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大夜会

 大夜会。ルードランとの婚約や側室狙いを諦めていない令嬢たちは色めき立っていた。なにしろルードランの婚約者マティマナは下賤(げせん)な魔法しか使えないと、都中で噂が盛り上がっている。一縷(いちる)の望みというか、追い落とす絶好の機会と思っているのだろう。

 

 呪いの事件のことなど誰も知らないし、マティマナの活躍を知るのは城のなかでも一部の者だけだ。

 使用人たちも、正直なところ何が起こっていたのかよく知らない。

 

「次期当主ルードラン・ライセル様、婚約者のマティマナ・ログス様、ご入場です!」

 

 高らかと告げられる声が会場内で響いている。豪華衣装のルードランに手を取られ、華やかに飾りたてられたマティマナは会場へと足を踏み入れた。

 

「ルードラン様!」

「ルードラン様!」

 

 あちこちから讃える声が上がる。

 それとは別に、鵜の目鷹の目で令嬢たちの視線がルードランへと集まっていた。

 悔しそうに小声で噂しながらのちらちら目線が、マティマナへは来ている。

 

「とても綺麗だよ、マティマナ。早く踊りたいな」

 

 向けられている視線や噂など、全くお構いなしでルードランは心底嬉しそうな表情だ。

 

「バザックス・ライセル様、婚約者であるレノキ家令嬢ギノバマリサ様とのご入場です!」

 

 続けての高らかな声に、大夜会に参列している令嬢たちの気配が凍りついた。

 ライセル家次男のバザックスは、夜会に初めて顔を見せたかと思ったら婚約者連れだ。我こそは、と、狙っていた令嬢たちからは悲鳴に似た声も上がっている。

 ふたりとも豪華衣装で、気品あふれる登場っぷりだ。

 

「バザックス様!」

「バザックス様!」

 

 やはりライセル家の者を讃える声が、あちこちから響き、それに混じってざわざわと様々な噂する声が聞こえていた。レノキ家の令嬢では非の打ち所がなさすぎて、誰も太刀打ちできない。雲の上の存在に近い。

 会場は落胆の溜息に包まれた。

 

「大夜会というだけあって、豪勢ですね」

 

 マティマナはルードランに誘導されながら小声で囁く。

 大広間は特別な仕切りが外され倍の広さになっていた。いくつかの扉が開け放たれ、張りだしから中庭へと下りることもできる。外の庭園は、昼間のように明るく、小卓や椅子が多数配置されていた。

 

 たくさんの貴族たちが集うなか、ログス家の面々は、ライセル家の集う場所の極近くに席を用意されているようだ。上級貴族として夜会に参加した家族たちは、今まで見たことのないような豪華な衣装を頑張って着こなしている。が、落ち着かない様子に見えた。

 次々に、挨拶に来る貴族たちと会話を交わしている。

 

 

 

 夜会の始まりが宣言され、楽団が踊りのための前奏を静かに流しはじめた。

 ライセル夫妻は、ディアートや家令たちと共に、最前の特別席で招待客からの挨拶を受けている。

 バザックスとギノバマリサも、そこに合流しようと向かっていた。

 

 ルードランは一曲目から踊る気満々で、マティマナを踊りの場へと誘導して行く。

 最初から踊ろうとしていた者たちの多くは婚約者連れで、相当数が場に集まっていた。

 だが、ルードランとマティマナが踊りの輪に入って行くと、ぎょっとしたような雰囲気をさせ、一組ずつ、さりげなく輪から抜けて行く。

 

 あら。警戒されちゃった? それとも、ルーさまと一緒は畏れ多いのかな?

 最初の曲が奏で始められたときには、踊りの場には、マティマナはルードランとふたりきり。

 

 ルードランは一向にお構いなしで、却って嬉しそうにマティマナと一緒に踊りだした。ふたりきりで練習していたときと、全く変わらない。

 あ、やっぱりルーさまと踊るの、とても心地好い……。

 心で囁きながら、奏でられている音楽に耳を澄ませて身体の動きを乗せた。

 

 皆、虎視眈々と、マティマナの小さな失敗すら見逃さない、という気配を漂わせて見詰めている。欠点を探し出そうと鬼気迫る気配だ。

 

「マティマナ、とても素敵に踊れているよ。やっと皆に披露できて嬉しいな」

 

 ルードランはうきうきと笑みを向け、踊りながら囁いた。

 

 そう。ならば、こんな風に、ふたりきりで踊るのが一番良い。

 そして、この曲は、ひとりで踊る部分が長い。マティマナの踊りを皆に披露したいルードランにとっては、願ってもないことなのだろう。

 

 ルードランと踊っていれば他の者のことなど意識に入ってこない。

 突き刺さるような視線、好奇の目、噂話も遠くなる。

 

 とはいえ元下級貴族の令嬢が奉納舞いなど踊れるのか? という眼差しが強くなっている。

 王宮などで奉納舞いとして用いられる、ひとりで踊る部分が飛び切り長い曲なのだ。

 夜会では、このひとりで踊る部分は、たくさんの令嬢たちが殿方の手を離れ、競うように舞い踊るのが見せ場だ。

 マティマナは、そんな場に、ひとりで取り残されることになる。

 

「心配いらないよ。僕が見守ってるから。いつも通り、いや、いつも以上に自由に踊るといい」

 

 囁くルードランの手で、中央へと誘導された。

 奏でられる曲に身を任せるように、身体はいつも以上に自由に解き放たれた感じだ。

 あ、宙を舞ってるみたい……。

 実際は、石畳風の床を軽く踏む音が響いている。

 どよめきも、息を呑むような観客たちの気配も、遠く感じられていた。ルードランの眼差しが感じられるから、とても晴れやかだ。

 

 くるくると夢中で踊り、衣装の裾を舞わせるようにしてルードランの腕のなかへと戻り、少しふたりで踊って一曲が終わる。

 一瞬の静寂の後、意外にも大喝采と声援に迎えられ、マティマナは吃驚(びっくり)してしまった。

 

「本当に素晴らしかったよ! とても良かった!」

 

 ルードランから感嘆する声を掛けられながら、踊りの場から抜ける。

 賛美し絶賛する言葉や歓声が、あちこちからマティマナへと飛んでくる。

 マティマナは、安堵すると共に、とても温かい気持ちになっていた。

 

 

 

「お義姉(ねえ)さま、とても素敵でした! こんどは私と踊ってくださいな」

 

 一曲、他の者たちが踊っている様子を眺めながら、ギノバマリサがねだってきている。

 ひとりで踊る部分のことを言っているのは、バザックスと共に踊ろうとしている姿から察することはできた。

 

 ルードランとバザックスがマティマナとギノバマリサを連れて踊りの輪に入って行くと、一曲踊りきったものたちは、そそくさと輪から外れる。

 ルードランとバザックス、マティマナにギノバマリサ、四人の状態だ。

 

「バザックスさま、踊れるんですね」

 

 こっそりルードランに訊く。

 踊りなど嫌がるかと思っていたのに、とても意外だ。

 

「小さい頃は、ずっと一緒に練習していたからね。ちゃんと踊れるはずだよ」

 

 実際、綺麗な踊り姿だ。ルードランとはひと味違う。もう少し気障な感じで魅力的だ。金髪巻き毛を揺らし、とても美しく踊っている。

 令嬢たちの溜息が聞こえていた。

 バザックスもだが、ギノバマリサも完璧な踊りだ。

 ギノバマリサが早くにライセル城を訪れたのは、バザックスと踊りの練習をしたかったのかもしれない。

 

 女性のみが踊る部分になると、中央に送り出されたマティマナとギノバマリサは、即興で踊り出した。

 

「素敵、お義姉さま!」

「マリサも凄く魅力的よ!」

 

 ルードランとバザックスの温かい視線を受けながら、ギノバマリサと自由に愉しく競い合うように踊る感覚は、心地好すぎて大夜会の場であることなど、すっかり忘れていた。

 初めて一緒に踊るのに息がぴったりで、何度も練習して合わせたような仕上がりだ。

 

 マティマナはルードランの腕に戻り、ギノバマリサもバザックスの腕に戻り、ふたりで踊る部分も、とても華やかなものとなっていた。

 

 


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