ライセル城閉鎖
飛び散った呪いの品は、ひとつずつ回収するしかない。マティマナは撒いた魔法を乱す呪いの品の位置を、探し物の魔法の乱れで捜そうとする。
しかし、そう悠長にはしていられないようだ。小さな呪いが動き始めた。
「ダメっ! 棘が動き出しました! 大量です! 法師さま、皆の動きを止めてください!」
呪いの棘を付けた者たちが、大量に闊歩し始めたようだ。
全部回収しなくてはならないが、こんなに一気に動き出されては対処できない。
自室に控えていてもらうのが安全だろうが、棘の動きは大量だ。現状のまま動きを留めるしか手はなさそうだった。
「そうですね。やってみましょう。全員なら、かえって楽です」
法師は聖なる力を発動させ、敷地内のすべての人の動きを留めさせる。ただ、この部屋にいる者たちと、ライセル夫妻、家令と執事、バザックス、ディアートなど身分ある者たちの動きは封じていない。法師は、動きを封じていない者には、緊急で皆の動きを封じた旨を術で伝達し、部屋からでないように伝えてくれたようだ。
実質、ライセル城は閉鎖状態だ。城門は閉ざした。
「あんな勢いで飛び散って、皆無事だろうか?」
ルードランが心配そうに呟いている。
呪いの石の幾つかは、法師の部屋の壁を貫通していた。石造りの城だというのに。
貫通した石は威力を失ったかもしれないが、呪いの品の大半は転移で飛び散らせている。直撃を受けたら怪我どころではない。近くの品が破壊されて怪我を負うことも有り得る。
使用人たちの動きを止めさせた法師が、ルードランの言葉に眉根を寄せる。
「怪我人いますね」
「ああっ、呪いの品が当たったのでしょうか?」
マティマナは蒼ざめる思いだ。
呪いの品が当たってしまったら怪我だけでなく、呪いもついている。二重の痛手だ。一刻も早く、呪いを除去する必要があるだろう。
「こんな混乱をさせたからには、ロガは何か仕掛けてくるだろうけど、怪我人の手当てが先だね」
ルードランの言葉にマティマナも頷く。
「急いで怪我人を、助けなくちゃです。でも呪いで怪我だと厄介かも」
呪いの石が激突した者も居そうで気がかりだ。怪我だけでなく、呪いにも犯される。
「緊急度の高い者を、まずなんとかしましょう」
法師は、三人まとめて怪我の状態の酷いものの近くへと転移した。
倒れた大棚の下敷きになり意識を失って倒れている使用人がいた。
だいぶ出血しているようだが呪いの品の直撃ではなく、呪いの品が激突した棚が倒れて下敷きになったらしい。
法師は、倒れた棚を術で元の位置に戻した。棚には大穴が空き、途中に呪いの石が引っかかっている。
『怪我人がいるのですか? 私と怪我の方を広間まで送り込んでください』
どこからか、法師へと向けられたライセル夫人の声が響いてきている。ライセル家に由来する魔法を使っているようだ。
「そうか。母上は治癒が得意だったね。父上も一緒に移動させてあげて」
ルードランが少し希望を得た響きの声で呟く。
「了解しました」
法師は、主城の最上階のライセル夫妻を広間へと転移で送り、目の前の怪我人も広間へと転移させた。
「わたし、呪いの品を回収します」
魔法の布で棚に引っかかっている石を取り、棚板を貫いたときに付着した呪いの液体を別の魔法の布――雑巾で拭う。籠を用意して布に包んだ石と、液体を包み込んだ雑巾を入れた。棚には何度か魔法を掛け呪いを消した。
「次に行きましょう」
法師に連れられ、怪我の度合いの酷そうな順に回って行く。
あちこちで、使用人や侍女は動きを留められて佇んでいる。
呪いの石の直撃を受けた者もいた。
幸い深い傷ではなかったが衝撃は酷かったろう。
「すぐ治癒してもらえるから、少しだけ我慢してね」
マティマナは励ますように声を掛ける。痛いだろうとは思うが呪いだけは取り去らねばならないので、ベッタリ付いている呪いの液体を魔法の布で拭った。その後、何度も温泉めいた効果らしい魔法を掛ける。マティマナの魔法で呪いがなくなった状態にならないと法師が術を掛けられない。
呪いが除去された怪我人は、法師が次々に広間へと転移させていた。
かなりの人数の怪我人を広間へと送り込み、その場ごとの呪いの品は回収した。
が、ふと気づくと、城中に呪いの石らしきが増えている。
「呪いの品が……どんどん増えてます! あ、一体、何が起こっているの?」
ほとんど回収できていないうちに、呪いの品は増殖を始めていた。
マティマナの作業の邪魔をしないようにしていたルードランが、マティマナの手を取る。
「あ。確かに、増えていくね。呪いの品」
手を繋ぐことでマティマナが感じ取る呪いの品の状態をルードランも視ていた。小さな棘と違い、呪いの石や品は、マティマナの撒いた探し物の魔法に反応する。
「ああっ、こんなに呪いの品が増えてしまって、どうしたらいいんでしょう?」
刻々と事態が変わりすぎだ。マティマナは困惑して呟いた。
ルードランは繋いでいた手を離すと、マティマナの身体を背側から抱き締めてきた。
「マティマナ落ち着いて。陽動作戦だよ。動く呪いがないか、集中してみて」
ルードランは、耳元でゆっくりと囁く。
わっ、あ、きゃああ。ルーさま!
法師さまがいるのに、と、真っ赤になりつつも、ルードランの腕のなかに居る驚愕が、不安を吹き飛ばした感じだ。
マティマナは真っ赤になりながら、魔法の小さな乱れがないか、広範囲へと意識を集中させた。
「あ、何カ所か動き始めてます!」
ルードランの読み通りだ。分かりやすい呪いの品を増やす間に、別の何かを仕掛けようとしているらしい。
法師が動きを止めているはずなのに、動いているのは人間のようだ。
「何故、動けているんでしょう?」
「付いた棘に、遠隔で強い呪いを送り込んでいるのでしょうね」
法師は苦々しげに呟いた。
法師の聖なる力を弾くほどの呪いを棘から送り込んでいるということだろう。
悪魔憑きのロガの使う呪いは、法師にとって天敵のようなものだ。ライセル家乗っ取りの画策と共に法師の術などは研究し尽くしているに違いない。
「動きながら、呪いの品を置いています!」
勝手に増えている呪いの品もあるが、小さな棘に操られた者も、城中にガンガン呪いの品を置き始めていた。回収が間に合わない。
「城壁から取り巻くような呪いが無くなったのに気づいて、焦ったのかもしれないね」
ルードランは小さく呟いた。
棘に送り込まれた強い呪いは、呪いの品も送り込んでいるのだろう。
「怪我人はどう?」
ルードランが法師に訊く。
「治癒が必要な者は、広間に送り込めたようです」
「じゃあ、後は呪いの品の回収だね」
「棘を付けている者を助けましょう! 強い呪いに晒されてます!」
強い呪いの棘を付けられているし、棘から送り込まれる呪いの品を素手で持ってしまったろう。
呪いの除去には時間が掛かるかもしれない。
「主城の者を優先してくれ」
ルードランが法師に告げた。






