残存する棘
バザックスは、ギノバマリサ・レノキを気に入ったようで、その場で婚約した。
実際の挙式までのことは今後詰めて行くことになるらしい。執事に連れられてギノバマリサは名残惜しそうにしながら帰って行った。
長逗留したいところではあったらしいが、若干の予知能力があるらしいと噂のレノキ家執事は、今回は速攻でギノバマリサを連れ帰っている。予知能力があるのに、呪い騒ぎの渦中、縁談をまとめに来たということは、きっと、この呪い騒ぎは長くは続かない。マティマナはそう思いたかった。
魔法が薄れてしまう前に、マティマナはあちこちに魔法を改めて撒いている。
一旦撒いた場所は、薄れてくると分かるので、順番に回る感じだ。
「人の出入りの多い場所は、やっぱり薄れるのが早いみたい」
独り言ちつつ、以前よりはずっと広範囲に掛けられるようになった探し物の魔法を撒く。マティマナの瞳にはきらきらと小さな光が舞い、床へと積もって行くような感じに見えていた。
「来客と、棘の騒動が重ならなくて本当に良かった」
広い回廊を歩いて魔法を撒いていると、ルードランが合流してきて小さく囁いた。そっと手が繋がれる。どきどきすると同時に、撒く魔法が軽やかになる感じがした。
「本当ですね! マリサさまが来たときに、あの騒動になっていたらと思うと恐ろしいです」
さすがにどんなに条件が良い縁談でも破談になりそうだ。
丁度、棘での騒ぎがおさまり、平穏な日々が戻ってきていた最中だった。
レノキ家執事が、上手に安全な頃合いを見計らって来たのかもしれない。
「時々、マリサは訪ねてくる予定だよ。バザックスもレノキ家へと招かれているようだった」
「この上なく良縁な上で、ふたりとも嬉しそうで良かったです」
会話しながら回廊から渡り廊下を辿って、別棟へと入る。
それほど魔法は薄れていないようではあった。
別棟の一階広間へと、ふわりと広範囲に魔法を撒く。と、嫌な燐光めく巨大な炎が広間の真ん中辺りに上がった。
「あっ!」
「呪いの棘かい?」
悲鳴のようなマティマナの声に、ルードランは訊いてきた。棘の回収に、ずっと付き合ってくれていたから、すっかり馴染みになってしまった極小の棘が反応するときの炎だ。
慌てて、炎まで歩み寄る。
「どうして、こんな場所に落ちているんでしょう?」
極小の棘は呪いは強烈なのに小さすぎて、移動してくれないとマティマナは気づくことができない。
誰かが付けてきて落としたなら、その移動で気づけたはずだ。実際、この極小の棘の周囲に、探し物の魔法の乱れた形跡は全くない。
「ロガが、城へと来たときに、あちこちに転移させるように撒いたのかもしれないね」
或いは誰かが呪いを覆って隠し持ってあちこちに置いているのかも、と言葉が足された。
マティマナは魔法の布で注意深く、呪いの炎をあげた極小の棘を拾いあげた。
「そんな風に、棘を置かれたら、気づけないです」
「誰かが踏むのを待っている感じだね。踏んだ者に棘が刺されば操れる」
「こちらがどんな風に棘を捜しているか、知らないでしょうに」
棘で操ると同時に、周囲の状況を知ることもできるのかもしれない。
「棘が動くのを待たずに、魔法を撒いて正解だったね」
「はい。薄れてしまう前に追加しておくほうがいいかな、と思いまして。他にも、落ちている可能性ありますね」
呪いの動く気配や、魔法が乱れる気配がなかったので安心していたが、どうもそうノンビリともしていられなそうだ。
呪いの棘は、ライセル家の魔法によって片づけられないように造られている。ゴミとして認識されないようだ。
マティマナは、ルードランと一緒に別棟を点検した後で、渡り廊下を外れて歩き出す。
「きっと、整備されてない場所には、もっと落ちてますね」
どうやって撒いたか謎ではあるが、棘が残りやすい場所を選んだに違いない。となれば、城壁の内側に密かに埋め続けたように、人の出入りの少ない場所を狙った気がする。
出入りが少ないといっても、人が通らないわけではないから密かに棘を踏ませるには丁度良い。魔法が撒かれていない場所を移動されたら、気づくことはできない。
「なるほどね。少し回ってみようか」
ルードランは、そう言ってマティマナと手を繋いだまま一緒に歩いていた。マティマナの動きを邪魔しないように、そっと支えてくれている感じだ。
「あ、でも、かなりの距離を歩きますよ?」
「大丈夫。大丈夫。かなりの広範囲を歩いて旅したからね。歩くのは得意だよ」
ルードランはにっこり笑みを向けてくる。
本来、大貴族の次期当主が徒歩での旅など考えられないことだが、ルードランはお告げに従った。徒歩の旅を、何気に愉しんでいた様子だ。
「そうでしたね。徒歩の旅は大変だったでしょうに」
「いや、案外馬車の旅より愉しめた感じだよ」
雑用魔法は、だいぶたくさん使ったせいか、かなり広範囲に撒くことが可能になっている。
ルードランが手を繋いでくれているお陰か、疲労を感じることもなく撒き続けられる。
途中、何カ所かで、呪いの棘や石が見つかった。呪いの石の近くに、棘が落ちていることが多いようだ。
石を掘り出した時のように、呪いの品を浮かせ、棘と石と一緒に空中で魔法の布へと飛ばしてすくい取った。
「マティマナの魔法、段々進化してるみたいだね」
ルードランが感心したように呟く。
「あ……夢中になっていて気づきませんでしたが、確かに」
「こんなに大量の魔法を撒いていたら、相当疲労するだろうに」
ルードランは心配そうに訊いてくる。
「ルーさまと一緒だと、全く疲れたりしないです!」
それは本当だったし、逆に心地好い感覚だ。
「うっ、それは良くないね」
しかし、ルードランは呻くように呟いた。
「え?」
マティマナは驚いて緑の瞳を見開き、ルードランを見上げる。
「だって、それだとマティマナは際限なく働いてしまうだろう?」
心底心配してくれているらしい。ルードランは焦燥すらしている気配だ。
「あ……、でも、無理しないように気をつけますよ?」
マティマナは、伺うような視線を向けつつ小さく囁く。
「やっぱり、監視が必要だね」
マティマナの不安そうな表情を眺めつつ、ルードランは楽しそうに囁いた。なるべく一緒に回ろう、と、言葉が足された。ルードランは、ずっと一緒に回るつもりのようだ。
だが、ルードランが一緒なら、疲れないうえで、やりすぎないように監視してもらえるから安心だ。
「お手数おかけします」
恐縮しながらも、ルードランと共に過ごせる時間が増えることが嬉しく、マティマナは小さく礼をした。






