交易市場
法師の転移で、四名まとめて主要らしき交易市場へと訪れた。
大きな倉庫のような建物もあるが、小売店の通りが規則正しく何列も並んでいる感じのようだ。
店の外に台を置き、処狭しと商品を並べている店もあれば、大きなガラス越しに店内が確認できるようにしている店もある。
「ゎぁ、とても活気がありますね」
人間に良く似た姿のガナイテールの住民が、忙しく動き回っている。姿が似ているし言葉が通じるから違和感は小さいが、衣装や街並みがユグナルガの国とは違うので異界情緒は感じられる。
「商店街が、ずっと続いているような形なのだね」
ルードランはマティマナと手をつないで、各商店の列を横あいから眺めるようにして進んでいた。
大量買いした者には、荷馬車で届けたりしているようだ。
人間界から買い付けにくる場合は、荷運び用の空間を持つ魔法師などが必要かもしれない。
花屋がたくさん並び、変わった香りが漂っていた。日持ちするらしい小さな百合の花に似た水色の花や、濃紺の花びらの小花が印象的だ。星煌花、香潤花、札に書かれた花の名は、キーラの翻訳を得たお陰でなんとか認識できる。
「ちょっと、不思議な効果がつく花たちのようね。花の購入は慣れてからのほうがよさそうよ?」
根付きの植物を人間界に持ち込むにはルールがあるから、商人に任せたほうがいいわね、と、キーラは言葉を足しながら、ふわふわ舞って着いてきている。
奥のほうまで入り込まなくても、さまざまな商品が扱われているのを眺めることができた。
銀麦と商品名が書かれた、少し光る白粉が売られてるのがマティマナの視野に入る。隣に粉を使って焼いたらしき食品も見本に置かれてた。
「これは、何でしょう? 焼き菓子のようなものかしら?」
マティマナは少し首を傾げながら訊いてみる。主食的な物かもしれないが可愛らしい形をしている。
「パンですよ! この銀麦の粉を使うと、とても美味しいんです」
店員がにこにこと応えてくれた。パン、といわれ、日常的に食べている主食的なものは、そんな風に呼ばれているのだと、キーラの言語を通してつながった。
「普通の小麦と違うのかな?」
ルードランが不思議そうに訊いている。
「発酵なしで、ふわふわに焼けますよ!」
「香ばしくて、いい香りね」
「厨房の者に、仕入れさせてみるといいかもしれないね」
「あ、ぜひ! 楽しみです」
後日仕入れの者が来るかも、と、告げ、次へと進む。
霧果、甘桃、花胡桃、木の実や果物らしきが甘い香りをさせていた。
「買ってみてもいいですかね?」
「食べても安全みたいよ」
キーラが応えてくれた。
マティマナは買い物カゴを出し、果物を幾つか買おうと品定めする。
「あ、物々交換でしたね」
異界での取り引きは、基本、物々交換だったと思い出す。
とはいっても、出せるものは雑巾くらいしかないけど、交渉してみようかな?
マティマナは、魔法の布を出してみた。
「これだと、どうかしら?」
果物屋の店員に渡すと、雑巾を手に取ったまま驚愕の表情になって行く。
「ああ、なんて聖なる成分をタップリ含んだ魔法の布なんでしょう!」
「果物と交換してもらえます?」
「等価でしたら、その籠では入りきれませんよ?」
店員は、ふるふると首を振りながら慄いている。
「入るだけでいいです!」
頷いた店員は、マティマナの籠に高価そうな果物を丁寧に詰めて行く。思案しつつ、なかなか豪華な果物の詰め合わせが出来上がった。
「じゃあ、オマケに、これを」
果物だけでは等価にできなかったようで、宝石のようなものを、ひとつ入れてくれた。
「霊鉱石です! 魔法の道具造りに便利ですよ!」
「ありがとう。面白そうね」
果物で重くなった籠を受け取りながらマティマナは礼を告げた。
「私の空間に入れて、運びましょう」
ルードランがマティマナから受け取った籠を、法師が更に受け取って荷運び用の空間に入れてくれたようだ。
「霊鉱石、バザックスさまに、研究してもらうといいのかしら?」
興味深い品が手に入って嬉しい。とはいえ雑巾一枚でこんなに貰ってしまってよいのかしら? と、少し心配になってしまう。
「あら、透明な板! ガラスも売っているのね」
ガラス屋では、枠に入れられて建具にすぐ使えそうなものから、そのままのガラスまで、板状のガラスが色々と展示されていた。
「ちゃんと割れにくい工夫がされてますから、安心して使用できますよ」
「一枚買って行って、どこかの窓に嵌めてみようか?」
ルードランが興味深そうに呟く。
「荷物持ち、いたしますから遠慮なく」
法師が告げる。
「あ、じゃあ、これ!」
物々交換用に、マティマナは魔法の布を出す。とはいえ、やっぱり雑巾なのだが。
「ああっ、凄い聖なる品ですね!」
「ガラス、一枚、これがいいかな?」
ルードランは、小窓に良さそうなガラスを選んでいる。
「でしたら、オマケにこれを。灰鉱石です」
また、何やら宝石めいたものを付けてくれた。
法師が荷物を持ってくれるので、手ぶらで歩いて行く。
「ガラス越しの商品展示は良いね」
ルードランは、所々にあるガラス張りの商品ケースが前面にある店舗を眺めて感心している。
「ショーウインドウよ。ガラス張りの飾り棚、というか陳列窓というか。華やかよね」
一際大きなショーウインドウに、大きな人形型が置かれ、豪華な衣装が着せられていた。ユグナルガの衣装よりも、正装として贈られたドレスに似た形だ。
人形の顔は、抽象的な造形だが、ドレスがとても引き立って綺麗だった。
「マティマナに似合いそうな衣装だね」
「高価な衣装は金塊と交換でしたよね?」
「あっ、お客様、聖なる布と交換していた方ですよね?」
高価すぎるであろう衣装を、高嶺の花と眺めているマティマナは声を掛けられ驚く。どうやら、衣装屋から飛び出してきた者のようだ。
「そうですけど」
不思議そうに訊くと、衣装屋は、そわそわした様子だ。
「ドレス、気に入っていただけましたか?」
「とても素敵だけど、さすがに高価よね」
マティマナの感覚では、途轍もない豪華商品にみえる。
「もし宜しければ、魔法の布、五十枚でどうです?」
「は?」
雑巾五十枚でドレスと交換してくれるのぉぉぉ?
マティマナは吃驚したが、表情に出さないように苦労した。
「ああっ、ご無理でしたら、四十枚でも良いです!」
(布を出すのが大変でなければ、ドレス一着、買うといいよ)
手を繋いでいるルードランが愉しそうに勧める。
(えええっ、四十枚くらい、楽勝ですけど……いいのかしら?)
(マティマナの魔法の布、とても貴重そうだね。皆欲しいようだ)
「分かりました。では、ぜひ、四十五枚で」
マティマナは雑巾を積み上げ、二、三着、試着した上で豪華ドレスを購入することとなっていた。






