バザックスとギノバマリサの婚儀
バザックスとギノバマリサは、極秘のような内輪の結婚式を早々に挙げた。
内輪といっても、ギノバマリサの年上の甥であるレノキ家の当主ナタットも来ている。
執事が付き添い、レノキ家由来の豪華衣装での参列だ。ナタットは、執事にピッタリとくっついている。
王宮からは前王の弟の娘である王族ニアルドが、婿入りしたギノバマリサの兄でレノキ家の前当主であったマローム・レノキと共に夫婦での参列だ。ふたりとも、王族として金一色の装束を身につけている。
この辺りは、ルードランとマティマナの婚儀には参列しない。
「いらっしゃい、叔母上、叔父上」
ルードランがマティマナを連れて挨拶しているのは、ディアートの両親だ。普段の夜会などはディアートに任せて滅多にライセル城には来ないが、分家としてルルジェの都の外れの離宮に住んでいる。
「ディアートさまには、お世話になっております」
マティマナにとってディアートは、欠かせない教育係だ。丁寧に礼をした。マティマナはルードランと揃いの衣装だが目新しいドレス型だ。華美になりすぎない程度に豪華な衣装になっている。正装ではないので、ちょっとホッとした。正装は目立ち過ぎる。
「母上、父上、お久しぶりです」
ルードランの従姉妹であるディアートは嬉しそうに挨拶している。美しい所作だ。綺麗な衣装を引き立てている。気配からして関係は良好そうでホッとする。
(ディアートの母君が、ライセル家の当主の妹だよ)
ルードランは、さりげなくマティマナと手を繋ぐと、こっそり教えてくれた。
ディアートの母は、現ライセル家当主の妹、夫は富豪貴族で婚儀によりライセル家に婿入りしたようだ。
(祖父母もルルジェの都に住んでいるのだけど、今日の参列はなしだね)
先々代も、ルルジェの別の離宮に住んでいるらしい。
ライセル家の現当主夫婦、聖王院からの代理として、お抱え法師ウレン・ソビも密かに参列だ。代理ができるほどには地位の高い法師だという。所属はあくまで聖王院だ。
(そういえば、ディアートさまは結婚なさらないのですか?)
ライセル家の次期当主の従姉妹であれば、引く手あまただろう。
気になってはいたが、当人に訊いては拙い気がしていた。
(好きな人がいるらしいのだけどね。口を割らないらしいよ)
ルードランも理由は知らないようだが、ディアートが独り身なのには何か理由があるようだ。
好きな人待ち? 身分違いの恋? いや、ライセル家なら、わりあい身分は問わないだろう。どんな極秘な恋なのか、かなり気にはなったが黙っておくことにした。
神殿風の広間へと共に入場してきたギノバマリサは、レノキ家渾身の出来映えの婚礼装束。バザックスも、ライセル家による渾身の衣装。不思議に調和している。
地方神殿の巫女が、内輪の式を執り行なっていた。
婚儀のふたりは巫女へと間近で向かい合い、参列した者たちは少し遠巻きに佇んでいる。
巫女の綺麗な声が、長い祈りの言葉を途切れずに紡ぎ続けていた。
「バザックス・ライセル様、ギノバマリサ・レノキ様の婚儀を、天上へと報告いたしました。了承の証でございます」
巫女の持つ錫杖型の杖がしゃらららと音を立てると共に、神殿風の設えの中から光があふれ出し、バザックスとギノバマリサを包み込んだ。
マティマナがチラリと視線を向けると、参列しているディアートは、ほんのり幸せそうな表情を浮かべていた。
くどくどしい仕来りはなく、巫女が天からの了承を得ることで婚儀の証となり、巫女の幾つかの所作を経て、ほどなく挙式は終了した。
(あら、キスはしないの?)
マティマナは、こっそりルードランと手を繋いだままなので、そっと訊く。
(キスは、僕たちの挙式のときだけだよ)
ひゃあっ、でも、キスするのね、と、マティマナは心の奥底で、ルードランに聞こえないように騒いだ。
会場では、当主同士が軽く言葉を交わし、兄マロームがギノバマリサへと声を掛けている。いや、ライセル家当主と会話しているのは、レノキ家の執事だ。
ルードランとマティマナは、ディアートと共に少し離れて内輪の会の成り行きを眺めていた。
「お兄様、お久しぶりです」
「すっかり大人になったね」
「あら、あまり変わってませんのよ?」
金茶の髪、金装束の兄マロームと、ギノバマリサが軽く言葉を交わしている。ふたりとも同じ翠の眼の色だ。軽い笑みを浮かべているが、珍しくギノバマリサは緊張しているように見えた。
「お義姉様、ご無沙汰しております」
マロームの隣にいる王族のニアルドへと、ギノバマリサは丁寧な礼をする。
「素晴らしき日。お招き感謝する」
金掛かった茶色の髪のニアルドは、橙色の瞳で愛しそうにギノバマリサへと笑みを向けていた。
バザックスは、レノキ家当主と執事とに挨拶している。
そこにギノバマリサが合流した。
「良き縁に、感謝します」
バザックスがレノキ家の執事へと告げている。縁談の計らいは、レノキ家の執事によるものだと分かっているようだ。
「マリサ、幸せにね」
「ナタットさまも、お幸せに」
甥のナタットと、ギノバマリサは同じような年の頃。とても仲は良さそうな気配だ。名残惜しそうに、ふたりは視線で何か言い交わすような気配をさせていた。
バザックスとギノバマリサは、主城からでて豪華な特別棟へと引っ越す。
ライセル城の敷地内で、一際、綺麗な建物だ。主城に近いから生活自体には余り変化はないはずだ。
宴会はなしで、各陣営へと振る舞いをする形だった。来客が全て帰ると、バザックスとギノバマリサの周辺は、一気に慌ただしくなる。
「片づけなら、いくらでも手伝います!」
マティマナは張り切って声を掛けるが、といっても引っ越す別棟は綺麗。独立した小ぶりの城だ。ディアートが暮らす城風の邸よりは、もう少し大きいが準備は整っている。
マティマナは今は、主城の二階に部屋を与えられているが、結婚したらルードランと一緒に主城の最上階へと移る。
今の当主たちは、しばらく主城に残った後、やがては別棟、更にはルルジェの離宮と移り住み、ノンビリ余生を送る形だ。
「ああ、これで、もう、レノキ家に帰らなくてすむから嬉しくて!」
ギノバマリサは、張り切って引っ越し荷物のなかでも、他の者に触れさせられない小荷物を運びながら声を弾ませている。
「書類を引っかき回されたときは、義姉上に整頓を頼みたい」
バザックスは、書類や巻物が運ばれて行くのを、はらはらと見守っている。
部屋の移動自体は、さほどに時間はかからない。城に暮らす者たちでの夕食会の後、バザックスとギノバマリサは新居にての初夜だ。
「マリサの特殊な事情で内輪の挙式だったけれど、告知はされるよ。王宮には勿論知らされているし」
ルードランに連れられ塔の最上階で夜景の都を眺めながら、マティマナは頷く。
「内輪が凄すぎて緊張しました」
つい最近まで下級貴族だった身としては、別世界に迷い込んだような気分になっている。
「次は僕たちだね。早く結婚したいなぁ」
ルードランはしみじみと呟く。軽く抱きしめられ、唇に淡くキスが届けられていた。






