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バザックス乗っ取り

 マティマナは、撒いておいた他の者には見えない魔法の光の粉を、立体映像のようにして眺めていた。

 法師が術で動きを止めたのに動き始めた者は、皆、歩きながら呪いの品を定期的に置く。

 だが、呪いの品を置かない者もいることにマティマナは気づいた。

 

「ルーさま、呪いの品を置かず移動だけしている者がいます!」

 

 どれも主城のなかだ。各階に居る。

 

「どこに向かってるんだろう?」

「ああっ! バザックスさまの、お部屋の前で動きだしました」

「弟の? 今度は乗っ取るつもりか?」

「行きましょう!」

 

 法師は急ぎバザックスの部屋に転移しようとした。

 

「ダメです。バザックス様の部屋に入れません」

 

 法師の術は弾かれたようだ。

 

「あっ、呪いの飲み物です! 大きな呪い!」

 

 バザックスの部屋のなかで、不意に大きな呪いが吐き出されたように視えた。

 

「バザックスの部屋の前に飛んで!」

 

 ルードランの言葉に、法師は急いでバザックスの部屋の前へと三人を転移させるルードランは扉を開けてバザックスの部屋へと飛び込んだ。マティマナも続く。

 

「バザックス、飲んではダメだ!」

 

 茶器を手にしているバザックスに向かってルードランが叫ぶ。

 バザックスは、しばらく無表情のままだった。

 

 バザックスの部屋は、呪いの魔法陣が張り巡らされ、呪いで汚されていた。

 あんなにキレイになってたのに!

 マティマナは途方に暮れた。あちこち呪いがベッタリ。呪いの魔法陣も張り巡らされている。多分、一瞬で汚された。

 

「ダメです。弾かれてしまいます」

 

 部屋の外から法師の声が聞こえる。部屋のなかは、呪いの魔方陣があちこちに貼り付いていた。このせいで、法師は入れないのだろう。

 

「いいぞいいぞ! これは素晴らしい! さすが王家お墨付きのライセル家の人間は、身体が違う」

 

 バザックスは、常とは全く違う口調で、高笑いしている。茶器を放り、床を転がる陶器の音が響く。

 既に、乗っ取られてしまった?

 バザックスの姿で歓喜しているのは、ロガ?

 

 バザックスの少し神経質そうだった表情は、すっかり別人のものだ。良く言えば精悍だが、ふてぶてしさの塊のような感じだ。

 

 とはいえイハナ家当主ポレスの言動とも似ても似つかない。悪魔憑きのロガの素が出ているのだろう。近くには盆を持ったまま侍女が朦朧(もうろう)とした表情で佇んでいる。

 床に転がった茶器には、呪いがベッタリと付いていた。

 

「……悪魔憑きのロガ?」

 

 マティマナは震える声で訊いた。

 乗っ取られた邪悪なバザックスの姿は、壮観とさえいえる。

 威厳のある、凶悪な魔道師に見えていた。

 バザックス姿の何者かは、マティマナの問いを否定しなかった。ロガなのだろう。

 

「マティマナ、それにルードランか。邪魔な奴らめ」

 

 邪悪な光を宿したバザックスの青い眼が、マティマナとルードランを交互に見遣る。侮蔑を含む声音は、威嚇的だ。

 城の敷地内に呪いの品を増やしたことで、悪魔憑きのロガは圧倒的に動きやすくなったのだろう。

 忌まわしい魔道の力も強くなったに違いない。

 

「バザックスさまを返してください!」

 

 マティマナは悲鳴のような声で告げた。

 バザックスは乗っ取られてしまった。マティマナは必死でバザックスの身体に魔法を掛けまくった。何が効くか分からないから端から使う。

 

「そんな弱々しい魔法が俺に効くと思うのか?」

 

 バザックスの姿で、声で、悪魔憑きのロガに違いない者は嘲笑する言葉を吐く。

 弱々しい、と、言いながら、バザックスの顔は眉根を寄せている。

 案外的確だよ、と、感心しているルードランの声が心に響いてきた。

 

「弟はどこだ?」

 

 ルードランが訊く。入れ替えたのならば、バザックスは今、イハナ家当主ポレスのなかに入っている?

 

「ライセル家は我が物だ。我が手に入らぬなら、滅びてしまえ」

 

 問いには応えず、陶酔した表情だ。よほどバザックスの身体が気に入ったらしい。

 ルードランが問いを向けている間も、マティマナは次々に雑用魔法を浴びせた。

 

「今は入れ替わっているからな。元の俺を殺せば、お前の弟はこの俺だ。別人だなどと誰も信じないだろう。この身体は、一度、呪いに染まったことがある。元に戻ったと思われるだろうな。証明など不可能だ」

「さすがに親族の目は誤魔化せないと思うよ?」

 

 ルードランは時間稼ぎしてくれている。

 何か手を……。

 マティマナは焦りつつも、雑用魔法を掛け続けるしかない。

 呪いを薄くするように魔法を掛けつづけたら、バザックスさまの魂が戻れるかも?

 

「ううっ、拙いぞ、その魔法はなんだ? 呪いが解けてしまう」

 

 不意に、バザックス姿のロガが苦悶の表情を浮かべた。しみ抜きの魔法だ。呟いた後で、しまった、という表情だ。

 しみ抜きの魔法に弱いのね?

 マティマナは声にはださず、しみ抜きの魔法を倍に増やした。

 

「ああ? どうやら、騒ぎようが酷そうだ」

 

 バザックス姿のロガは、誤魔化すように遠くの何かに気づいたような表情を浮かべた。

 そして、苦し紛れのような哄笑をしている。

 

「何の話だ?」

 

 ルードランが眉根を寄せて訊く。

 マティマナは、しみ抜きの魔法を続けてバザックスの姿へと浴びせ続けた。

 

「ちっ!」

 

 バザックスの身体を奪った悪魔憑きのロガは、何かに気を取られたように舌打ちしている。

 

「待っているがいい、ルードラン。バザックスを殺したら直ぐに戻って貴様を殺してやる。マティマナ、お前もだ!」

 

 ロガの言葉には、焦燥したような響きが混じっている。

 何故、先に殺していかないの? マティマナの脳裡を微かな疑問が掠めた。

 

「とっとと殺してしまうに限るな。この身体は良い!」

 

 バザックスの身体を永遠に独占したいという気配で、ロガは呟く。

 

「バザックスさまを……ポレスさまの身体を殺すつもりなの?」

「永遠に戻れなくしてやろう。この手でポレスを殺せば、バザックスは罪人だ!」

 

 乗っ取ったまま、バザックスの身体を罪人にすべく、バザックスの魂が入った元の自分の身体を殺しに行くつもりらしい。

 

 ロガはバザックスの顔で卑しい笑みを浮かべると、しみ抜きの魔法が掛かるのを煩わしそうにしつつ、高笑いで転移して消えた。

 

 

 

 ロガは、元の身体を殺して、バザックスの魂を消失させるつもりだ。

 

「転移されてしまったけど、でも……魔法が道筋を示してくれてるみたい」

 

 マティマナは小さく呟いた。

 しみ抜きの魔法がタップリ染みついたロガの転移先が、ボンヤリと見えている。

 たぶん、場所はイハナ家だ。だが、部屋を出て法師に頼みイハナ家近くまで転移したとして、広い城のどこに潜んでいるか探す間に、別の身体に入れられたバザックスは殺されてしまうだろう。

 

「マティマナ、失礼?」

 

 ルードランは、不意に背側から抱きしめてくる。

 うわぁ、また? 法師さんいるのに!

 法師は、扉の前で状況を見守るしかない状態だ。だが、ずっと部屋のなかを見ている。

 しかし、ルードランは歓喜めく気配だ。

 

「マティマナを抱きしめてると、バザックスの身体の居場所わかるよ! マティマナの魔法が糸のように繋がって見えてる!」

「あ、この光景が見えるんですね?」

「行こう。呪いの主は、マティマナの魔法で呪いが解けるとバラしてくれた」

「え? だって、転移しないと……」

「マティマナに触れていれば、飛べそうだよ。耳飾りの魔法! 転移が使えそうだ。追えるよ」

「じゃあ、急ぎましょう。魔法の糸が消えてしまう前に!」

 

 なんとかしてバザックスを助けようという思いだけで、マティマナには勝算などという思考はなかった。

 

「申し訳ありません! ロガの居る場所ですが、呪いによる汚染が酷すぎて転移が許可されないです」

 

 部屋の外から、マティマナの魔法の軌跡で行く先を察知したらしき法師は、申し訳なさそうに告げた。

 ルードランは法師へと頷きを返す。

 

「行くよ!」

 

 マティマナを背後から抱きしめたまま、ルードランは転移の魔法を使った。

 

 


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