聖王法師ケディゼピスの来訪
ギノバマリサと共に踊りを披露した直後の大夜会の盛り上がりは、大変なものだった。
ルードランと共にライセル家の集う場所へと向かっている間も、絶賛の声が届けられている。
それでも、遠くから雑用魔法に関する根も葉もない噂が少し混じっていた。
不意に、目映い光が射し込んできたような錯覚――!
大夜会の最前に、鮮やかな緑の装束をまとう壮絶な気配の青年が立っている。転移してきたらしい。
ライセル家に派遣されている法師が、地味目な聖王院の正装で傍らに控えていた。
来訪すると聞かされていた、聖王院の院長である聖王法師ケディゼピス・エインに違いない。
天が定めた【仙】のひとりでもある、それこそ雲の上の存在だ。
会場に集まっていた皆の動きが凍った。強烈な威厳と、神聖さが際立って皆の身動きを封じているようだ。
聖王法師ケディゼピスは、まっすぐにマティマナへと向かって歩いてきた。
「舞を視させてもらったよ。素晴らしい。ぜひ、王宮での奉納舞いを願いたい」
別室で視ていたらしい。ケディゼピスは、にこやかにマティマナへと声をかけた。その事実に、また会場中が凍る。
「きょ、恐縮です!」
マティマナは震える身体で礼をし、必死に言葉を返した。
ケディゼピスは、ルードランには軽く挨拶しただけで、マティマナにずっと好意の視線を暖かく向けている。
え? 院長さまって、ルーさまか御当主さまに逢いに来たのでは?
話し掛けられて焦りまくったままマティマナはおろおろしていた。ルードランは、マティマナに逢いに来たことを知っていたようで、緊張しながらもにこやかだ。
「今回、ロガの件では、マティマナ殿に頼りきりで、誠に申し訳なく思っている」
派遣の法師より逐一報告は受けている、と、ケディゼピスは言葉を足した。
「悪魔憑きのロガへの対処や功績を賞し、聖王院はマティマナ殿を聖女として認定した」
『マティマナ殿を聖女認定』、との言葉が、大夜会の場に大きく轟き渡り谺するように繰り返された。
聖王法師ケディゼピスの爆弾発言に、何カ所かで、どひゃ~、などと、へんな声があがった。マティマナを追い落として後釜を狙おうとしていた者たちだろう。
大半の者は、『おお!』と、感嘆の声、祝いの声、絶賛の声を上げている。
顛末は分かっていないだろうが、聖王院が認める何らかの働きをマティマナが成し遂げたということは推測できたようだ。
「せ、聖女ぉ?」
マティマナは、へんな声になるのを必死で留めながら訊いた。何やら、事態が良く飲み込めていない。
「聖女ですって? マティマナが使うのは雑用魔法、下賤な魔法よ?」
恐れ知らずのどこかの令嬢が、人影から叫んだ。
「雑用魔法! 大いに素晴らしい! この世を浄化する強大で美しい素晴らしき魔法だ! 聖王院は聖女の技として認定する」
一喝する、というか、一笑に付すというか、聖王法師ケディゼピスは声をあげた令嬢を正確に視線で射止めながら告げた。
「引き続き呪いの除去にご尽力願いたい」
「畏まりました。お任せくださいませ」
呪いの品は、呪いを抜く必要がある。元より時間をかけて呪いを除去するつもりでいたが、聖王院からの正式な依頼となった。
魔法の布に包んでおくと、少しずつ浄化されるし、その上から魔法を撒き続けている。
魔法の布……って、雑巾なのだけど、黙っておこう……。
「マティマナ殿には、聖女としての証の品を何点か進呈する。受け取ってくれ」
聖王法師ケディゼピスは、そういいながら、豪華な布に包まれた品を取りだした。布を少し捲り、マティマナへと差し出してくる。
錫杖型の聖女の杖。黄金で綺麗な細工だ。頭部の装飾的な輪形に美しい遊環が複数通されている。錫杖の輪の中には、飾りに取り巻かれるようにして巨大な緑の宝石が仕込まれていた。清浄な石。マティマナの瞳と同じ緑。聖王院の管轄の指定色である緑。
「この杖は、本物の聖女以外には触れることすら叶わない」
朗々と宣言され、マティマナはビクついた。
わぁ、そんな、もし手に出来なかったら、それこそライセル家が大変なことに!
しかし、意を決して受け取るしかない。引くに引けない状況だ。
マティマナは布越しに差し出された杖の柄を直接握り、受け取った。
その瞬間、途轍もない目映い光が炸裂し、杖は大きく更に美しく変化する。大夜会の会場を昼間よりも明るく照らしはじめた。
雑用魔法の力が、あふれて止められない――!
ほわりとした光の粒子が、降り注ぐように会場を満たしていった。常であればマティマナとルードランにしか視えていない魔法の光だが、たぶん全員眺めることができている。
「ああっ、なんて心地好い光なんでしょう」
「心が洗われるようね」
「これ以上に、ライセル家に相応しい婚約者はいない!」
誰からともなく、溜息とともに声がこぼれている。清める力の究極が、柔らかく渦巻いていた。
「聖女認定は、ユグナルガの国では千年ぶりくらいだろうね」
ケディゼピスは笑みを浮かべながらマティマナへと告げた。
「でも、ライセル家由来の魔法ですよ?」
マティマナは耳縁飾りを意識しながら少し首を傾げる。
「いや、その飾りがもたらす魔法は、本来清めの魔法ではなかったようだ。だから、マティマナ殿が持つのは聖なる清めの力そのものなのだよ。ライセル家の魔法を凌駕している」
色々とマティマナの知らない間に、調査も行われたのだろう。
ただ、ライセル家の力が働くお陰で無尽蔵に魔法を使うことができるからこそ、力が発揮されたのは確かだ。
しかし、聖女? 結婚するのに大丈夫なのかしら?
マティマナは不意に心配になる。聖王院の法師は、婚姻とは無縁で一生清い存在だ。
「聖女って、結婚しちゃって大丈夫なんですか?」
マティマナはついつい院長にコソッと訊いていた。法師は、生涯結婚しないし、少しの交わりでも聖なる力を失うことがあると訊く。
「女性は大丈夫」
確信したように、院長は微笑した。
(本来キスなんてしたら、法師の力は失われているよ)
院長の言葉が、そっと心のなかに響いてくる。
バレてる……!
真っ赤になりながら、マティマナは丁寧な礼をして誤魔化した。
きっと、ライセル家の血筋も清いのだ。
「聖王院より引き続き届けられました。マティマナ様への聖女認定の品でございます」
車輪付きの豪華で大きな卓に、煌めく品が多数載せられて運ばれてきた。
錫杖型の超ド派手な杖だけでも充分すぎると思うのだが……。
「衣装……?」
畳まれているので形は分からないが、鮮やかな緑の布地は衣装のものだろう。光沢のある緑の糸での刺繍がふんだんで、何重にも重ねられている薄衣も緑。聖王院の管轄にのみ許された色だ。
「聖王院における正装です。【仙】が身に付けるものと同等ですよ」
運んできた法師が告げた。
「えええっ! そんな、畏れ多すぎます!」
マティマナは腰を抜かしそうだった。たぶん、会場で遣り取りを見守っているであろう家人たちも同じだろう。
ルードランは、隣でにこにこと最高の笑みを届けてくれている。
「どうか、早速、身につけていただきたく」
会場中が拍手喝采に包まれる。どう考えても、着替えの催促の拍手だ。
「案内しよう」
ルードランは満面の笑みでマティマナの手を取って歩きだし、車輪付きの卓が後ろに続く。
大夜会から聞こえてくるのは感動の溜息と、絶賛する響きの声ばかりになっていた。






