異界通路
『侵入者です! 地下から音がしていた棟です!』
騎士たちが緊急時にのみ使う魔法道具による知らせの声が、ライセル城中に轟いた。
「行こう」
「はい!」
ルードランは、一緒に食事を済ませたばかりのマティマナの手を取ると、問題の棟の外扉前へと転移した。丁度、法師も転移で同じ場所へと来たところだった。
「侵入者? 扉は開いていないね」
ルードランが不審そうに呟く。
「知らせは棟の地下から発信されています。侵入者は棟の中に現れたようですね」
法師は状況把握を進めながら告げる。
「転移ですか?」
城壁の門を破ったわけではないから、マティマナとしては他に考えられない気がした。
「それは不可能だと思うよ」
しかし、ルードランは確信して呟く。確かに、ライセル家の魔法が支配する城の敷地内には、許可のない者が転移で入ることはできない。
「中に入りましょう」
法師は、脅威があるとは感じなかったらしく、ルードランを促す。
扉は、見回りの騎士とルードランのみが開閉可能だ。ルードランは頷いて封印された扉を開き、三人が入ると閉めて封印した。
「地下から何か騒ぐ声が聞こえてますね」
だが、確かに怖い声とかではなく、どちらかといえば弱々しい響きだ。
地下に入って行くと、騎士ふたりが敬礼する。
床には、縛られた見慣れぬ服装の者――人間に酷似しているが、若干耳が尖っている――が、ふたり縛られて転がっている。
それよりも眼についたのは、床に開いた巨大な穴――! ただ、ぽっかりと開いているのではなく、螺旋階段が下方へと下りている。
「なっ、なんですか、この穴!」
マティマナは吃驚したままに声をあげた。
先日まで、岩を削った風の床だった場所に、円形の穴があり階段は完成している。
「これは、異界通路ですね。どこかの異界と、繋がったようです」
法師は確信して呟く。
「異界の者たちが、掘り進んで来たのですか?」
岩盤を刳り抜いて螺旋階段を造りながら空間を繋いだ? マティマナは、混乱しながら訊いた。
「いえ。異界通路は勝手にできるのです。どことどこが繋がるかは謎です。繋がった先の異界でも大騒ぎでしょう」
「じゃあ、この侵入者は、異界通路から来たってことかい?」
床に転がされている者へと視線を向けながらルードランは訊いた。
何か、頻りに喋っているのだが、全く言葉が分からない。
「たぶん、繋がった先の異界の者でしょうね」
法師の言葉にルードランは頷いた。
「椅子をふたつお持ちして。縄を解いてあげてくれる?」
騎士へと命じ、ルードランは縄が解かれると異界の者たちに椅子を勧めている。言葉は分からないながら、異界の者たちは、素直に従った。
騎士たちが、一応、背後で見張ってくれているようだ。
「何か訴えているようなのですが、全く聞いたこともない言葉でして。申し訳ありません」
騎士のひとりが、申し訳なさそうに告げた。
「いや、君たちの処置は正しかったよ。連絡も迅速だった。ありがとう」
ルードランの言葉に法師も頷く。
「言葉の問題は、後で解決しましょう。今は、異界通路への緊急措置が必要です」
法師は、思案気にしながら言葉を続ける。言葉の問題も、解決する方法があるらしい。
「異界の通路は、地下から出来上がったものが迫り上がってくることもありますし、空間に小さく空いた穴が拡がって造られて行くこともあります」
法師は一旦、言葉を切り、一呼吸おいて更に告げる。
「今回、地下から迫り上がってきた形ですから、通路を塞ぐことは、もう不可能です。ただ異界通路がこれ以上伸びないように工夫せねばなりません」
「放置するとどうなる?」
ルードランが法師へと訊く。
「天井を突き抜けてどんどん伸びます」
放置すれば、いずれは屋根を突き抜けるのだろう。
「どうするのが?」
マティマナは不安を隠しきれないような響きで訊いていた。ただユグナルガの国の各地に、異界通路はあるから伸びない工夫はできるはずだ。
「ああ! マティマナさまの修繕魔法で、縁を固められませんかね?」
法師は、不意に良い思いつきを得たような表情を浮かべ、マティマナへと提案してきた。
「修繕魔法? こんな大穴だと修繕は難しいですよ?」
「縁だけで良いです。通常は、通路に魔法の働く扉をつけたり、魔気素材の枠を嵌めたりするらしいです。軽く魔法で縁が囲まれれば通路の成長は止まるはず」
通路が繋がったため岩材の床には、円形の穴。床と通路の接する端は、ぎざぎざで見映えは良くない感じだ。
「やってみます」
マティマナは覚悟を決めて呟いた。確かに修繕の魔法を撒けば、最適な形にしてくれる気がしてきている。修繕の魔法を、円形の縁に沿って満遍なく撒いてみた。
ふわわ、と修繕魔法が穴の縁を取り巻き、綺麗で細かな装飾縁になって行く。
「ああ、素晴らしいです。通路の進行が止まりました」
「これで、止まったんですか?」
あまりに楽勝だったので、瞠目しながらマティマナは訊く。法師は嬉しそうに頷いた。
ホッと一安心した法師は、急遽、聖王院へと巻物による連絡を放っている。
「今、聖王院から全国へと伝令が飛びました。どこかに、異界の言葉に精通している者がいないか調べて貰っています」
ライセル城の敷地内に異界への通路が繋がったことが、即座に全国に知らされたようだ。
「すごい、速効ですね!」
「王宮や聖王院をはじめ、各地を管轄する【仙】方々の情報網は特急です」
たいして待たないうちに、マティマナの手へと巻物が飛んできていた。
「え? どうして、私に巻物が?」
「凄いですね。【仙】様は、聖女様宛てが最適と判断したのでしょう。本来ならば、聖王院経由で、こちらに来るはずなんですが」
法師は感心している。
本来とは違う方法で、巻物は来ているらしい。
「どちらからの知らせなんだい?」
ルードランの言葉に、「あ、開いてみますね」マティマナは巻物を開く。
「カルパム領主のリヒトさまと、【仙】である大魔道師フランゾラムさま、連名です。『異界の通訳は必要? すぐに送るよ?』と書かれています」
知らせを聞き、即行で送ってきたようだ。
「是非通訳をお願いしたいですね」
マティマナの言葉にルードランも頷く。
「僕とマティマナの連名で、返信してくれる? 通訳を宜しく頼む、と」
「畏まりました。転移でも、他の手段でも、ここまで入れるように許可も付けましょう」
法師は、愉しそうな表情を浮かべ、送られてきたカルパムからの巻物へと即座に返信を送った。
同時に聖王院へも通訳が見つかった旨知らせたようだ。
「通訳、どんな方なんでしょう?」
「カルパムの都には、最近、異界通路が開いたばかりですし、信頼できる方だと思われますね」
不安そうに椅子に座る、不明な言葉の者たちとも、直ぐに会話が可能になりそうだ。マティマナは、ホッと一安心というところだった。






