聖王院への挨拶
聖王院行きのルードランの衣装は、マティマナの正装にあわせたようだ。正装の緑を引き立てる色合いながら、派手目の柄と刺繍がふんだんな豪華衣装だった。
「ああ、ルーさま、とても素晴らしい衣装です」
マティマナはうっとりと、ルードランを眺めて呟いた。宝石類も飾られて超豪華なのだが、容姿が全然負けていないのが凄い。
「正装のマティマナと踊るの、とても愉しみだよ」
大夜会のときは、正装に着替えはしたが踊っていない。ルードランは早く、正装のマティマナと踊りたいようだった。
法師の転移で、一気にカージュガイの都にある聖王院に着いた。
城壁のようなものはなく、森のなかに巨大な建築物がいくつもある感じのようだ。法師は、もう一度転移し、どこかの控えの間へとルードランとマティマナを連れ込んだ。
「ここは、修道院側の儀式を行う大伽藍に続く控え室です。しばらく、お待ち願えれば」
地味目な正装の法師は、丁寧な礼とともに告げた。
控えの間とはいうものの広大だ。調度類のようなものは無いが、荘厳な雰囲気に満ちている。
扉越しに、訓示する声が聞こえてきていた。聖王法師ケディゼピスの声だ。
「修道院側の広間に入れる法師は限られているので、定期式典ではありますが、今回は小規模です」
「なぜ、限られているのですか?」
マティマナは何の気なしに訊いていた。
「鍛錬の浅い法師には、女性の姿は眼の毒でして」
言葉を少し濁すような、言いにくそうな表情で法師は応える。
「あ。元々女人禁制でしたものね」
「ですが修道院が正式なものとなるのを祝して、聖女さまの奉納舞いが望まれているのです」
聖女を目指す女性の法師見習いのための式典らしい。
「わたし、学んでないのに聖女だなんて」
ちょっとおこがましく感じてしまう。
「いやいや、聖王院で対処できない呪いの清め手は貴重です!」
法師は、ふるふると首を振りながら力説している。
奉納舞いでは、魔法を撒いても良いですからね、と、言葉が足された。
ライセル家由来の魔法から来ているので、呪いの清めは教えられるものではない。
聖王法師ケディゼピスは礼賛してくれているが、雑用魔法という風には言わないほうがいいのかな?
マティマナは少し思案していた。
会場のほうで、ルードランとマティマナを紹介する声が響いた。法師が先導して、大伽藍というに相応しい会場へと入って行く。
響めきは、マティマナの正装と手にした聖女の杖への称賛の声を含んでいた。
質素な緑の長衣に帯を巻いた姿の少女たちが、一箇所に固まっている。幼い少女から、少し育った少女まで、年齢バラバラな女の子たちだ。
少し離れたところに、大人の法師たちが集っている。
「ライセル家の次期当主ルードラン殿、この度、聖女認定されたマティマナ殿。修道院の祝いのために、お越し頂き感謝いたします」
聖王法師ケディゼピスは、丁寧な礼とともに和やかに告げた。
「お招き、ありがとうございます」
ルードランが、朗々と応える。マティマナは合わせて礼をした。
「マティマナ殿には、ぜひとも正装による奉納舞いを願いたく。お二方、宜しくお願いいたします」
ケディゼピスの声が響くと、法師と少女たちは、それぞれ所定の位置へと移動する。
さっそく楽団が、ライセル家とは少し違う雅な楽器で、馴染みの曲を奏で始めていた。
前奏を聴きながら、ルードランはマティマナを誘導しながら中央へと進んだ。
マティマナは杖を一旦、手首の飾りに戻して踊り始めた。
夜会とは全く別種の雰囲気に飲まれそうになるが、ルードランの手の感触と、向けられる笑みに、意識はふわりと緊張から解き放たれる。
「ああ。すごく綺麗だよ」
踊り出してすぐに、ルードランは感嘆した響きで囁いた。
実際、踊ってみるとドレスの裾は信じられないほどに美しく舞いあがる。飾られた宝石を煌めかせながら、音楽に合わせて優雅な波のような動きだと、マティマナは感じていた。
「不思議。とても踊りやすいです!」
大伽藍か、正装か、ルードランと一緒だからか、理由は謎ながら思うように身体は動いた。とても身体が軽い。
ただ、この後は、長い時間ひとりで踊ることになる。
「マティマナの踊りを、一番間近で見られて嬉しいよ。いつも以上に自由に踊るといい」
ルードランに送り出されながら、マティマナは手首の飾りを杖に戻して片手に持ち、ひとりの部分を踊りはじめた。
聖女の杖は、まるで身体の一部のように踊りに沿ってくれる。
きらきらと、様々な雑用魔法が混ざりあいながら撒き散らされていた。
感動したような溜息が遠くから聞こえてくる。
マティマナの踊りは既に即興で、天からの啓示をうけている感覚だ。導きのままに身体を動かせば、正装の衣装は信じ難いほどの華やかな動きで、魔法の光と絡みあって別世界を造りだしている。
陶然と舞い踊り、心地好さに浸りながらルードランの腕へと戻り、ふたりの部分を幸せな気持ちで踊りきった。
静寂の後で、大喝采が起こる。女の子たちの、感動した嬉しそうな声が響いてきた。
「素晴らしい。天女の舞いを見ているようでした」
聖王法師ケディゼピスは、近づいてきて告げる。
「恐縮です。奉納舞いになっていると良いのですが」
ほとんど勝手気ままに踊っているようなものだ。
「素晴らしかったです、マティマナ様!」
年長らしき少女が、花束をもって近づいてきた。マティマナは杖を腕輪に戻すと、差し出された豪華な花束を両手で受け取った。
「まあ、なんて綺麗! ありがとうございます」
「この子は、ライリ。次の聖女候補ですよ」
聖王法師ケディゼピスが笑みを浮かべて紹介してくれた。
「ライリラウン・バルシです。お見知りおきを」
とても可愛らしい声だ。蜂蜜色の長い巻き毛、薄紫の瞳。少女は満面の笑みで礼をとる。質素な緑の長衣をまとい、人形のように整った顔立ちをしていた。
「たぶん、数年でふたり目の聖女認定になるだろうね」
「宜しくお願いします」
もう一度、丁寧な礼をしながらライリラウンは笑む。好意的で憧憬を含むような視線をずっと向けてくれている。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
マティマナは少し緊張しながらも、笑みを深めて礼をとった。
ルードランが聖王法師ケディゼピスと話をしている間に、ライリラウンはマティマナを修道院へと案内してくれている。修道院は男子禁制なので、ルードランは入れない。
そして、聖王院の本館へはマティマナが入れない。
色々と制約があるなかで、修道院で聖女育成をはじめたというのは、画期的な話だろう。
ずっと、法師は男性特化だった。
「マティマナさまのお陰で、修道院のほうも色々と充実したの。感謝します」
ライリラウンは案内しながら、こっそりと教えてくれた。図書室の巻物数が増えたり、学べる学科が増えたりしたらしい。
「まぁ! お役に立てているなら嬉しいです!」
修道院の側も敷地面積は広大で、設備も良さそうだった。新たに作られたというには、不自由はなさそうな感じだ。聖女仲間が増えるのは、かなり嬉しい。
「マティマナ、帰るよ~!」
ライリラウンに送られて合流すると、ルードランが手を振っている。
「じゃあ、また逢えるの楽しみにしてますね」
マティマナはライリラウンへと告げると、ルードランと法師の元へと歩いて行った。






