バザックスの見合い
ルードランは徒歩での旅の途中、王族直系の五家であるレノキ家にも寄ったのだそうだ。
「バザックスが、ようやく見合いを承諾してくれたのでね。レノキ家の令嬢が城に来るよ」
ルードランの弟であるバザックスの見合いらしい。
「レノキ家との縁談ですか?」
マティマナは吃驚して思わずルードランへと問いかえす。
ライセル家と同格の五家との縁談であれば、長男であるルードランとの組み合わせが最良な気がする。大貴族同士の縁談となれば、申し分ない。良縁すぎる。しかも、ルードランは婚約者捜しの旅の最中にレノキ家に立ち寄ったはずだ。
「レノキ家には特殊な事情があったんだ」
レノキ家の令嬢を婚約者にしなかったことを不思議に思っていることが、ルードランに伝わったのだろう。
ルードランは笑みを向けてマティマナに囁いた。
特殊な事情、との言葉にマティマナは小首を傾げた。
「令嬢はマリサ。ギノバマリサ・レノキというのだけれどね。レノキ家を仕切る執事が言うには、『嫁入りに関しては条件がある。レノキ家の姓を維持したままレノキ家の子孫を残して欲しい。それを了承してくださる家へと嫁がせたい』とのことだった」
ライセル家を継ぐであろうルードランには、嫁がせるわけにはいかないということだ。
レノキ家には現在家令が居らず、実質、執事が仕切っている。ルードランは若いレノキ家当主ナタットにも逢ってきたようだ。
「なので、『ああ、それだとバザックスとかには良いかもしれないね。今は、ちょっと研究に没頭しすぎているけれど』って、伝えておいたんだ」
他にも、顔つなぎのような旅になっていたはずのルードランは、婚約者を連れずに予定の日にライセル城へと戻ってきてマティマナと出逢った。
随分と緊張した様子のバザックスは華やかな衣装を着せられ、豪華に設えられた部屋で待機させられている。現当主夫妻も同席だ。
マティマナはルードランと共に、主城の入り口でレノキ家令嬢ギノバマリサを出迎えるために待っていた。
ふたつの気配が、主城の間近に転移で現れる。手紙のやりとりで、転移を許可したようだ。
ひとりは、レノキ家の令嬢ギノバマリサ、もうひとりはルードランが話をしたというレノキ家の執事だろう。
レノキ家の執事は、身のこなしの軽やかな超絶に美貌の男だ。背は高く、傍らにいる背の低めのレノキ家令嬢が更に小さく見えていた。執事は深々と丁寧な礼をしている。
隣の小さい女性は、金髪巻き毛で翠の瞳。背は低いのだが艶やかな魅力のある、これまた超美人だ。
「マリサ、お久しぶり」
ルードランは笑みを深めてギノバマリサへと声を掛けた。
「ええ。お招き有り難うございます」
寸分の隙もなく美しく着飾ったギノバマリサは、優雅な礼をする。こんなに可愛くて魅力的! ギノバマリサに結婚の条件がなければ、一も二もなくルードランは婚約したのではなかろうか?
「僕の婚約者マティマナだよ」
ルードランはギノバマリサとレノキ家執事へと誇らしそうに紹介した。
「ああ、マティお義姉さま! お逢いできるの楽しみにしてました!」
ころころと鈴を転がすような可愛い声が、嬉しくて仕方ない、という響きで告げられた。と、次の瞬間には、ギノバマリサはマティマナの手を両手に取った。
ギノバマリサは、もうライセル家に嫁ぐのが決定だと思っているようだ。
「あ、光栄です! マリサさま」
「あら。マリサと呼んでくださいな? 義妹なんですから!」
王家直系のレノキ家令嬢を呼び捨てに? ひゃああっ、と、頭のなかが混乱してしまう。ルードランを呼び捨てになどできないように、マティマナには考えられない感覚なのだが、余りに可愛らしくねだられるので、そっと、「よろしく、マリサ」小さく呟き、取られた手を軽く握り返した。
ルードランと共に、来客ふたりをバザックスと当主夫妻の待つ部屋へと誘導すると、後のことは夫妻に任せて部屋を後にした。
「マリサさま、素敵なかたですね」
ルードランに語りかけるときには、呼び捨てにできずにいた。
ギノバマリサは由緒ある五家での生まれ育ちであり、所作も優雅で素晴らしい。レノキ家の令嬢だけあって礼儀作法は完璧。マティマナは、こっそり見習おうと決めていた。
「マティマナのほうが、断然好みだよ?」
こそっと、ルードランは囁く。ギノバマリサに結婚の条件などなくとも、選ばなかった、という意志表示のようだ。
「きっと、素敵な魔法を使うのでしょうね」
転移での来訪は、レノキ家の執事が使った魔法らしい。
「レノキ家由来の魔法を使うようだから、バザックスはきっと興味を惹かれると思うよ。マリサは、魔法を研究材料にしても良いと言っていたし」
その辺りも、バザックスに見合いを承諾させるための材料になったのかな? という感じだ。
ライセル家では、ふたつの婚姻準備が同時に進行することになりそうだ。
「バザックスさまは、どのような研究をなさっているのですか?」
バザックスの部屋に片づけに入った際は、緊張もしていたが、書いたものを覗いては失礼だと思って全く文字は読まないようにしていた。
「バザックスは学術都市で学んでいるんだ。その頃から、何種類も同時に研究を進めているようだよ。特に、ライセル家に由来の魔法や、ライセル家の歴史の研究にのめり込んでいるね」
ライセル家の歴史となれば、かなり時代を遡る。だが、ライセル家の歴史の詳細と聞けば、だいぶ興味が湧く。
「それは、とても興味深い研究です。いつか拝見できると嬉しいです」
「案外早く、その機会は来るんじゃないかな?」
ルードランは何か確信しているように呟いた。
ライセル家へと嫁入りするマティマナは下賤な雑用魔法を使う、という実しやかな噂は、ルルジェの都に広められていた。
「これを払拭するの、難儀かも……」
マティマナはちょっとため息なのだが、ライセル家の面々は、まったく気にしていない。
「だから隠せと厳命してたのに」
ライセル家の厨房に手伝い時代の荷物整理に来ていた実母は、久々に顔を合わせたマティマナへと小さく叱咤するように告げた。どうやら、すごくはらはらしながら見守ってくれているようだ。
「まぁ、なんとかなるわよ。でも、ちゃんと隠してたのよ? どうしてバレたのかしら?」
特に、雑用魔法などとという言葉はごく限られた者にしか告げていない。
「立ち聞きされたんでしょう? 皆、興味津々なんだから」
首を傾げているマティマナに、当然のことのように母は呟いた。
母も情報通だったから、立ち聞きする立場だったのかもしれない。
「当分、帰れそうにないけど、元気にしてるから心配しないで」
マティマナは、母へと笑みを向けた。噂の発生源になるから、間違っても好奇心が旺盛すぎる母には呪いの話などできない。マティマナは口を滑らす前に、主城のほうへと戻って行った。






