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異界との契約

 ザクレイティ国王は、どこか不安そうな眼差しで人間界からの使者を眺めていた。

 

「当面、こちらから人間界に行く者はおらぬはずだ。この国で交易をすることは許可しよう。通行証の発行は、皆々様に可能としましょう」

 

 だが、口を開くとおもむろに、なんの条件もなしに国王は告げた。

 

「条件なしで構わないのですか?」

 

 少し意外そうにルードランは訊く。

 

「ぜひとも友好に願いたい。隣国と戦時な上で、人間界より攻めてこられては、とても太刀打ちできません故、極力妥協いたしましょう」

 

 もしかして、聖女としての存在が威嚇の役割を果たしているの?

 口調はともかく、何でも言うことを聞くから攻めないでほしい、という思いがダダ漏れているような気配だ。

 交渉は、いくらでもルードランに有利に進められるに違いない。

 

「こちらから攻める気など在りません。対等な取り引きで良いのでは?」

 

 ルードランは笑みを深め、友好的な響きの声で告げた。いくらでも有利な条件を足せそうなことには当然気づいているだろうが、そんなつもりはなさそうでマティマナは嬉しくなる。

 

「それは有り難いです。ですが、よろしいのですか?」

 

 ザクレイティ国王は、少し不安げな表情をしている。人間側には分からないが、異界の者には互いの手駒のようなものが視えているのかもしれない。

 

「交易に関しては、普通の商人が交渉に来るはずだ。もう少し先の話だけど。僕としては、ぜひ友好関係を築きたい」

 

 ルードランの言葉にマティマナはうきうきする。せっかく縁あって通路で繋がったのだから、互いに益のある付き合いができると良いな、と、マティマナは思っていた。

 

「交易の許可と、通行証の発行の許可が得られるなら、問題はありませんね」

 

 背後で法師が言葉を足している。

 

「ガナイテール国の方々が、人間界に来たときには、同様に交易の許可と、通行証の発行の許可を適宜与えよう」

 

 ルードランは、約束するように告げた。

 

「では、領主代行さまの了承のしるしを頂きたく」

 

 ザクレイティ国王は、証書のようなものを二枚、提示した。交易の許可を互いに与えるもののようだ。

 

「了解した」

 

 頷くと、ルードランは二枚の証書に続けて触れる。指先が触れる度、魔法陣めいた光が証書を包んだ。ルードランの後に、ザクレイティ国王も同様に触れ印しを発動させている。

 一枚が、マティマナへと差し出された。もう一枚は、国王に同席している次男の王子に渡された。

 

 マティマナが受け取ると、聖女の杖が自然に反応する。預かりの了承の光を発したようだ。王子からも、同様の光が溢れていた。

 これで交易の許可は、互いに出したことになるようだ。同時に友好関係であることの証となっている。

 

「通行証の発行は、これだ」

 

 ザクレイティ国王は続けて、小さな宝石のような光の粒を、ルードラン、マティマナ、法師、キーラ、と、順に飛ばしてくる。光の粒は、それぞれの身体に吸収されて行った。

 これで、全員、通行証を手にしたことになるし、その上で通行証の発行ができるようだ。

 

「今後は、商用の者たちにも、王都までの転移を許可しよう。通路を使わない直接の転移も、可能になれば使ってくれ」

 

 異界通路は、一旦往復した後は、通路を使わず転移で入ることが可能になるという。

 その上で転移できる者が通行証を手にすれば、座標の表示が視えるようだ。

 

「交易品は、どのような品があるのですか?」

 

 マティマナは好奇心に駆られて訊いていた。

 

「ガナイテール国は、花が特産だ。芋類など食材も多い。人間界では見掛けないはずの鉱物や宝石も扱っている。服飾もお勧めですな」

 

 何やら扱う品は多そうだ。

 

「服飾? 衣装を売っているのかい?」

 

 ルードランが興味深そうに訊いた。

 

「庶民向けから、階級に合わせた貴族用にさまざまな衣装が作られている。人間界からの買い付けも可能だ。ぜひ、店を覗いてやってくれ」

 

 ザクレイティ国王は、無事に契約が済んだためか、だいぶ安堵した表情だ。笑みを深めて言葉を告げていた。

 

 

 

 王との謁見が済み、公爵に先導され廊下を戻って行く。後ろから魔法使いがついてきていた。

 

「品を購入する際の通貨などはあるのですか?」

 

 マティマナは、そっと公爵に訊いてみた。

 

「高価な服飾品以外は、物々交換が基本です。高価なものは金塊や金貨などでの交換になります。人間界に流通している金貨や金塊も使用可能でしょう」

「人間界との通路は良くある話なのかな?」

 

 ルードランも問いを向けている。

 

「ガナイテール国では、初です。他の国の事情は謎ですが、噂は聞きませんね」

「そのわりに、人間界のことを良く知っているようだね?」

 

 ルードランは他意ある感じではなく、感心した様子で訊いている。

 

「異界と呼ばれる場所の者は、どこも同様だと思いますが、異界通路で繋がった先の情報を微量ですが得ることが可能になるようです」

「なるほど、それは便利だね」

「人間界では、そんな風に察知できる者は、ほぼいないようね」

 

 ふわふわと舞いながら着いてくるキーラが、小さく呟いた。

 

「お戻りになる前に、交易のできる市場(いちば)を見て行くと良いかもしれないです。通行証に幾つか座標があるはずです」

 

 城の城門を出たところで、公爵は足を止めた。

 

「それとも、このままお戻りになりますか? でしたら、通路まで転移で送ります」

「もう、自由に移動して良いのですね」

 

 マティマナは感心したように呟く。契約を交わした事実は、異界ではとても強いらしい。

 

「確かに、移動できる市場の座標が複数表示されていますね」

 

 法師は、通行証の中身を確認するような気配をさせながら応えている。

 

「では、少し見学させてもらおうか」

 

 ルードランは公爵へと笑みを向けて告げた。

 

「ぜひ、お楽しみください。では、私はこれで」

 

 グウィク公爵は一行(いっこう)へと丁寧な礼をすると、魔法使いの転移で姿を消した。

 公爵領に異界通路は開いたので、何かと関わることになる相手だろう。

 

 目印は、ちゃんとあるので、転移できる者なら通路から交易市場の任意へと飛べるようだ。

 

「転移が使えることが、交易者の条件となるわね」

 

 キーラが呟いた。

 異界側では管理の者を置くつもりは無さそうだ。転移が使えれば、自由に交易して良いということだろう。

 

「今まで異界の言葉を話していたのですよね? 全く違和感ありませんでした」

 

 マティマナは、公爵たちが居なくなったことで、通常のユグナルガの言葉に戻ったことに気づいた。ちょっと不思議な感覚だ。

 

「ふふっ、良いでしょう? わたしの言語は使い勝手が良いのよ!」

 

 キーラが誇らしげにさえずるのに、マティマナは「本当に凄いですよ!」と、深く頷いた。

 

「キーラのお陰で、本当に助かったよ。他にも色々教えてほしいことがあるから、宜しく」

 

 ルードランも感心しつつ、訊きたいことがある様子だ。通訳だけでなく、キーラは異界の知識も一気に吸収している節がある。異界の者が、異界通路で繋がった先の情報を得られるよりも強烈に、キーラはその地に行くことで、色々情報を得ている感じだ。

 

「では、一番、大きな市場に行ってみましょうか」

 

 法師の提案に、皆了承の声を上げた。

 

 


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