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バザックスの浮気

「ギノバマリサ様が、本日、ご到着になります」

 

 聖王院から戻ると家令が伝えてきた。

 

「あら、楽しみね!」

 

 マティマナはギノバマリサと再会できると知って声を弾ませる。

 

「内輪でバザックスさまとの婚儀を希望されてまして」

 

 家令の言葉から察するに、即座にバザックスとの婚儀となる気配だ。

 

「あ、バザックスさま、先に結婚なさるのね」

 

 マティマナは特に他意はなく呟いた。色々といわくありげな大貴族同士の結婚なので、はたで思う以上に事情は複雑なのだろうと思う。

 

「済まないね、当主の引き継ぎに少し手間取ってる。僕たちの挙式は、当主引き継ぎと一緒にする予定だからね」

 

 ルードランはかたわらで申し訳なさそうに呟いた。

 

「そんな、わたし、いくらでも待ちますよ?」

 

 それに、ずっと一緒にいられてますし幸せです、と、小さく言葉を足した。婚儀前だけれど、実家に帰ることもなくライセル城で暮らしている。毎日ルードランに逢える。

 

「僕が、待ちきれないんだよね」

 

 マティマナの手をとりながら、ルードランは微かに溜息交じりだ。

 

「バザックスさまとマリサの式、愉しみですよ?」

「内輪だから、質素な挙式になるよ。互いに身内だけの参列だね」

「身内だけって……レノキ家の方々がいらっしゃるわけですよね?」

「そうだね。マリサの年上の甥である当主のナタット殿も、マリサの兄で王家に婿入りしたマローム殿も来るだろう」

 

 マロームと婚姻した王族は、ユグナルガの王ベアイデル・クレンの従姉妹(いとこ)だ。参列するらしい。

 

「ゎゎっ、内輪が……ちょっと凄すぎますね」

 

 王族まで参列すると分かって緊張感が高まった。内輪ということは、逆に遠巻きにすることもできない。

 

 

 

 例によってレノキ家の遣り手の執事が、大きな衣装箱と共にギノバマリサ・レノキを転移で連れてきた。

 衣装箱は、ライセル家の使用人の手で即座に仮のギノバマリサ用の部屋へと運ばれて行く。

 執事は軽く挨拶すると、ギノバマリサをライセル家に托して即座に戻って行った。

 

「お義兄(にい)さま、お義姉(ねえ)さま、また逢えて嬉しいです!」

 

 金髪巻き毛は半結いで綺麗な宝石を飾っている。翠の瞳はきらきらで、豪華衣装は背の低めのギノバマリサに良く合う色と形。艶やかな魅力を感じさせている。

 

「これから宜しく頼むよ」

 

 ルードランは、にこやかに告げた。

 

「こんなに早く再会できて嬉しいです、マリサ」

「もう、レノキ家に帰らなくて済むから嬉しくて」

「済まないね、バザックスは研究に夢中になっていて。せっかくマリサが来たっていうのに」

 

 ルードランが、バザックスが迎えに来ていないことを申し訳なさそうに告げている。

 バザックスは魔法的なものもライセル家絡みで研究していたが、レノキ家のギノバマリサと付き合うようになり、別種の王家由来の血筋との違いにも興味を持って研究していた。きっと、研究に夢中になっているのだろう。

 

「気にしないで。でも、私、バズ様のお部屋を訪ねます!」

 

 すっかり勝手知ったる我が家のように、ギノバマリサはライセル城に馴染んでいる。大貴族の令嬢なのだが、タタタッと軽く走るようにバザックスの部屋を目指して階段を上がって行った。

 

 

 

 閉鎖している客用棟の地下室は、床からの音は止まったらしい。

 

「かえって不気味ですね」

 

 報告を聞き、マティマナとルードランは少し思案気に見詰め合った。

 

「そうだね。監視の機会を増やそうか」

 

 あんなに奇妙な音が、聞こえるはずのない場所からずっと響いていたのだから止まったと報告されても全く安心できない気分だ。

 調査させているらしいが、他の棟ではそういった報告はない。

 城の敷地のかなり端にあるので、何かあったときに駆けつけるのに時間がかかりそうで、それも気掛かりだ。

 

「主城から遠いですから、即対応が難しいですよね」

「最近は、マティマナと手を繋ぐと、簡単に転移ができそうなんだ」

「そうなんですか?」

 

 マティマナは吃驚(びっくり)してルードランを見上げた。青い眼が、嬉しそうな光を宿している。

 

「今度、試してみようか」

 

 目的もないのに転移するわけにもいかないだろうが、手を繋ぐだけで転移ができそうというのは朗報だ。

 

「きっと、練習したほうがいいですよね?」

「他にも、色々できそうなんだけど、ひとりだと発動しない感じだよ?」

「あああっ、じゃあ、一緒に練習しましょう! 色々試すのが良いですよ!」

 

 勿論、お時間あるときに、と、小さく言葉を足した。ひとりで色々試してみての結論なのだろう。ルードランは嬉しそうな表情だ。一緒にいられる機会を増やせそうで、マティマナはどきどきしながら、うきうきしていた。

 

 

 

「バズ様、浮気ですの。悔しいわね」

 

 バザックスとの婚儀のため早々にライセル城に来たギノバマリサは、翌日、少し沈んだ調子でマティマナへとボソリ呟いた。

 

「え? 嘘でしょ?」

 

 マティマナは強烈に衝撃を感じてくらくらしてしまっている。最近は、バザックスの側室狙いの侍女たちも虎視眈々と機会を狙っているのは確かだ。

 

 バザックスさまに限って、そんな浮気だなんて!

 とても信じられないけど本当だとしたら、なんとかしなくては!

 マティマナは、頭のなかでグルグルと堂々巡りの思考を巡らせた。

 

「ふふっ、研究が恋仇でしたら、勝ち目はございませんの」

 

 ギノバマリサは、マティマナの狼狽(ろうばい)を尻目に愉しそうな表情を浮かべて囁いた。惚気(のろけ)られたようだ。

 

「あ……、それは仕方ないわね。ああ、良かった……」

 

 マティマナは、くらくらしたまま、しかし心底安堵して、ホッと呟いた。

 バザックスとギノバマリサは互いに語り合い、研究仲間のような仲良しさ加減なのだから心配する必要などなかった。

 

 バザックスは研究とギノバマリサの他には、全く無関心なのだし浮気など有り得ない。

 研究は少しずつ形になり、学術都市アーガラや王宮宛てにも論文として届けているようだ。

 今後、ギノバマリサと婚姻することで、きっと研究にも良い方向に拍車が掛かるだろう。

 

 ギノバマリサは、侍女が呼びにきて婚儀の衣装合わせへと向かって行った。

 代わりに、ルードランが近づいて来ている。

 

「何を驚いていたんだい?」

 

 遠目で見られていたのかな? それとも、余りに蒼白な心になっていたから伝わっちゃったかな?

 

「あ。マリサの悪戯(いたずら)な惚気に、引っかかっちゃっただけです」

「ああ、バザックスの浮気?」

「ルーさまも、マリサに?」

「さっき、引っかかったばかりだよ」

 

 ルードランは愉しそうに頷いた。

 

「あら、やっぱり引っかかっちゃったんですね」

「迫真の演技だね、マリサは」

 

 愉しい日々になりそうだね、と、ルードランは囁き足していた。

 

 


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