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正式な求婚

 しばらく挨拶を続けた後で、ルードランはマティマナを特別な控え室へと連れ込んだ。

 

「一休みしようか。ここなら誰にも邪魔されないよ」

 

 食べやすい軽食が用意されていた。飲み物も好きなものが飲めるように、取り揃えられている。

 使用人などの姿はなく、誰かが入り込んでくる心配もないようだ。

 ルードランは椅子を引き、マティマナに座るよう促してくれた。ルードランは斜め隣の場所に座る。

 

「あ、飲み物、嬉しいです」

 

 緊張が続いて喉がカラカラだ。

 ホッとして飲み物に口をつける。そんなマティマナの顔を、ルードランはじっと見詰めている。

 

「改めて、僕と本格的に婚約してほしい。結婚しよう?」

 

 食器を卓へと戻した機会に、ルードランはマティマナの両の手を取り、当然のことのように笑みを向けて告げた。マティマナは驚きに緑の瞳をみはる。宴のあいだだけ婚約者のフリをするというには無理があり、引っ込みが付かなくなったのだろうか?

 

 願ってもない、というより、下級貴族にとっては過分すぎてマティマナは困惑していた。ただ、ルードランには、すっかり惹かれてしまっている。大貴族の当主夫妻だと言うのにルードランの父母も、なにやらとても気さくだ。

 

 マティマナの手を取ったまま、向けてくるルードランの熱っぽい視線は懇願するようだった。

 確かに、夜会で大々的に紹介してしまったから、逃れ難い事態だ。一日だけの婚約者だったとバレたりしたら、マティマナはともかく、ルードランには多々のさげすみの視線が向けられることだろう。

 

「下級貴族ですよ、わたし? ライセル家に嫁ぐなんて畏れ多すぎです!」

 

 おろおろするものの、手を取られているので逃げられない。

 

「別に、貴族でなかろうと構わないよ? なにしろ、便利なお告げっていう言葉があるからね」

 

 ルードランは笑みを深める。

 

 一日だけ、といいながら、ルードランは最初から正式に婚約するつもりだった節がある。だから少しもいとわずおおやけで婚約披露などしたのだろう。とはいえ、わたしで良いのだろうか? 一体、何を気に入ってくれたのだろう? ルードランがどうやら本気らしいのは分かったが、選んでもらえた理由が分からない。

 

「本当にお告げだったんですか?」

「それだけは、まぁ、本当なんだ」

 

 ルードランは神妙に応えた。お告げ通りの出逢い、ということで、ルードランはマティマナが正式の婚約者として相応(ふさわ)しいと確信した、というところだろうか。

 マティマナは一呼吸して心を決めた。

 

「ルーさまに相応しい令嬢になれるよう、必死で務めます」

 

 引くに引けない。いや、ルードランには正直なところ心惹かれ過ぎて苦しいくらいなのだ。断る理由など、どこにもなかった。

 

「ありがとう! 嬉しいよ! 婚約成立だ!」

 

 ルードランは嬉々として告げ、握っているマティマナの手を取ったまま大きく振る。何気に無邪気で良い感じだ。

 

「はい! 努力いたします!」

 

 とはいえ富豪貴族や上級貴族ですらない下級貴族の令嬢が、王族由来の大貴族ライセル家に嫁ぐと本格的に知れ渡れば大騒ぎになるだろう。外部からだけでなく、ライセル家の内部からも苦言は呈されるに違いない。

 

「お告げの効果は絶大だけど、ただ、何人かは説得しないといけないね」

 

 ルードランは、にっこり笑って愉しそうに告げる。

 ライセル家の当主夫妻以外に、説得しないといけない人物がいるということのようだ。

 

「説得ぅ? わたしがですか?」

「まぁ、君なら大丈夫!」

 

 ルードランは満面の笑みで、婚約が一日だけでなく正式になったことを非常に歓んでくれていた。

 

 

 

「そうだ。面白い魔法が使えるんだったね」

 

 不意にルードランが思い出したように呟いた。

 

「あ、でも、雑用魔法ですよ? こんな魔法のこと知られたら、ルーさまのお立場が危ういです」

「そういえば、ログス家は、いつも裏方の手伝いしてくれているね」

「はい。手伝いは得意ですし。ですが裏方でしたから、ルードランさまのお顔は存じ上げておりませんでした」

 

 今も、家人は手伝い側で大忙しだろう。

 

「ぜひ明日にでも、力を貸してほしいんだ」

 

 ルードランは、コッソリとした口調で囁く。ルードランはマティマナの隣で魔法を見ていた。他の誰にも、使っていることがバレたことのない魔法なのに不思議だ。しかし、ルードランは雑用魔法が何かの役にたつと考えているらしかった。

 

「はい。わたしにできることでしたら、なんなりと」

 

 雑用魔法で力が貸せるということなのだろうか? ただ、ルードランの何かを確信したような笑みを見ていると、マティマナは何事も無事にこなせるような、そんな気分になってきていた。

 

 

 

 夜会の後は、ライセル家の別棟にある客間に泊まることになった。

 手伝いに駆り出されたときも、泊まり込みにはとても良い部屋が用意されたが、ルードランの婚約者ということで、豪華過ぎる部屋になっている。

 

 夜会の高揚感と戸惑いが覚めやらぬうち、手伝いに来ている家人に、そっと逢いに行くこともできた。

 今回ログス家からは、母と、別の貴族に嫁いだマティマナの姉、それと弟が手伝いに入っていた。

 裏方でも、マティマナがルードランの婚約者だと分かって、大騒ぎになっていたようだ。

 

「本当だったのね」

 

 豪華な寛ぎ着をまとったマティマナの姿を眺めながら、母は、驚愕(きょうがく)したままだ。

 夜会での重い頭飾りなどは外され、身体に残る飾りはマティマナが元々身につけていた左耳の上縁に小さく付いた金細工風の飾りのみだ。

 

「近々、ログス家は上級貴族に格上げですって」

「あら、それだと手伝いにこられないわね」

 

 母は、ライセル家の裏方の手伝いができなくなることを残念がっている。

 

「あ、まぁ、そうだけど、今度は夜会に参加しなくちゃよ? 何かとつき合いは増えると思う」

 

 ルードランの婚約者の家人だから賓客として接待される側となるし、夜会などへの参加は必須だ。裏方などしている暇はない。何しろルードランはライセル家の跡取り息子で、マティマナはその婚約者となった。ログス家は、やがてライセル家と親戚になる。

 

 


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