きたら転がっている死骸の仲間入りだ。

 

「死ぬ前に聖なる力は尽き、死霊のけがれにまみれて聖女ではなくなる」

 

 死による救いなど与えるつもりはないらしい。

 

「堕落した聖女の死骸は、さぞなる舞いを披露してくれるだろう。皆を死へと誘う穢れた黒き聖女となれ」

 

 死霊使いの仲間にしたいのか、死霊にしたいのかは謎だ。だが堕落した聖女は、シェルモギにとって至上のご馳走らしい。

 

「嫌よ!」

 

 声は震えて悲痛な響きだ。

 ルーさま、助けてっ! ルーさま!

 何度も何度も、心の中で名を呼んだ。

 

 今ごろ、どうしているだろう?

 確かに、マティマナがさらわれたことに気づいた者は居ないだろう。それが、何よりの絶望感を呼んでくる。

 

むくろとなる前に、我のものになるがいい」

 

 誘惑めいて穢れた声は続いた。穢らわしく不快で恐怖心が募って苦しいが、魔法が続く限りは安全らしい。とはいえ、どのくらい魔法が持つのかマティマナには見当もつかない。

 

 ただ、直接の手出しはできないようだ。しばらく誘惑し続けていたが、声は止まり、マティマナは不浄な空間に、ひとり放置された。床に降りることも、これ以上魔法の空間を開くことも、身体を前後左右に動かすこともできない。

 

 

 

「穢れた闇の力にひたり、死の国の女王となれ」

 

 シェルモギは時々、魔法が尽きたか確認するかのように訪れては、誘う言葉を猫なで声でかける。

 しかし、魅惑の言葉らしきをいくら掛けられても、少しも心には響かない。

 

「あなたに屈するくらいなら、消えたほうがマシよ!」

 

 力なく、しかし確固としてマティマナは告げる。

 

「我と組めば、この世界を制覇でき何もかも思いのままになる。その豊富な魔法に死の力を加えれば、太刀打ちできるものはおらぬ」

「穢れた存在にされてしまうくらいなら、消滅の道を選びます!」

 

 宣言してみせたが、消滅方法など知らない。だが、死では駄目なのだ。死体を好き放題に利用されてしまう。すでに消滅以外に、助かる道はないかもしれないと、マティマナは思いはじめていた。

 だが、消滅されるのは惜しいと思ったようだ。

 シェルモギは、黙って離れていった。

 

 少し時間が稼げたかも?

 時間が稼げた間にマティマナが取れる手段は、ひたすらルードランに呼びかけることだけだった。

 心での会話が届けば、きっと――!

 

 唯一の希望にすがりながら、いつ途切れるかも分からない魔法を、マティマナは撒き続ける。

 

 ただ、異界と人間界とに引き離されていたら、声は届くだろうか?

 それだけが気掛かりだ。

 

 マティマナが撒き続ける魔法が届くギリギリの所では、不浄な魔法が相殺(そうさい)されている。いや、マティマナの魔法が、不浄の魔法によってドンドン吸い上げられているのかも知れない。

 それは同義のようだった。

 

 


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