螺旋階段の壁
異界への交渉には、領主なり領主権限を持つ者がいかねばならない。その間、人間界側の領地に領主不在になる不都合があるが、幸いライセル城には現当主がいる。
異界への滞在は長くなることもあるらしいので、簡単な打ち合わせを済ませた後の決行となった。
念のため、通路を護る騎士には、人間界の言葉を異界の者に与えられるように手配した。
「じゃあ、後は頼んだよ」
ルードランは騎士へと、通路の護りを命じる。
法師が先頭に立ち、マティマナと小鳥の姿のキーラ、後ろからルードランが続いた。
しかし、螺旋階段を下り始めたのは良いのだが、何段か下りたところでマティマナは足が竦んで動けなくなった。
「ああ、待って、これ……怖すぎますっ」
延々と下に降りてゆく螺旋階段には、左右に壁も手摺りもない。マティマナは足が竦み、立っていられず、思わずしゃがみ込んでしまった。異界の者たちは、こんな螺旋階段を上ってきたのかと、ちょっと尊敬してしまう。
螺旋階段は、真ん中にすこし空間があり、階段部分だけが、ずっと下まで続いている。段板と蹴込み板だけの螺旋階段で、幅はずっと同じ感じだ。
何より怖いのは、周囲に拡がる風景――。
虚空のなかに幾筋もの象牙色の螺旋階段が、どこかへ向かって伸びているのが見えている。にょきにょきと、そして延々と遠くまで、通路になるであろう螺旋階段らしきが乱立していた。
「確かに、足が竦むね」
高い所が平気そうなルードランも、同意してくれた。
「見えている大量の螺旋階段……全部、異界通路なんですか?」
「たぶん、そうですね。ただ、まだ繋がっていない通路でしょう」
「これ、落ちたら助かりませんよね?」
「落ちないとは思いますが」
不安がるマティマナに、少し先まで下りてから戻ってきた法師は柔らかく言葉を返してくれる。
螺旋階段のすぐ外の虚空は、落ちることも上昇することも叶わないような奇妙な気配だった。
どこかに穿つ前の異界通路が視えているらしい。
「ごめんなさいっ。ちょっと怖すぎますっ」
マティマナは通路の景色に頭を振り、一瞬、目を瞑る。怖さを何とか払拭しようとして、無意識に魔法を大量に撒いていた。
きらきらきら……
マティマナの魔法は飛び散らず、丁度、円筒形に螺旋階段を包み込むような範囲で拡がる。マティマナは魔法の拡がりかたが不思議で、そっと目蓋を開く。
不意に、壁と簡易な手すりが現れていた。
中心側には細めの円筒が、外側は螺旋階段にぴったり貼り付く円筒状に壁ができている。手すりは程良い位置で、簡易だが丈夫そうだ。
螺旋階段は仄明るく、歩きやすそうな感じになった。
「凄いね、マティマナ、こういうの造れるの?」
ルードランが驚いて訊く。
「いえ、造ったわけではなくて、元々在ったものが見えるようになった感じですかね?」
とはいえ見えない間は、触ることもできなかった。今は、しっかりと壁と手すりだ。
雑用魔法の何が作用したのかは謎ながら、壁のお陰で虚空は見えなくなった。
マティマナは目眩のような感覚から、ようやく解放されて螺旋階段の上に立ち上がる。
「すごいですよ、マティマナさま! これなら、行き来する者が皆、安心できるでしょう」
法師の言葉に勇気づけられマティマナは頷いた。
「これなら、下りるの大丈夫そうです」
「いい感じね。どんどん魔法撒きながら先へ行きましょう?」
キーラの言葉から察するに、先のほうは、まだ壁や手すりが無いのだろう。マティマナは、片手で手すりに掴まりながら螺旋階段を下り、魔法を撒き続けた。
魔法は、かなり大量に撒き続けている。螺旋階段は延々と続き、終わりなどない気すらした。
下っていたはずが、いつの間にか階段は上がりになっている。頭上に地上のものらしい光が感じられ始めた。なんとか、異界側へと辿りつけたようだ。
螺旋階段を上がりきると、異界らしきの風景が拡がった。昼間のようだ。
穴の周囲は、ずっと石畳の広場で、遠くに低めの城壁のようなものに囲まれた立派な建物が見えている。反対側は森に続く。整備されていない道が広場の両端から延びていた。
外にでると、キーラは小鳥から人型に。といっても小さいが、更に羽をだして宙へと少し舞い上がっていった。
「異界通路が、放置されてますね。このまま伸びると厄介ですよ」
出てきた通路を見ながら、法師が呟く。
異界の者たちは、異界通路に慣れていないらしく、対処を知らない様子だ。
「縁、付けちゃってもいいですかね?」
「早いほうがいいですからね。通路は、どちら側の持ち物でもありませんし、マティマナさまの魔法の縁は微細ですから異界の方々は気づかないかもしれないです」
石畳と通路の接する端も、ぎざぎざで見映えは良くない。マティマナは頷き、修繕の魔法を、円形の縁に沿って満遍なく撒く。
ふわわ、と修繕魔法が穴の縁を取り巻き、地下のときと同じように、綺麗で細かな装飾縁になって行った。
「これで安心ね」
上空から下りてきたキーラも、通路が延びることは知っていたようだ。成長が止まったことがわかるようで安堵している。
「はい、みんな! これが、ここの言語よ」
キーラは即座に言語を習得したようで、直ぐに全員に与えてくれた。
「これで、もう異界の言語が喋れるのかい?」
ルードランが驚いて訊く。
「完璧よ~! それと、このガナイテールの国はユグナルガ風に言うと、小国ね。ライセル家は、ガナイテール王家と同等。ここはグウィク公爵家の領地で、ルルジェの都でいえば当主の妹夫妻の領地という感じ」
ユグナルガ風に言ってしまえば、富豪貴族のひとつでしかないが、確かに富豪貴族のなかにも見えない階級はある。さすがにライセル家の親族は地位が高い。
「なるほど。やはり、爵位は分かりやすそうで良いね」
ルードランは、とても気に入った様子で爵位の詳細を知りたがっている雰囲気だ。
「聖女マティの実家が、侯爵家になるって感じ」
「侯爵家?」
「侯爵は二番目の爵位よ」
ひゃぁぁ、家人は富豪貴族になりたがっていたけど、その中でも上層になってしまってる!
マティマナは、ちょっと蒼白な気分だが、ルードランは満足そうな表情だ。
「ぜひ、城に戻ってから爵位の詳細を訊かせてくれないか?」
ルードランはキーラに頼み込んでいる。ガナイテール国と照らし合わせ爵位を当てはめてみたいのだろう。キーラは、喜んで、と、嬉しそうに舞い回る。
「ガナイテール国を含めた、この異界は、鳳永境ってところね」
何らかの情報を集積しながら、キーラは異界としての名を付けたようだった。






