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小さな魔物キーラ

 さほど待たないうちに、小さな破壊音がして地下室の天井から小鳥が落ちてきた。

 棟の壁と床を突き抜け、ここまで入ってきたようだ。

 

「思ったより、固い床ねっ! 痛かったわよっ」

 

 小鳥は少女のもののような声でひとちている。

 ふわり、と、マティマナの目前まで舞うと、綺麗な羽の小鳥は即座に人間の形に擬態した。と言っても、小さい。小鳥の姿よりは大きくなったが、抱き人形くらいの大きさだろうか。羽も出さずに浮いている。

 

「お招きありがとう! 通訳のキーラよ!」

 

 キーラと名乗る小さい少女は、紹介状をマティマナへと渡しながら笑みを向けた。

 長い耳の上に捻れた角を持ち、鳥だったときの羽色の長い衣装を着ている。顔は人間に似ていた。ふわふわの橙色の髪で、瞳は緑。可愛い少女だ。

 

「そなた、羅生境(らしょうきょう)の者ではないか!」

 

 法師の顔色が蒼くなり、少し震える声でなじる。

 

「確かに羅生境の者だけど。心配しなくても不浄じゃないわよ? 種族がちがうの。毒もないし。それに、わたし姫なんだから!」

 

 キーラはぷいっと、少し膨れっ面で騒いだ。小鳥のように賑やかにさえずる感じだ。

 

「ああ、それは失礼した」

 

 法師は、じっと確認しながら、確かに毒などないこと、清浄であること、確認できたようだ。

 

「新しい異界と聞いて、飛んできたのよ!」

 

 キーラは、わくわくした表情と声で告げる。紹介状によれば、異界の者の言葉も、人間界の者の言葉も、自在に与えることができるらしい。

 紹介状には、マティマナの聖女認定の祝いの言葉も記されていた。

 

「キーラさん、異界のかたが通路から来たみたいだけど言葉が分からなくて」

「キーラでいいわよ、聖女マティ」

 

 ちゃんと名前を知っているようだ。

 

「ああ、このかたたちね」

 

 キーラは、人形のような身体から羽をだしてふわふわと椅子に座るふたりへと近づくと、光の粒のようなものをそれぞれに放り込んだ。

 

「これで、人間界の言葉がわかるでしょ?」

「はい! ああ、言葉わかります」

「なんて清らかな場所なんだ!」

 

 言葉が通じるようになると、異界の者ふたりは感嘆の声で告げている。

 

「人間界でエルフと呼ばれる者と、人間が混ざった種族みたいね。異界に普通に多いタイプよ」

 

 キーラは、集っている人間界の者へと告げた。

 

「急に領地に穴が空いたので、敵国からの侵略かとし螺旋階段を渡ってきたのです。大変失礼いたしました」

 

 異界から来た者は、ようやく説明の言葉を聞いてもらえると分かってホッとしているようだ。

 

「敵国? 戦争中なのかい?」

 

 ルードランが少し気にかかるようで訊いている。

 

「我々は、ガナイテール国グウィク公爵家に仕える者。公爵領に穴が空いたのです」

「戦争は、隣のベルドベル国とです。死霊使いの国です」

 

 ひゃあ、なんて物騒なところと繋がってしまったの?

 マティマナは、蒼白だ。

 

「事情は分かったよ。ここは人間界でユグナルガの国。ライセル城のなかだよ」

「穴は現在、我々の掌中にあり、護られておりますのでご安心を」

「分かった。君たちは、自由だよ。といっても外に出すわけに行かないので、穴から元の国に戻ってもらうことになるけど」

 

 ルードランの言葉に、ふたりは安堵した表情となり、地下にあいた穴の螺旋階段を下りて姿を消した。

 

 

 

「わたし、カルパム城所属だけど、しばらく、ご一緒させてもらうわね?」

 

 ひらひらと舞いながら、キーラは賑やかな口調で囁く。ふわふわの橙色髪が、柔らかく揺れる。

 

「言語が得意なんですね」

 

 マティマナは感心した声を上げた。

 異界のものたちは一瞬にして人間界での言葉を使えるようになっていた。

 

「そう! 新しい異界もお手のものよ! 任せて!」

 

 キーラは異界へ行くこと前提で話している気がする。

 

「え? あ、わたしたち、異界に行くの?」

「通路が空いちゃったからには、交渉に行かないとまずいわね」

 

 キーラは、嬉々として同行する気満々だ。

 同じように、わたしたちも、異界の言葉が使えるようになるのかしら?

 異界へ行くのは怖いのだが、マティマナは言葉の点には興味津々ではある。

 

「交渉? 誰がするのですか?」

「次期当主のルードラン様が交渉。領主権限で契約可能よ。聖女のマティマナ様が威嚇役。転移するのに法師様も必要ね。それと、わたし」

 

 ひとりずつ、小さな指先で示しながらキーラは役割を告げている。四人で行くということらしい。

 

「え? 威嚇役なの? わたし、そんな魔法持ってないけど?」

「ふふふ。さすがは聖女様! 自覚ないみたいだけど、あなた凄い魔気量だから一緒にいるだけで威嚇になるの」

 

 キーラは愉しそうに、悪い笑み顔を造って無邪気に笑った。

 ひゃぁぁ! もっとも遠い役回りな気がするのに!

 マティマナは混乱しまくりだ。

 

「【仙】に準ずるのは、マティマナさまのほうです」

 

 法師が、キーラの言葉を肯定するように告げた。

 

「異界との交渉には、領主と【仙】に準ずる者が必要なの。領主が【仙】を兼ねている管轄も稀にあるけどね」

 

 キーラが更に言葉を足す。

 マティマナは、驚愕(きょうがく)して瞠目(どうもく)し、言葉を失っていた。

 ルードランが微笑ましそうに、皆のやりとりを眺めている。

 ルードランは行ったことのある場所にしか転移できないから、異界での転移は法師に任せたほうが良さそうだ。

 

 

 

「異界の者が、公爵家、と言っていたけど、どういう意味かわかるかい?」

 

 ルードランが興味深げな表情でキーラに訊いた。

 

「身分制度よ。人間界にも超古い時代には同じような身分制度があった痕跡があるわね。妖精界では未だに爵位を使っているわよ。ガナイテール国での規模は、実際に行って比較してみないと確かなことはいえないけど。公爵は爵位のなかで一番格上よ。その上に王がいる感じ」

「爵位、何段階くらいあるんだい?」

「人間界の例だと、五爵ね」

「それ、便利そうだね」

 

 ルードランは思うところがありそうな気配で呟いた。

 

「異界についたら、ユグナルガの国での身分と比較してあげるわね」

 

 ルードランへとキーラは笑みを向けて告げた。

 

「そんなことまで、できるんだ! すごいね」

 

 ルードランはすっかり感心顔でキーラを見ている。

 言語だけでなく、身分制度の在り方まで即座に比較が可能らしく、キーラの通訳能力の高さに驚いてしまう。

 

「そうだった! 異界から来た者たちに人間界の言葉を与えること、あなたたち全員に可能にしておかなくちゃね」

 

 キーラは、そう囁くと、マティマナとルードランと法師へと光の粒を放った。一瞬、皆、光に包まれている。

 

「これで同じように、光の粒を飛ばせるから、人間界に来た異界の者に与えてあげて頂戴ね」

「この役割を、他の者に任せるにはどうすればいい?」

「あ、それもそうね。あなたたちが、ここに居続けるわけにもいかないし。じゃあ、これ」

 

 もう一度、三人はもっと強い光に包まれた。

 

「あ、あら。魔法が増えました!」

「本当だ。気前がいいね、キーラ」

「なるほど。これで、安心ですね」

 

 異界通路を護る者に伝えておけば、異界から来たものへと言語を与える役割を伝授できる。

 言葉が通じないことでの不都合は、これで解消しそうだった。

 

 


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