花嫁修業と王宮用の作法
ディアートから教えられる作法的なものは、ほとんど及第点を貰えた。
難儀なのは、王族の系譜。代々の女王の名を覚える必要はないとはいえ、なかなか複雑だ。
「人間界に降りて来た天女が人間に恋して生まれた子供が、初代女王のメリアルリとなったの」
天女は人間の夫を連れて天上へと帰った。天女の名が、ミレールタイク・ユグナルガだったことから、その子孫が治める列島はユグナルガの国と呼ばれるようになったという。
「以来、ずっと女王が統治してきたのよ? 王位継承権を示す光の花は、女性にしか受け継がれないの」
「でも、現在は、男王ですよね?」
「そう。そういうときのために、裏王家が用意されているの。聖王院が守護して秘匿している、もうひとつの王家サート家よ。光の花を持つレータナイル・サートを迎えて光の花を王へと分けた」
「一般へと知らされていないことが多いのですね」
ディアートは頷いた。
ライセル家へ嫁ぐのでなければ、知らされることのない事柄のようだ。
初代女王のふたりの子供が、クレン家とサート家に別れた。クレン家は、王家として統治し、サート家は王家の血筋が途切れないためのお役目を果たす。
「四代女王のとき、妹には男子しか生まれず、息子と共に王家を出て、ウルプ家となった。最初の王家由来の大貴族ね。天が認定しているわ」
五代女王の弟が王家を出てフェノ家に、六代女王の兄がソジュマ家に。七代女王のときに、レノキ家とライセル家が、それぞれ天上が認定した王家由来の大貴族となった。
「今は十四代だから、長い歴史を経てるのですね」
「ライセル家以降は、王家をでた者に王族としての地位は与えられていないのよ。出た者のみ一代は王族だけれど、子孫は継げないわね」
天からの許可が下りないのだそうだ。
王家の系図を眺めたり、ルルジェの都における貴族を把握したり。これらは結婚した後も、続けることになりそうだった。
「作法などは、後は王宮対策ね。王宮のみの特殊事項は習得が若干必要よ」
「王宮に挨拶に行くのでしたね」
マティマナは王宮と聞いて少し緊張度が高まる。
ルードランの婚約者として行くか、結婚後に行くかは、まだ未定だ。だが王宮を訪ねることは確定している。ルードランの当主就任報告と奉納舞いだ。なので、王宮での作法を学ばねばならない。
「マティが行くのは、王宮での行事に合わせての挨拶になると思うの。だから奉納舞いは、夜会のように何組かで踊るはずよ」
ディアートは、ルードランの挨拶は、行事の折りに組み込まれると前例から考えているようだ。
「曲は、いつものなのかしら?」
ひとりの踊る部分が多い曲。
「そう。貴族の令嬢たちの見せ場ね」
「創作して踊ってしまって良いのかしら?」
「勿論よ! ぜひ派手に踊ってきてね」
奉納舞いに関しては、全く心配してないわよ、と、ディアートはにっこり笑みを向けてくれた。
「問題は、王宮での行事は食事付き、ってことね。お振る舞いを食することになるから、練習が必要よ」
ディアートは思案気な表情で言葉を紡ぐ。
「え? 特別な食べかたが必要なお料理が出されるの?」
所作とは別に練習が必要な食べ方があるらしい。マティマナは、ちょっと身構える。
「料理は、あまり変わり映えしないでしょうね、とても美味だけど。ただ、天上から伝わった伝統で箸で食べないといけないの」
ディアート自身は苦労したらしく、溜息まじりに告げられた。
「箸? あ、えと、料理するときの菜箸みたいな感じですか?」
食事用の箸というのは見たことがないが、菜箸ならば使い慣れている。
「そんなに長い箸じゃないけど。菜箸使えるの?」
「はい! 料理、得意です」
マティマナは家事全般が大好きなのだが、ルードランの婚約者としてライセル城にいる分には家事は全く不要だ。ただ、下級貴族としてライセル城へと夜会などの裏方の手伝いに来ていたときは、よく厨房で手伝ったし、菜箸も使っていた。
「じゃあ、わりと楽勝かもしれないわね!」
試してみることになり、食事の時間は作法を教わりながらディアートとふたりで過ごすことが増えた。
「短い箸、可愛いですね」
菜箸とは使い勝手は全く違うが、綺麗で可愛い。それに、何気に便利な感じがした。だいぶ慣れたせいもあるが、自在に使えるようになってきている。細かい作法はディアートに叩き込まれた。
「ふふ、マティ、ちゃんと箸が使えていてすごいわよ。もう、私より扱いが上手かも。これなら安心ね」
「良かったぁ。ほっとしました」
箸を上手に使うため、器の豆を別の器に移す練習を教わったので自室で奮闘している。
頑張った甲斐はあったかな。
安堵しながらも、箸の使い方も、ずっと継続して練習したほうが良いだろう、ということだった。
大夜会の際に拡げた広間の更に奥。極秘の仕切りを外すと、神殿風の設えが現れた。
「ああっ、城のなかに神殿があったのね!」
準備の場に、ルードランと一緒に立ち会っていたマティマナは、思わず声をたてる。仕切りを外しただけで、立派な神殿の風景に早変わりだ。
「神殿は疑似的なものだけれどね。近くの神殿から巫女が来てくれることになっているよ」
仕切りによって壁のなかに収納されていたような状態らしい。
内輪の婚儀で参加人数は少ないが、夜会より広々とした空間が用意されている。
「挙式用の衣装があるのですか?」
「マリサは、持参したようだね。バザックスの分は、だいぶ前から用意されているよ」
「愉しみです!」
「僕たちも、一応、参列用の衣装合わせがあるからね? マティマナの衣装、間に合ったらしいよ」
「あ、えと、ドレス風のものですか?」
「そうそう。愉しみだなぁ」
内輪の者たちへも、ルードランは自慢したいらしく極上の笑みだ。
マティマナにしてみれば、参列者のすべてが雲上人なのだから緊張しまくりだった。
バザックスとギノバマリサの婚儀は内輪で進められているが、祝いの品などは噂を聞きつけた者たちから届けられ始めている。
参列する者たちも、あらかじめ贈り物は届けておく仕来りのようだ。
ライセル家とレノキ家の婚姻ということで、五家ある王家由来の大貴族である、ウルプ家、フェノ家、ソジュマ家からも参列はないが贈り物は届けられていた。






