魔道師からのバザックス奪還
「うわああああっ!」
ロガの入っているバザックスは、ルードランに引き剥がされながら断末魔めくような叫び声を上げた。ポレスの首に掛かっていた指がはずれる。
バザックスの身体から黒い闇めいた球状の塊が飛び出し、ポレスの身体へと飛び込んだ。
「ちっ。弾かれたか」
ポレスの声が悔しそうに響く。
マティマナの雑用魔法は悪魔の呪いに負けず、魂の交換の術を破っていた。
魔法で綺麗になった身体に耐え切れず、バザックスから抜け出したのだろう。元のポレスの身体――これも偽りの姿だろうが――に戻るしかなかったようだ。
「戻った?」
ルードランに支えられた恰好のバザックスは、自分の両手を見詰めながら呟いている。椅子へ拘束されていたポレスの身体から追い出され、バザックスの魂は元の身体へと戻ったようだ。
ルードランは、マティマナとバザックスの前に立つ。
ポレスの姿のロガは、椅子への拘束をパラリと解いて立ち上がった。今までのイハナ家当主ポレスだとは、信じられないほどの凶暴な顔付きになっている。
悪魔憑きのロガは馴染んだポレスの身体に戻ると、強大な魔道も使い放題になったようだ。
続けざまに、ルードランへと魔道を打ち込んでくる。
半解凍の悪魔は、舌打ちする気配をさせながらもポレス姿のロガに呪いをタップリと振りかけ始めた。圧倒的に邪悪な気配が増す。魔道の力が更に強まっている。
「死ねえぇぇぇっ!」
呪いの付けられた剣が、矢継ぎ早にルードランの胸を狙ってロガから投げつけられた。
ルードランの魔法陣めく光の盾が現れ、パシィッっと、轟音と閃光とともに剣を押しつぶす。ぼとりぼとりと、剣の残骸は次々に床に落ちた。
「おのれ! それがライセル家の魔法か?」
ロガは独り言ちるように呟く。
「早く、全員まとめて殺してしまえ!」
半解凍の悪魔は叫んで、呪いを立て続けに三人へと放つ。
マティマナは、三人の身体を覆うように、しみ抜きや温泉効果やらの魔法を撒き続けた。
「ダメだ。ルードランかバザックス、どちらかは生け捕りにしろ」
ポレスに戻ったロガは、半解凍の悪魔へと指示する。
まだ乗っ取りを諦めていないようだ。
マティマナは、自分達に魔法をかけながら、その範囲を拡げた。
ロガも、半解凍の悪魔も、マティマナの魔法が触れると、火傷でも負ったかのように苦悶する。
「ふたりとも、凄い魔法だ……!」
バザックスはこんな状況なのに感動に打ち震え陶酔した気配で呟いていた。
「悪魔のほうを狙うんだ」
ルードランは自ら盾になりつつ、マティマナに告げた。二方向から攻撃が来るたび、ルードランからは魔法陣のような光の盾が現れ護ってくれている。その範囲は、徐々に拡がっているように見えた。
ルードランは、マティマナとバザックスを庇いながら、一歩前へ出て立ちはだかる。
「ルーさま、危険です」
「大丈夫。君は構わず悪魔に魔法を浴びせ続けて! 効いてる!」
悪魔と魔道師の攻撃は、ルードランに当たるかと思う瞬間に全て巨大な魔法陣めく光に弾かれていた。
半ば恐慌しながらも、マティマナは手当たり次第に悪魔を狙い雑用魔法を掛けた。バザックスの身体を取り戻すには、しみ抜きの魔法が効いた。だが、ロガと半解凍の悪魔を倒すとなると、しみ抜きの魔法だけでは、手ごたえが薄い。
ただ、色々試すように雑用魔法を掛けるたびに、散らかっていた部屋は少しずつ片づいていて、部分的に呪いが消え始めていた。
それでも、ポレスの書斎らしきこの部屋は、酷い呪いの汚染状態だ。
「汚いわ。とても。掃除できないくらい、酷い汚れよ!」
マティマナは思わず呟く。呪いの付着が酷すぎる。その上、余りに乱雑だ。呪いの付いたゴミが散乱し、堆く積み上がっていた。
「マティマナの魔法は効いてる! 掛け続けて」
ルードランは半解凍の悪魔から放たれる呪いや、ロガからの恐ろしい効果の魔道攻撃の数々を全て弾いてくれている。
マティマナの魔法を浴びないように、半解凍の悪魔は必死で逃げ回っていた。時々、マティマナの魔法に包まれると、甲高い悲鳴が上がる。
だが、このままでは埒があかない。拮抗しているのか、互いに致命傷はなさそうだ。
とはいえ互角なことは、朗報でもある。
何か、何かが必要なの……。
マティマナは、魔法を撒きながら無意識に何かを探していた。撒いている魔法の手ごたえから何かが存在している気がしているのだ。
何より、敵陣にいるのに、バザックスは助けられたのに、マティマナは乱雑な部屋の散らかり具合に、気が散ってしかたない状態だった。
そんな悠長な状態ではないのに、片付けたい誘惑に駆られていた。特に屑の山! 余りの汚さに、片付けたくてウズウズしてしまっている。
(ううっ、そんな暇ないんだから、集中しなきゃ!)
マティマナは、心の中の片づけたい衝動を必死で叱咤する。
勿論、集中させて半解凍の悪魔へと魔法を掛け続けていた。必死で冷静になろうとし、まずはできることをする。すばしっこく動かれて的中率は悪いが、半解凍の悪魔は雑用魔法に取り巻かれると痛手があるようだ。
(いや、もしかして、マティマナが片づけたい……その屑のなかに何か隠されてるのかも?)
ルードランも何かに気づいたように、マティマナの心へと声を響かせてきた。
え? そうなの? マティマナは瞬きしつつ思案する。やはり何か、在る。
「あ、でも、すごく、ここ片付けたいです」
こそっと、ルードランに告げた。ウズウズと片付けたい衝動は増している。
敵の、ぎくり、とした気配をルードランが感じとったのが分かった。
「いいよ、マティマナ! 思い切り片付けてみて!」
マティマナは試しに雑用魔法を床へと向け、屑を分類し始める。半解凍の悪魔とポレス姿の悪魔憑きのロガは、顔を見合わせ明らかに動揺していた。
動揺しているので、半解凍の悪魔へと向けて放った雑用魔法が的中した。
「ぎゃぅぅぅっ! ぁぁっ、殻が~っ! 殻が、凍るっっ!」
パシッと、小さなカケラが殻の部分を増やした。
このまま魔法を掛け続ければ、殻が凍って全部閉じるとか?
しかし、半解凍の悪魔は、苦し紛れに動きを早めている。このままでは魔法が当てにくい。
屑のなかから、何かロガと半解凍の悪魔にとって不都合な何かを見つけるほうが先だ。
マティマナの邪魔をするように、ロガからの魔道攻撃が激しくなっている。
呪いの品々に囲まれているから分が悪いのだが、何となく希望の光が見えた気がしてきた。
大きめのゴミ箱を用意し、明らかなゴミであるものは、どんどん放り込んで行く。
食べ残しや、飲み残しは、一旦、廊下に大きめの壺を用意して放り込んだ。
食器類も一纏めにして部屋の外に出す。
「止めろおぉぉぉぉっ!」
誤魔化すのにも耐え切れなくなったらしく、半解凍の悪魔が叫んで暴れ出す。
やはり、この屑の山の中に何かある!






