鳳永境の王宮
鳳永境は、異界といっても環境的にはユグナルガの国と似ている気がした。ライセル城へ来た者たちも、人間に近い感じだ。交渉するのに余り違和感を感じずには済む気がした。
「異界通路があいたのはグウィク公爵領だけど、交渉はガナイテール国王とする必要があるわね」
キーラは、異界との取り決めに関しても詳しそうだ。ユグナルガの国と対比すると、この国、ガナイテール国はルルジェの都くらいの規模らしい。だから、ルードランは、小国の王代行という地位に相当し、ガナイテールの国王と対等とのことだ。
「いきなり王宮に行くわけにはいかないだろうから、グウィク公爵に逢うのが良いだろうね」
ルードランはキーラへと言葉をかけながら、遠くの立派な建物を眺める。
「あそこに見えているのが、グウィク公爵城のようね」
同じ方向へと視線を向け、石畳の広場から遠くに見えている低めの城壁に囲まれた建物を示しキーラは頷いた。
領地の端に城があるようだ。
「では、城門前まで転移しましょう」
法師は、キーラも含め四人を転移させた。
城門の中には、武装した兵士がたくさん控えているのが見えている。
「グウィク公爵殿にお目通り願いたい。人間界のライセル城から交渉に来た。当主代行のルードランだ」
ルードランが門番に告げる。
兵士たちが、わらわらと門から出てきて四人を取り囲んだ。だが、次の瞬間には出てきた兵士の大半が、ひれ伏していた。
「聖なる方が、いらっしゃる!」
ひれ伏した者たちは、敬虔さと半ばは恐怖心で震えているように見えた。
「ね。だから、威嚇になるって言ったのよ」
キーラがマティマナの肩に座りながら、そっと囁く。
ゎゎっ、どうしよう……!
マティマナは困惑と動揺で身動きできない。
「黙っていれば良いわよ。ルードラン様が交渉してくれるから」
キーラの囁きに、マティマナは頷いた。
「すぐに公爵様を、お呼びいたします!」
門番が慌ててルードランへと告げる。門のなかを伝令を受けて走って行く兵士の姿が見えた。
交易の交渉では魔気量で優劣の判断をされちゃうけど、この分なら大丈夫そうね、とキーラは満足そうだ。
「交易は当分しなくても、交渉だけしておけばいいのかな?」
ルードランは、先方がごたついている間に、キーラへと訊いている。
「そうよ。交易の契約は、互いに侵略の意志がないことの協定なの」
兵士たちは、ひれ伏したまま。城門のなかは、しばらくざわざわと響めきのなかにあった。先に偵察に来た者達から報告もあったはずだろうに、混乱中のようだ。
「私が、グウィク公爵のレタングです。我らは、戦いを好まない。人間界とは知らず、この度は、誠に失礼な対応をいたしまして。どうかご容赦願いたい」
慌てて門前まで転移で対応に出てきた豪華衣装のレタングは、丁寧な礼をしながら通路からライセル家の領地へ入ってしまったことを詫び、更に言葉を続ける。
「我らは、隣国であるベルドベル国からの侵略を受けているのです。死霊使いの国です。隣国からの偵察用の穴であると勘違いいたしました」
レタングは物騒なことを口にした。
「異界通路のある辺りは、戦場なのかい?」
ルードランは確認するように訊いている。
「いえ、今のところ、防衛できています。ガナイテール国の所有で、公爵領です」
「通路近くまで、攻めてくることがあるのですか?」
マティマナは思わず訊いてしまっていた。
「広場の途切れた先に、国境があります。岩山の裂け目に作られた国境の砦は今のところ無事です」
レタングの口調から判断するに、それほど楽観はできない状況なのかもしれない。
「僕としては、交易の契約をしたいのだけど」
「はい。交渉は国王となさってください。私には権限がございません。国王には連絡済みですから、転移で送らせましょう」
レタング公爵は、頭巾と外套をまとった魔法使いらしきを呼び寄せ、マティマナたち一行と、公爵自身と魔法使いも一緒に転移させた。
ガナイテール国の王宮の庭園らしきだ。
「こちらです」
レタング公爵が先導し、ルードランとキーラを肩に乗せたマティマナ、法師と続き、後ろから魔法使いらしきがついてきていた。
王宮は、立派な石造り風の城なのだが、とても違和感がある。
「あら、あちこちに透明な板が嵌まっていますね」
マティマナは小さな声で呟いた。
「ガラスよ。ガナイテール国には、ガラスが存在しているのね。実は、カルパムもガラスの産地なのよ」
肩に乗ったままのキーラがマティマナに告げる。
「そういえば、噂に聞いたことがある」
ルードランが小さく呟く。法師も背後でガラスの存在に驚いたような気配をさせていた。
「そう。だから、カルパムは夜も明るい都なの!」
キーラは誇らしげに、それでも小さな声で囁く。
「ガラス、とても綺麗ね! 外からの光が取り入れられて良さそうだけど、風の通りは大丈夫なのかしら?」
ユグナルガの国の大半の城なり建物は、窓は穴だ。木枠の窓扉はついているが、開けると穴の状態。ただ、たいていは魔気の障壁が張られ気温や風の通りを調整している。
「カルパム製のガラスは特殊だから、大丈夫よ。この国のは、正真正銘のガラスらしいけど、それとは別に魔法が空気の循環をさせているみたいね」
長い廊下は、片側が庭園で大きなガラス窓越しに眺めることができた。反対側の壁にはたくさんの扉が並んでいる。
廊下から広間めいた場所に入り、更に向かいの大きな扉が開けられると、立派な謁見の間が用意されていた。
広いだけでなく豪華絢爛な装飾の部屋だ。絨毯敷きの上に、更に赤い絨毯が通路のように敷かれ、王座のような場所近くまで続いている。
魔法使いは手前の部屋に残り、公爵は四人を連れて王らしきの元へと歩み寄っていった。
「人間界からの使者を、お連れいたしました」
丁寧な礼と共に公爵は告げる。
「ご苦労」
その言葉に、再び礼をし公爵は脇へと避けた。
「ようこそ、人間界の方々。我は、国王のザクレイティ・ガナ。横に控えるのは、第二王子のフェレルド・ガナである」
ザクレイティ国王は、座したまま言葉を告げた。フェレルドは立ち姿だ。ふたりとも立派な宝石飾りがふんだんな装束を身につけていた。
親子らしい。ふたりとも、ふわとした淡い色調の金髪で、碧眼だ。やはり、少し耳が尖っているが、それ以外は人間と変わらないように見えた。ただ、王も王子も、とても美しい容姿をしている。
「僕は、ユグナルガの国、ライセル城の当主代行ルードラン・ライセル。こちらは、婚約者で聖女のマティマナ・ログスです」
ルードランに合わせ、マティマナは丁寧に礼をとる。
キーラはいつの間にか、肩から下りて背後に浮いていた。






