バザックスとロガ
バザックスは、呪いを飲まされロガに身体を入れ替えられてしまった。イハナ家当主ポレスがロガだったのなら、今頃バザックスはポレスになっている。
「こいつさえ殺せば、俺はライセル家のバザックスだ」
バザックスの声が聞こえる。バザックスの身体を手に入れ勝利に酔ったロガは、少し浮ついているようだ。
ルードランはマティマナを背後から抱きしめた形のままで転移し、バザックスの姿を追ってきた。
しみ抜きの魔法の軌跡を、ふたりで視ながら、ルードランは転移の魔法をつかいこなしている。
着いたここは、イハナ家の当主の書斎だろう。呪いで汚れきっているだけでなく、酷い散らかりようだ。
ゴミや塵、さまざまな生活に必要な品々。そんな物が乱雑に床を埋め尽くしている。
呪いを踏まないように注意が必要だ。マティマナは、自分ごとルードランにも魔法を振りかけ、立っている場所を少し片づけた。
「止めろ!」
ルードランがバザックスの姿のロガへと叫んでいる。
椅子に拘束されたイハナ家当主ポレスの首へと、バザックスの指が絡められ殺そうとして締め付けていた。
あら? 何故、魔道で殺さないのかしら?
マティマナは、不思議そうに瞬きする。
ルードランの声に、ゆっくりとバザックスの顔が向けられる。
「ちっ、なぜここが分かった? まあ、いい。どうせ、お前は殺そうと思っていた。丁度良い」
バザックスの姿のロガは、忌々しそうに言い捨てた。だが、驚いた弾みか、ポレスの首に絡んだ指が離れている。
「兄上、それに、マティマナ……!」
ゲホゲホと噎せながら、指の動きが緩んだようでポレスの声が放たれた。
イハナ家当主の姿をしているが、バザックスだ。表情に片鱗がある。
「しばらくの辛抱だ、バザックス」
ルードランは励ますようにイハナ家当主の姿のバザックスへと告げた。
何も勝算なとないのだが。いや、でも、微かな希望はある。
「何をごちゃごちゃと!」
言うなりバザックス姿のロガは、マティマナへ向けて呪いを放った。瞬時に、背後にいたルードランがマティマナの身体の前に立ちはだかる。
「ルーさま! 危ないっ!」
マティマナが魔法を浴びせかけると同時、ルードランの身体の前に綺麗な光の魔方陣が現れ盾になっていた。
「僕は大丈夫。マティマナは、あの魔法をどんどんバザックスの身体に掛けて」
少し振り返りながら、ルードランは小声で囁いた。ルードランは転移を使ったことで、耳飾りが本来持っている他の魔法も解放されたのかもしれない。
マティマナは頷き、呪いを投げつけてくるバザックスの身体へと、次々に、しみ抜きの魔法を浴びせた。
「どうなっているんだ? 私はポレスの身体に入っているのか?」
状況が全く分かっていないらしく、椅子に拘束されたままポレスの姿のバザックスが喚いている。
バザックス姿のロガは、凶悪な呪いを投げつけてくるが、悉くルードランの魔方陣に弾かれた。
「ロガ、なぜこんなことを? 本来のポレスは、どこだ?」
ルードランが時間稼ぎをしてくれている。マティマナはひたすら、しみ抜きの魔法を掛け続けた。呪いに包まれているバザックスの身体に、いくらかは掛かる。
「さあ? どこかで大量殺人の罪で、疾っくに処刑されるだろう」
転々と乗っ取りを繰り返してきたのだろう。だが、今回は元の身体であるポレスを殺そうとしているが、ポレスの前に入っていた身体には直接手を下さなかったようだ。
「じゃあ、もうあなたの本体はないの?」
「本体? 本体など、とうの昔に殺した」
「ずっと乗っ取りながら生きているのか?」
「そうだ。皆、俺の罪を被って死ぬのだ!」
バザックス姿のロガは、「ルードランとマティマナが殺されそうなのを助けようとしたが間に合わず、ロガが取り憑いていたポレスを殺した」、そういう触れ込みで、堂々とライセル家の新たな跡取りとして戻るという筋書きなのだろう。
「お前らのせいで、予定変更も甚だしい。手間をかけさせやがって。マティマナ、お前も死ね」
ポレスの娘ケイチェルがルードランの婚約者となり、ルードランをザクレスに乗っ取らせ、婚姻という計画があったようだ。その後、ロガはライセル家の当主かバザックスを乗っ取るつもりだったのだろうか?
ルードランを乗っ取らせ、悠々と弟バザックスになってから、ザクレスが乗っ取ったルードランを殺してしまうつもりだったかもしれない。
その頃には、ライセル城は呪いで良い感じに穢れた場所になっていたろう。悪魔憑きにとっては最高の環境の完成だ。
予定と全く違う成り行きに歯噛みしているようだが、ロガはまんまとバザックスの身体を乗っ取った。ポレスとルードランを殺せば、ライセル家乗っ取り計画は続行できる。
ルードランはずっと、マティマナの盾になるようにしてバザックスの姿のロガに向かい合ってくれていた。
「何をしている、ロガ! 早くポレスを殺せ! せっかく乗っ取った身体を、即座に使いこなすためにも持ち主をさっさと殺せ!」
ロガに魔法を掛けるうち、半解凍の悪魔がどこからか現れている。甲高い声で、キィキィとロガに文句を言っていた。
あら、そんな秘密をばらしちゃうの?
半解凍の悪魔の言葉から察するに、乗っ取ったばかりの身体では、まだ魔道が使いこなせないのだ。
「僕たちを先に殺せば良かったのに、なぜ殺さなかった?」
「まだ、乗っ取りが完了してるわけじゃないのね?」
ルードランとマティマナは、ほぼ同時に声を放った。
「ぐぬぬっ! 煩い、黙れ!」
「図星のようだね。まだ、魔道が充分には使えないのか!」
魔道を使うのにバザックスは最高の身体らしいのに、まだ馴染まないらしい。
「バザックスの身体に魔法を掛け続けて!」
ルードランはロガの繰り出す呪いを弾いてマティマナを守りながら指示をする。
「はい!」
バザックス姿のロガは、次第に苦しそうな表情になっていた。繰り出される呪いが弱くなり、怒りを爆発させたような表情で咆吼をあげた。
ルードランへと攻撃するのを止め、再び椅子に拘束したポレス姿のバザックスの首を強固に締め付けはじめる。
マティマナの盾になっていたルードランは、ロガに駆け寄り手を掴んで止めさせようとしていた。
「ああっ、ルーさまが、呪いで汚れてしまう!」
焦燥に駆られながら、必死にルードランごとロガの入っているバザックスへと、しみ抜きの魔法を立て続けに掛けた。それは、同時にポレスの身体も包み込む。
「うおおおおっ!」
バザックスの声で、ロガが苦し紛れのような雄叫びを上げた。
ルードランは、ポレスの首に絡みつくバザックスの指を引き剥がそうと必死だ。
マティマナは、しみ抜きの魔法に、他の雑用魔法もゴチャまぜにして濃厚な浄化力で三人に浴びせ掛けた。
汚濁を洗浄する強烈なキラキラな光に、三人は、ほわんと包み込まれていた。






