悪魔憑きのロガの思惑
ここは、ライセル城。ユグナルガの国ルルジェの都を統べる城だ。
ライセル家は、王家直系と認められている五家のひとつ。特別な存在だった。
王家は、天人の家系で王位継承者には特別な印があるらしい。
本来、天人の血筋は女系のみに受け継がれるらしいのだが、遠い昔、王家をでた男性の王族五家を、天は王家の血筋と指定した。由緒ある特別な家系だ。
以来、五家は有力貴族として他の貴族とは一線を画している。
(マティマナどこにいる? 広間まで来られる?)
心に声が響いてきた。くっついていないのに、ルードランの声が聞こえてる?
(近くにいます! すぐに行きます!)
声を返してみながら、広間へと急いだ。こちらの声は、聞こえたろうか?
広間に入ると、少人数の楽団とルードランが待っていた。
ルードランはマティマナの手を取りながら、笑みを向けてくる。
(離れていても、やっと、呼びかけられるようになったよ。マティマナの声も聞こえた!)
心の中へと囁きながら、ルードランは笑みを深めた。ルードランは、何度か遠隔で声が届けられるか試していたらしい。
「踊ってくださいますか?」
ルードランは、今度は声に出して丁寧に申し込んでくる。
「はい! 喜んで!」
マティマナが申し出を受けると、楽団が踊りのための音楽を奏で出す。ルードランはマティマナの腰に手を回し、踊りへと入っていった。ディアート仕込みの踊りの動きが、自然にできている。
奏でられているのは、ひとりで踊る部分のある曲だ。
マティマナは途中、ルードランの手で広場の真ん中へ送り出される。
ひとりで踊る部分に入ると、マティマナは自由に解き放たれたような感覚を味わった。
あ、ルーさまが近くに居てくださると、踊りやすい!
ディアートに教わり自分で創作しながら踊って良いと聞いていたが、何かに導かれるように、ドンドンと派手な動きになっていった。
マティマナは踊りながら夢見心地で、のひのびと身体を動かしている。
くるくると回りながら、ひとりの部分が終わるに合わせルードランの腕のなかへと戻って行った。
「わぁ、素晴らしいよ、マティマナ!」
「ディアートさまのお陰です!」
「いや、それだけじゃないよ! マティマナは、踊りの才能も凄いね」
頗る満足そうな笑みと共に、ルードランは腕に戻ったマティマナを抱き留めた。続きを一緒に踊りながら、ルードランは絶賛してくれている。
「ルーさまと踊ると、不思議な感じの導きがあります!」
マティマナの囁きに、ルードランは青い眼を輝かせた。
「家に帰してあげられなくて申し訳なく思うけど。僕はマティマナと一緒にいられてとても嬉しいよ」
腰の手はそのままに、反対側の手が背へと触れ、ルードランの腕のなかに抱き締められた。
わぁぁ! あ、どうしよう……。
心が慌てて、一気に真っ赤になってしまったのがわかる。
いつの間にか音楽は途絶え、楽師たちは下がっている。
色々と慌ただしかった後でのホッとできるひととき。
安堵感もありマティマナは思わず身を寄せ、腰へとそっと腕を回した。
「ルーさまと過ごせて、すごく幸せです!」
抱き締められて真っ赤になりながら、マティマナは少し掠れ声で囁き返す。
呪いに翻弄されていたこともあるが、家に帰ることなど、すっかり忘れていた。それはルードランの存在故に違いなかった。
「極小の棘は、とても厄介な代物です」
法師は溜息まじりだ。
「小さい棘とは違うのですか?」
マティマナは、極小の棘を回収するとき呪いの炎が大きく上がっていたのを思いだし、寒気を感じながら訊く。
「呪いの密度が濃いというか、強烈に濃縮されているし、小さな棘のなかに潜むように仕込まれていた形跡がありました」
「呪いの飲み物は、どうやって現れたんだろう?」
法師に訊きながらルードランは首を傾げた。不意に降って湧いたように、呪いの飲み物は現れている。
「棘をつけた者の動きは操れるようです。棘を通じある程度周囲の状況も分かるのでしょう。茶を持たせ、目的の者が近いとわかると棘を経由させて乗っ取りの呪いを転移のような方法で飲み物に送り込むのでしょうね」
法師は考えながら応えてくれていた。
「ライセル家のかたや、家令さんを棘で察知できるのですか?」
マティマナは震えながら訊く。極小の棘も、小さな棘も、全部回収できて本当に良かった。
あれ以来、今のところ動く呪いは感じられていない。
「ロガにとって乗っ取って都合の良い者は、ある程度、識別しているのでしょうね。極小の棘は真っ直ぐに家令様の部屋へと向かっていたようですし」
「城の敷地に潜んでいたのでしょうか?」
「棘の仕込み具合を確認して、すぐに戻ったでしょう。たくさんの棘で、城のなかを把握するつもりもあったのではないですか?」
小さい棘と、極小の棘、集めてみればかなりの数だった。
ひとつずつ、魔法の布で取ってそのまま包み込んだので籠のなかに大量の魔法の布の包みが入っている。
「これにも、魔法かけますね」
「頼みます。小さいけれど、最初の頃の品よりずっと呪いが濃いですから難儀です」
呪いの品に一通り魔法を浴びせてから、ルードランと一緒に法師の部屋を出た。すぐに手を繋がれる。安心感が心に拡がった。
「棘で、城の内情を知られてしまったとしたら、怖いです」
歩きながら、周囲に人がいないことを確認しマティマナは囁いた。
「マティマナの魔法が撒かれていたから、もしかすると大して情報は得られていないかもしれないよ? なぜ、すぐに呪いが回収されてしまうか謎に思っているだろうね」
ルードランは優しく言葉をかけてくれる。
「回収できないままだったら、ずっと情報が筒抜けだったかもですね」
魔法は撒き続けている。万が一、棘をつけたままの者がいても、魔法を踏めば即座にわかる。
そういう意味では、今は、まったく呪いの動きは感じられないので、少しは安心できた。
とはいえ、できることといえば魔法を撒いておくことくらいだ。
「マティマナが居てくれて、本当に心強いよ」
「魔法が役立って良かったです。わたしこそ、ルーさまが居てくださって心強いです!」
呪いの気配が、ひたひたと、どこから襲い掛かってくるかわからない状態なのだが、ルードランと一緒にいれば、なんとかなるような気がしている。
呪いに関しては暗中模索だが、ルードランとの絆は日に日に深まって行くのを感じていた。






