家令と書類整理
掃除の仕事はライセル城で不要状態になっていた。
マティマナは手持ち無沙汰で、こっそり仕事を探して歩き回っている。
「マティマナ~! 仕事を頼んでも良いかな?」
歩み寄ってきながらルードランが笑みを向ける。とはいえ、仕事を頼むのには申し訳なさそうな表情だ。
「はい! とても嬉しいです! どのようなお仕事でしょう?」
「家令が当主交代での書類や巻物の整頓に大わらわになっていてね。確か、書類の整理はマティマナ得意だったよね?」
バザックスの書類などを整頓したのを知っているルードランは、それでも申し訳なさそうな表情のままだ。
ふたり手を繋いで家令の部屋のある上階を目指して階段を上がる。
「家令さんの仕事、手伝っていいんですか?」
「う~ん、もう手に負えない感じなのだよね」
「それは、やり甲斐ありそうですね!」
すれ違う侍女が、ルードランへと流し目を向けていた。ずっと気にしていなかったが、改めて意識するとあらゆる場所で、ルードランやバザックスに秋波を向ける下級貴族の侍女が多い。虎視眈々。
侍女頭に側室狙いが多いから気をつけるように言われていたが、マティマナには気をつけようがない。
(縁談なら、レノキ家の当主とか狙えばいいのに?)
確か独身よね? 別に、都を越えても構わないはず。レノキ家は比較的ルルジェの都に近いし……。
マティマナは、そんな風に、ぼんやりと思考を巡らせていた。
(ナタット殿は、執事殿が離さないというか、離れないというか……)
相思相愛のようだよ、と、ルードランは微笑ましそうにマティマナの心へと呟きを届けてきた。
ええええ!? それって家として大丈夫なの????
マティマナは、吃驚でひっくり返りそうだったが、ユグナルガでは婚姻は男女問わないし、重婚も可能だ。いずれギノバマリサの子をレノキ家へ迎えたいのは、そういう事情も鑑みてのことなのだろう。
マティマナの驚く顔を見詰め、ルードランは愉しそうにしている。
まあ、愛し合ってるなら幸せを祈るのが良いわよね。
それで例の美貌の執事は、いつもギノバマリサを届けると速効でレノキ家へと戻るのか、と納得した。
「呪いの品が蔓延していた二年近く、上手く片づけられなかったようなんだ」
ルードランは、ようやく理由が分かったよ、と、言葉を足した。
「最近のものは、問題なく収納されて行くのですが、数年分の蓄積が……」
家令はほとほと困り果てた様子で呟いた。
「あ、呪いの影響で、書類が整頓できない状態だったんですね」
「書類の整頓がお得意だとか。お手伝い願えますか?」
「はい! 喜んで」
「こちらです」
家令の執務室は綺麗に整えられていたが、案内された隣の小部屋は凄い惨状だった。
大きな卓が見えてはいるが、床には紙類が堆く積み上がっている。
「この紙類ですが、書いた者ごとに仕分けて、日付けの古い物が後ろに、手前が最新になるようにしたいのです」
「この紙の山で、全てですか?」
物凄い紙が、一部屋を埋め尽くしている。どうにもならず床に積み上げて放置したらしい。
マティマナは呆れたのではなく、確認の意味で訊いた。更に隣の部屋にもあるなら、同時に進めたほうが良い。
「そうなんです。誠に面目ないというか、申し訳ありません」
「いえいえ! 書類整理、嬉しいです!」
書類整頓用の魔法を、紙の山に浴びせてみる。
陳情書のような単発のものも混じっているが、大半は書いた人物が同じだ。とはいえ書き手の人数は多い。
一応、作業用の大きめな卓があるので、紙の山に魔法を撒き、まず書いた者ごとにまとめ、卓にあげた。
紙の上下も同時に揃えた。
後は、魔法をかけつつ軽く触れれば紙の順番は好きにできる。
上から新しい順になればいいのよね?
マティマナは、とんとんとん、と、紙束に触れながら魔法をかける。紙束は一瞬光ってすぐに希望の順番通りになった。
「こんな感じですかね?」
それぞれ一瞬だ。それぞれの塊ごとに、目立たない小さな紙挟みで留めてみた。
「え? 終わったんですか?」
「はい。出来ました! あ、紙挟み、邪魔でしたら直ぐはずします!」
「ちょっと、早すぎやしませんか?」
しかし紙束は、大卓の上に規則正しく並んでいる。家令は、大卓へと歩みより、ひと塊ごと確認して驚きの声を上げた。
「本当にできてますね! この紙挟み、とても良いです!」
「お役に立てたなら、嬉しいです」
半ば放心するような表情で、家令は驚いてくれている。
ずっと放置するしか無かった書類の山は、綺麗に片づいた。
「あ、巻物の収納とかはどうです?」
言いにくそうにしながら、家令は希望に満ちた表情で伺ってくる。マティマナは、パッと嬉しくて仕方ないような表情を浮かべた。
「収納の決まりはありますか?」
別の小部屋へ案内されながら訊いた。
「大量ですが、日付け順に積み上げてくだされば」
巻物収納用の多段の棚が複数ならび、巻物は乱雑に床に飛び散っている。
「古いものが下方の棚だと助かります」
「分かりました!」
マティマナは床全体の巻物に一旦魔法を振りかけた。開きかけの巻物はしっかり巻く。その後は片づけの魔法で、日付順に印をつけるような感じにし、一瞬で棚へと収納した。
大まかな日付けを書いた厚紙のような仕切りで区切っておく。
「もっと日付け、細かいほうがいいですか?」
「いやいや、十分です! なんと……これも一瞬ですな」
分かりやすくて大助かりです、と、棚を確認しながら家令から言葉が足された。
ルードランの当主引き継ぎが手間取っているのは、こんな風に、呪いの品が密かに置かれていた頃の影響が蓄積されてのことのようだ。
「また何かありましたら、いつでもお声掛けてくださいね」
とはいえ、こんな乱雑な事態が方々に発生して放置されていたら、とっくに大騒ぎになっているだろう。
家令の元は重要な書類が存在すればこそ、人海戦術に頼ることはできず放置せざるを得なかったに違いない。
「マティマナの魔法は、とてもいいね」
少し離れたところで、家令の指示でマティマナが片づけする様子を見ていたルードランは、部屋を出ると手を繋ぎながら囁いた。
「お役に立てて良かったです。片づけしたかったから嬉しいです」
思うように片づけができ、マティマナは上機嫌だ。
「これで必要な書類も見つけやすくなるだろう」
ルードランはホッと一安心、といった表情だ。
バザックスとギノバマリサの婚儀は急がれているし、準備でライセル城は慌ただしい。
「少し魔法の練習でもしようか」
そう言いながら、ルードランはマティマナと手を繋いだまま転移して塔の最上階だ。
「いいですね。ルーさまと、ここで過ごすの好きです!」
「僕もだよ」
軽く背側から抱きしめられ、マティマナはルードランの腕へと手を絡める。
共に海を眺めながら、至福のひとときを過ごした。






