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港への視察

 ライセル家の馬車は乗り心地が最高だ。

 魔法が程よくきいていて揺れない。滑るように目的地を目指す。

 今後、領地の視察も増えるそうだ。

 

 マティマナとルードランのふたりを乗せた馬車の後ろを、少し離れて護衛らしき騎士を乗せた馬車が追いかけてきているらしい。

 

 ライセル家の統治するルルジェの都は温暖で、作物の育ちが良い。港街もあり豊富な品々が流れ込んでくる。

 

「法師に、転移させるのでもよいのだけど。マティマナに景色を見せたかった」

 

 マティマナと並んで座るルードランが馬車のなかで笑み含みに呟いた。領民たちの暮らしも気になるのだろう。時々、マティマナとは反対側の窓から外の景色を眺めている。

 馬車の開け放たれた窓からは程良く風が入ってきていた。魔法で調整されているから、あくまで心地好い風だ。途中から馬車は川沿いを進む。河口が近づくにつれ川幅は増し、空の青さを映してとても美しい。

 

「わぁ、とても綺麗! 素敵な景色です!」

 

 ログス家は内陸側なので、マティマナは川沿いにも海にも出かけたことはなかった。綺麗な景色にも心躍るが、ルードランとふたりで馬車ででかけることにも、うきうきしている。

 港から荷物を積み込んだ小さな船が、川をさかのぼって行く。

 

 広く整備された川沿いの道を走り、馬車は港街へと辿たどりついた。

 

「馬と御者が休憩している間に、港街を見て回ろうか」

 

 ルードランに手を取られながら馬車を降りる。少し地味目の衣装のふたりは、視察と言っても目的があるわけではなく、お忍びでもないので気楽に散歩する感覚だ。

 

「はい! 同じルルジェの都だなんて、信じられないような別世界です!」

 

 そこそこの繁華街に生まれ育ったマティマナにとって家並みではない景色は、とても新鮮だ。

 ログス家近くは賑わう街で、人家の外れからは森やら緩やかな山地やらへと続く。小さな池くらいはあっても水辺には縁がなかった。

 ルードランは城内にいるときと同じように、マティマナと手を繋いで歩きだす。

 

 少し距離を取って、お忍びの騎士たちが、さり気なく護衛をしてくれているようだ。

 

 大きな帆船も入港してきている。

 河口の岸壁に停泊した船から降りた者たちが、次々に港街を目指して歩いてきていた。

 

「あー! ないない、帯留めがないわ! あなたが盗ったの?」

 

 どこかの貴族令嬢が、すっかり決めつけて極間近にいる怪しげな風貌の男を指さし騒いでいる。怪しげと言っても、何か作業をした後で髪や衣服が汚れ、乱れているだけだと思う。

 令嬢のお付きの者たちは、おろおろしながら、周囲に落ちているのでは、と、捜していた。

 

 擦ったんでしょ? と、決めつけで疑われた周囲の者たちは遠巻きにしながら不快な表情だ。

 

「いや~、お嬢さん。このへんの奴らは、そんなケチな真似はしねぇぜ?」

 

 波止場で働く荷運びの責任者らしき男が、忠告するように声をかけている。

 

「でも、ないのよ! 勝手になくなったりしないわ!」

 

 押し問答しているのに気づき、マティマナとルードランは騒ぎの元へと歩み寄って行く。

 

「何がなくなったのかな?」

 

 ルードランは疑われている者と、貴族の令嬢らしき者の間に割って入り周囲を見回しながら訊く。

 

「ルードラン様? ああ、帯留めだそうです」

 

 令嬢へと忠告していた男はルードランの顔を知っていたようで、吃驚(びっくり)した表情を浮かべながら応えた。

 

「どんな形のものかしら?」

 

 マティマナは令嬢へと訊く。形がわかれば、探せるかもしれない。

 隣でルードランが笑みを深める。探し物の魔法を使って良い、ということだろう。

 

「蝶の形の帯留めよ! 宝石が嵌まって、とても高価なものなの! 絶対、この男が盗ったのよ!」

 

 接触でもされたのかな? と、ちょっと思ったが、取り敢えず黙っておいた。

 

「蝶の形の帯留め……。探してみますね」

 

 魔法が使えることにるんるんしながら、まずは疑われている男へと探し物の魔法を振りかけた。

 ふわわっ、と、他の者には見えないであろう光が降りかかり、仕事で汚れたらしき髪や衣服が綺麗になる。どこにも、貴金属らしきの所持はなく、勿論、蝶の帯留めなど持っていない。

 不意に男の身形(みなり)が整えられたことに、どよめきが起こっていた。

 

「このかたは、お持ちじゃないようよ?」

 

 マティマナは令嬢へと告げると、今度はもっと広範囲に探し物の魔法を撒く。

 令嬢の移動範囲くらいで充分だと思うのだが、杖を手首の飾りにしているせいで抑制が効かない。

 だが、少し離れたゴミの吹きだまりのなかに反応がある。

 

 マティマナはつかつかとゴミの吹きだまりへと歩み寄ると、片づけの魔法で反応のあった辺りを軽く掃除した。

 

「あ、これじゃないかしら?」

 

 何かの弾みで、ゴミの吹き溜まりの中に飛び込んだらしい。ひと山片づけると、蝶の形の飾りが出てきた。ふわと魔法でマティマナの手に移動する間に、塵やら汚れやらは、すっかり吹き飛んだ。

 

「これよ! ああ良かった……。……たいへん失礼いたしました」

 

 マティマナから帯留めを手渡され、あらぬ疑いを掛けてしまったことに気づいた令嬢は、魔法で綺麗になった怪しげだった人物へと謝罪している。

 

「解決したようだね」

 

 笑みを向けて告げるルードランに手を取られ、マティマナはその場から静かに立ち去った。放っておけば、掃除を続けかねないとルードランには思われているらしい。

 

 元より綺麗になっているわ! 令嬢が驚いたように叫んでいるのが離れた場所から聞こえてきている。

 ルードラン様が連れているってことは、噂の聖女さまかい?

 噂話が続いているようだ。

 

 

 

 長年かけて、港は整備され岸壁も波止めも何気に立派なものになったそうだ。大きな船も停泊できるし、王都方向から交易品が豊富に運ばれてくる。

 

「都の豊かな暮らしは、この港に支えられていたのですね」

 

 マティマナは、感動して呟く。

 海の景色が珍しく、どきどきしつつ目新しい景色に夢中になっていた。

 ルードランは、そんなマティマナの表情を、愉しそうに眺めている。

 

「海は気に入った?」

「はい! とても、わくわくします」

「塔の上からも、ずっと海を見ていたよね」

 

 それで視察を口実に、海へと連れてきてくれたのかな?

 マティマナは、じわりと暖かな感覚に包まれる思いだ。

 

 ルルジェの都にも特産品はあるし、農産物は豊かに収穫できている。

 だが、貴族の好む贅沢品などは、方々の都から船で運ばれて来ているようだった。

 活気ある港街で忙しく働く人々が、あちこちに荷物を運んで行く。倉庫街に収められたり、小舟で上流方向へと運んで行ったり。

 

 積み荷を乗せた馬車は、都の各地へと注文品を届けるのだろう。

 

「大きな問題は生じていないようで何よりだよ」

 

 順調に船は寄港し、荷を満載にした船が出航して行く。

 少し小高い場所で海と、船との景色を眺めながら、ルードランは安堵した様子だった。

 

 


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