イハナ家の当主の行方
ロガとの戦闘中に見つけて回収してきた品々は、元々ライセル城のあちこちに飾られていた装飾品だったと分かった。
天敵のような代物だから、夜会などに参加するたび少しずつ盗んでいったのだろう。ライセル城を乗っ取る際に邪魔になるのは目に見えている。
ただ、鍵のような品が攻撃魔法に使えることを知る者はいなかった。
主城入り口の扉上に飾られていた物だが、偽物にすり替えられていたようだ。
「呪いの品を、どこかに捨てるなんて考えられないです。ロガにとっても、天敵のようなライセル家の品々を、捨てる場所なんてなかったですよね」
マティマナは魔法を撒きながら、独り言ちるように呟いた。
呪いの品を、どこかに持って行って破棄したら、その場が汚染されてしまう。
同じように、自らの弱点である品を破棄すれば、巡り巡って誰かの手に渡り仇となる。
「お陰で、ライセル家由来の品が随分と戻って来たよ」
手を繋いで一緒に歩くルードランは、ちゃんとマティマナの独り言を聴いていたようで、応えるように囁いた。
「見つかりました! 恐らくポレスです! ですが呪いが残存していて、私には転移させられません」
急ぎ戻ってきた気配の法師が告げた。ルルジェの都からはかなり遠い遊興都市カーダランの牢に入れられているらしい。イハナ家当主ポレスだと、ずっと言い張り続けていたそうだ。
「長くロガが使っていた身体なら、呪いの残存は多いだろうね」
ルードランは頷き応える。二年くらいで勝手に呪いが抜けるとは思えない。
「ルードラン様とマティマナ様、一緒に、行っていただけますか?」
「直ぐに支度を整えよう」
「分かりました」
手早く支度を整えたルードランとマティマナを連れ、法師はカーダランの都の牢まで転移した。
もう、牢の番人との話はついているようで、すぐに控えの間で対面することとなる。
「あ、貴方様は……。ルードラン様!」
長い牢獄生活で窶れ、疲れ果てた姿だ。以前ロガが使っていた身体だろう。人相からロガの犯した罪で投獄されている。処刑されずにいてくれて良かった。
「ああ、僕の顔を知ってるなら間違いなくポレスだろう。ここの都の領主くらいだと流石に逢う機会はないからね」
ルードランは断言する。
「呪いを除去してみますね」
マティマナは、粗末な服を着せられているイハナ家当主ポレスの魂が入れられた身体に魔法を掛けた。
「ロガはいきなり書斎に現れて、一緒にいた悪魔が用意した飲み物を無理矢理飲ませてきた。ロガは頭巾付きの外套で姿は見えなかったが、気づけば私がその姿になっていた」
魔法を浴びるのを心地好さそうにしながら、ポレスらしきは話し始めた。ずっと誰にも耳を貸して貰えなかったのだろう。話しを信じてもらえることに、ホッとした様子だ。
「私は、高笑いしている私の姿を呆然と見ている間に、外套を剥がされ粗末な服装に替えられ、知らない場所へ転移させられていた。
『ロガだ! 悪魔憑きのロガだ!』
口々に叫ぶ者たちに囲まれ、大騒ぎになり、私は魔法を使う者たちに捕縛されて牢へ入れられた」
深い溜息をこぼしながらポレスは続ける。
「私はイハナ家当主のポレスだ、と、訴えたがルルジェの都から遠く離れた地では、イハナ家を知る者とてなく、ロガは気がふれた、と、噂されていたようだ」
犯した大量の殺人について何度も尋問されたようだ。だがポレスは何も知らず、訊いても反応がない。だが、牢から出すのは危険だと放置されたようだ。処刑するにしても、全く当人からの証言が得られない状態では拙かろうということだろう。
それに、ロガではないことは、魔道を使えないことで、なんとなく皆分かっていたのかもしれない。
マティマナが大量の魔法を掛け続け、なんとか呪いは抜けた。
法師は四人で転移し、イハナ家の仮邸へと入る。
「おおっ、ロージニア!」
イハナ家の城ではなく、見たこともない邸に不信そうな表情だったポレスは、イハナ夫人の顔を見た途端に名を呼んで駆け寄った。
「ああ、あなた? ポレスね? ポレスなのね!」
変わり果てた容姿のポレス。別人の身体なのだから無理もない。だが、夫人には、分かるようだった。夫人は躊躇いもなく、姿の全く変わってしまったポレスに抱きついた。
ポレスは震える手で夫人の腰に手を回した。
「おお、ケイチェルにティルット! すっかり綺麗に成長したな」
慈愛に満ちた表情を向けられ、困惑していたケイチェルとティルットも抱き合う夫妻に駆け寄る。
「お父様ですのね?」
「ああ、ちゃんと、お父様の表情ね」
姿は別人だが、イハナ夫人は「姿が変わっても夫です」と証言し引き受けた。呪いの影響は消えているはずだ。
「聖王院がイハナ家当主を探してくれたのです」
法師の言葉に、イハナ家の者達は、口々に感謝します、と、繰り返していた。
ライセル城の使用人や侍女たちは、呪いの詳細は全く知らないに等しい。操られていた者たちは呪いの記憶がない。なので、ライセル家が呪いに翻弄されている、という報告は、各地の貴族がライセル家の侍女として送り込んでいる者たちからも、どこの貴族にもバレることはなかった。
マティマナは呪いの件が公にならず、安堵していた。
ただ相変わらず魔法を撒きながらルードランと歩いているので、皆、不思議そうな表情だ。魔法を撒く所作は誰にも分からないので、ルードランとマティマナは手を繋いで城中をただ歩いているようにしか見えない。
ルードランがゾッコンだと、そんな噂は貴族たちの元に回っていた。
「呪いの件が公にならない分、マティマナの働きを公言できないのは不満だよ?」
マティマナの魔法を披露したいルードランが歩きながら呟く。
手を繋いで人の少ない場所へと入って行けば、ちょっと逢い引きしている雰囲気だ。どきどきしながらも、マティマナは魔法を撒く。
早く安全で綺麗なライセル城を取り戻したい一心だ。
ロガたちは遁走してしまったが、忌避すべき置き土産は余りに多い。
「あ、でも、ルーさまのお役に立てたのなら、わたし大満足です!」
暗がりにキラキラと魔法を撒きながら、ルードランを見上げて笑みを向けた。
「マティマナのそういうところ、すごく好きだよ」
顔が近づいてきて唇が触れ合った。不意打ちの軽いキス。マティマナは驚いて緑の瞳を見開き、真っ赤になりながら、心のなかでジタバタしてしまい、盛大に魔法を撒き散らした。
とはいえマティマナが雑用魔法という下賤な魔法しか使えないという噂は、まだルードランとの婚約を諦めていない令嬢や、側室でも良いからと狙う者たちの口から、ルルジェの都にどんどん広まって収拾がつかなくなっている。
ただ、ライセル家の者たちは、そんな噂など全く気にしていない。
『いや、ライセル家由来の雑用魔法! 素晴らしいじゃないか!』
バザックスは歓喜し、研究対象として由来などの調査に入っていた。
呪い騒ぎで花嫁修業は半端な状態だったが、再開の目処はたっている。
ライセル家へと嫁ぐにあたり、マティマナは噂の盛り上がりだけが気掛かりだった。






