聖女見習いの来訪
聖女見習いのライリラウン・バルシとマティマナは、書簡による交流が始まっていた。
互いに聖女関連の情報交換ができるので有り難い。聖王院で学んでいないマティマナとしては貴重な情報源だ。
聖女見習いは、時折、王宮へと赴き奉納舞いを習うらしいのだが、ライリラウンはマティマナの踊りが忘れられないのだという。
「聖王院長からの勧めもあって、ライリが城に来ることになったよ」
ルードランは聖王法師ケディゼピスから直々に申し込みがあったと、マティマナに伝えてくれた。
「ライリさんがいらっしゃるの?」
早くも再会が叶いそうで、マティマナは嬉しそうに訊く。
「奉納舞いの研修、という形のようだよ。それと、呪いの除去している現場を少し見せてあげてほしいとのことだった」
「法師さまの部屋での魔法、ということですね?」
イハナ城には、法師ウレンですら入れないのだから、ライリラウンにはとても入れない。
「そう。マティマナの魔法を見たいらしい。踊りは、ディアートがライリの相手役をつとめてくれる」
聖女見習いを男性と踊らせるわけにはいかないが、城にはディアートがいるので聖王院長から許可がでたようだ。
「わたしも、踊りの基礎のおさらいがしたいです」
「ぜひ、ふたりの練習に付き合ってあげて。ライリは、マティマナの踊りを覚えたいみたいだからね」
「あら、わたし毎回違う踊りをしてるのに?」
「それでいいと思うよ? 僕も、時々、練習見させてもらうから」
「願いを聞いていただき、感謝いたします」
ライリラウンは、聖王院長の転移で主城の手前へと送られてきた。
迎えにでた、ルードランとマティマナ、法師へと丁寧な礼と共に告げる。質素ながら踊りの可能な緑の衣装での到着だ。
蜂蜜色の長い巻き毛、薄紫の瞳。手には小振りな杖を持っている。
「いらっしゃい、ライリ。歓迎するよ」
笑みを深めてルードランが応える。
「再会できて嬉しいです」
マティマナも、笑みを向けて告げた。
「滞在中、私からライリへの実技講習がありまして。マティマナさまに、ご一緒願えればと」
法師からの言葉に、マティマナは瞬きする。
「あ、講習見せてもらっていいんですか?」
「はい。是非!」
不思議そうにしながらも応えると、ルードランが手を繋いでくる。
(法師といえど、聖女見習いと男女ふたりきりにするわけに行かないということらしいよ)
ルードランの言葉が伝わってきた。万が一にも間違いのないように、ということらしい。
(お役にたてるなら何よりです)
そっとルードランへと応えた。マティマナとしてみれば、法師や聖女の技を見る機会が得られて嬉しい。
ライリラウンは聖女見習いのなかで一番年上で、そろそろ外での実習が必要ながら、研修先の選定に苦労していたらしい。聖女のいるライセル城であれば、と、時々通う許可が下りたようだ。
皆でぞろぞろと法師の部屋へと入った。ライリラウンへと呪いの品を見せるためだ。
「だいぶ呪いも弱まってきているのですがね」
収納箱に入れられた布に包まれた呪いの品を法師は取りだした。布から少し覗かせてライリラウンへと見せている。
「きゃぁ、これは怖いです! なんて禍々しいの! ああ、こんな品に遭遇したら最悪ね」
ちゃんと呪いの品だとは認識できるようだ。触れたら拙いことも。
「聖王院の術では、この呪いは除去できません。聖王院の者の天敵のような品です。触れませんように」
「ああ、こんな品、どう対処したら良いのでしょう?」
ライリラウンは、そんな時、どうすればいいのか悩んでいる。触らずに、でも、排除しないといけない。今のところ、これと同じ呪いの品であれば、マティマナの元まで届けるしかないだろう。
「一応、この魔法の布を使えば拾うことも、所持することも可能ですよ」
マティマナは、雑巾である魔法の布を見せながら言った。布巾でも良いが、雑巾のほうが厚手なので更に安全だ。
「こんな風に、魔法を掛けてます」
呪いの浄化は教えられないが、見せることは出来る。マティマナは、法師の持つ品と、収納箱に入れられている品へと魔法をどんどん振りかけた。
「ああ、なんて綺麗な魔法! きらきらしてますね」
ライリラウンの眼にも、魔法は見えるらしい。
「念のため魔法の布をお譲り頂くのはどうですか?」
法師が提案する。
「これ?」
雑巾なんだけど。まぁ見た目じゃわからないか。
小さくして保持できるし、邪魔にはならない。
マティマナは五枚ほど取りだして渡す。
「ありがとうございます! まぁ、なんて不思議な感触。でも神々しいです!」
「いつでも補充しますからね!」
拭き掃除にも便利よ、と、小さく言葉を足しておいた。
ディアートの踊りの指導は、ライリラウンが基礎がちゃんとできていたので、最初から応用編だ。
マティマナは付き添いだけれど、ライリラウンと一緒に踊る気満々で。ディアートは、何気に愉しそうに教えてくれている。
聖女見習いを男性と踊らせるわけにいかないが、ディアートは男性の部分が踊れるし、王宮仕込みで指導は完璧だ。
ひとりの部分は、ライリラウンとマティマナが一緒に踊る。
「ライリ、型どおりではなく、自由に動いて良いのよ? そう、とてもいいわよ」
近くでマティマナが奔放に踊っているので、若干は参考になるのかもしれない。
マティマナは、いつも、ほとんど即興だ。見えない導きの手を、常に感じていた。
その感覚は、伝えることはとても難しい。それでも、聖女見習いであるなら天からの導きは得やすいのではないかな? と、マティマナは思う。
数日の滞在期間、踊りの練習には、ときどきギノバマリサも混じり、女性四人で踊る場面もあった。
「創作して踊るのって、こんなに愉しかったのね!」
ライリラウンは、自由に踊るマティマナやギノバマリサの動きに触発されながら、何気に良い感じの自由さで踊りはじめている。
「ライリさんと一緒に踊れて、とても愉しいわ」
きちんと聖王院の修道院で鍛錬しているライリラウンから学べることは多く、マティマナはそれも愉しかった。
法師の講習やら、マティマナの魔法での洗浄やらを見せたり。あっという間にライリラウンの研修期間は終わり、来たときと同様、聖王院長からの迎えの転移で戻って行った。
「城が華やかになって、本当に良いわね」
ライセル夫人リサーナは、マティマナとギノバマリサが城で暮らしているのを大歓迎している。その上で、時折、聖女見習いライリラウンが訪ねてくるらしいことも、喜んでいた。
「ひとり帰ってしまうと、ちょっと寂しくなるかな?」
ルードランは、名残惜しそうにしているマティマナへと労るように声を掛けてくれる。
「また逢えます。何より、わたしには、ルーさまがいてくださいますし」
「僕が、何かと忙しくて済まないね」
そうは言いながら、多忙になっている公務の合間を縫い、ルードランは何かと一緒にいてくれた。
向けられる笑みに、幸せな思いが心に拡がる。
同じように幸せを届けたくて、マティマナも笑みを届けた。






