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極小の棘は自在に振る舞う

 法師が魔法の布で包んだ茶を受け取ってくれた。

 ボーッとしたまま盆を持ってたたずむ侍女に、マティマナは魔法を浴びせる。

 背で、呪いの炎が上がって見えた。燐光めくような炎は、かなり大きい。

 

「あっ、でも、凄く小さな棘です! とても強い呪いみたいなのに」

 

 背側へと回り込み、マティマナは魔法の布越しに服に刺さっている極小さな棘を抜いた。

 まだ侍女はボーッとしているので、マティマナは何回か魔法を浴びせてみる。マティマナの瞳にはきらきら視える。温泉のよう、と、ディアートが言っていた魔法だ。三回くらいかけてみた。

 侍女は、ふるふると首を振り、意識が戻るような気配をさせた。

 

「は? わたし、一体何を?」

 

 家令の極近くに立ち尽くしていたことに、侍女は驚いて狼狽(ろいばい)している。

 

「誰に、呪いの飲み物を運ぶように指示されたんだろう?」

 

 ルードランは念のため訊いてみているが、侍女は首を傾げるばかりだ。

 極小の呪いは、家令の部屋に入った途端(とたん)、突然大きな呪いに変化した。棘で操りながら、その棘から飲み物に呪いを注ぎこんだ?

 

「まあ? でも、なんだか、とてもスッキリした気分です」

 

 良く状況が分からない状態ながら、マティマナの魔法で侍女は心地好くなっている様子だった。

 

「飲み物、新しいものを持ってきてあげて」

 

 ルードランは、侍女へと告げて部屋から下がらせた。

 

「畏まりました」

 

 丁寧な礼をし、侍女は部屋を出て行く。

 

「家令さんを狙っていたんですね」

わたくしは、身体を乗っ取られるところだったのですか?」

 

 家令は、少しおろおろとした気配だ。ライセル家に起こっている呪いの騒動の逐一を、家令は把握してはいる。だが、自らに矛先が向けられるなどとは思っていなかったらしく、驚愕(きょうがく)した表情だ。

 

「なりふり構わない手段に出そうですね」

 

 法師も困惑気だ。

 

「とても呪いの飲み物のようには見えませんでした」

 

 家令は、身震いして呟く。飲む寸前だった。というか、器に口をつける前に呪いは口内に飛び込みそうな気配になっていた。

 

 マティマナの瞳には、あの飲み物は呪いの塊として映る。ルードランと法師は、マティマナの頭のなかの呪いの拡がりを眺めていたからか、飲み物の呪いも感知できていたようだった。

 

 

 

 マティマナが感知していた魔法の乱れを視ながら、法師は呪いの気配を放つ者の動きをことごとく止めてくれていた。

 家令のところで大きな呪いの塊が出た後は、小さな呪いでの魔法の乱れは全て止まっている。

 

「後は、ひとりずつ、地道に呪いの棘を回収ですね」

 

 新たな呪いの乱れは幸いにも無かったが、散らばっていった小さな棘は大量だ。ライセル家の多数の使用人や侍女たちが、動きを留められている。

 

「イハナ家の次女が持ち込んだ棘よりも、数段、厄介な棘ですね」

 

 消えたように視えたイハナ家当主は、どこかに潜んで棘を操っていたのかもしれない。

 イハナ家の次女が持ち込んだ棘は、次々につけられていったが一種類のようだった。

 

「極小でも棘をつければ人を操れるようだね。小さな棘で操って、飲み物に呪いを入れさせるのか」

 

 ルードランは深刻そうな表情だ。

 棘の呪いで操られていると、外部から操れるのは厄介だ。飲み物に呪いを放り込むのも的確だった。侍女や使用人に片っ端から棘をつけ、茶を運ぶ者を捜して呪いを混入させるのだろう。

 

 法師は、次々に動きを留めている者のところへと、三人で転移させた。

 マティマナが魔法を掛け、棘の場所を捜して魔法の布越しに取る。呪いの棘は、その都度法師が回収し、マティマナの魔法を何度か浴びて正気を取り戻した使用人には、ルードランが指示を出してくれていた。

 

 お陰で、大量にばら撒かれた小さな棘と、極小の棘は全部回収できた。

 魔法が乱れた箇所には、改めて魔法を敷き詰めておいたので、回収しそびれた呪いの棘が動き出せばすぐにわかる。

 法師は、回収した呪いの品を持って部屋へと帰って行った。

 

 

 

 ルードランは、不安そうにしているのが分かるのか、マティマナの手を取った。マティマナは、ルードランの青い眼へと見上げる視線を向ける。

 

「ポレスさまは、ロガに身体を乗っ取られているのでしょうか?」

 

 不安のままに言葉を口にした。

 であれば、ロガは強大な魔道師なのだからライセル家の敷地に転移で入ることも可能だろう。ライセル家の魔法が働く場へと入れる厄介な存在だ。

 夜会で、主城の広間にも来ているから、手段を選ばなければ広間へも転移で侵入可能になる。

 

「恐らく、イハナ家当主が「悪魔憑きのロガ」で、呪いの黒幕だろうね」

 

 証拠を得るのが難しそうだけれど、と、ルードランは確信しながらも難儀そうに呟いた。

 二年以上前から準備を進めている、ということは、マティマナが逢ったことのあるイハナ家当主は、すでにロガだったことになる。

 

「家令さんを乗っ取って、どうするつもりだったんでしょう?」

 

 ライセル家を乗っ取るのは諦めたのだろうか?

 マティマナは不思議そうに首を傾げた。

 

「家令を乗っ取ることができれば、城中、好きに移動できるよ? その後はライセル家の誰でも乗っ取り放題になる」

 

 ルードランは身を寄せ、声を潜めてマティマナに囁き伝える。

 

「あ……! それ、怖いです」

「仲間にどんどん入れ替えていったら、家ごと乗っ取り完了だ。不都合な者は殺されるだろうね」

 

 そうなれば、マティマナなど真っ先に殺されるだろう。

 

「ポレスさま……いえ、ロガは、ライセル城に門番を通さずに入ってこられます。どうしたら……」

 

 呪いの品とは違うらしく、ロガが居てもマティマナの探し物の魔法は乱されていなかった。呪いの棘を持ち込んだに違いないのに、反応しなかったのが怖い。

 

「それは、法師に頼んでおくよ。イハナ家当主と特定してなら、城の敷地内での動きを監視できるからね」

「あ! それは心強いです!」

 

 マティマナは深く安堵の息をついた。

 

「ザクレス君だけど……。ザクレス君が、ケイチェル嬢と婚約していないなら、厄介払いをされたのかも知れないね」

 

 ルードランは不意に話題を変えた。

 

「え?」

 

 ザクレスは相変わらず牢の中だ。特に何の自白もないらしい。呪いのことなど知らされていないだろうから、自白のしようもないだろう。

 

「なんならザクレスに呪いの大元である罪をきせさせるつもりなのかもしれないよ」

「わわっ、それはいくらなんでも無理がありますよ?」

「それでも、誰かは張本人にする必要はあるだろうからね」

 

 呪いの棘がばら撒かれたとき、ザクレスは牢のなかだったから実質、その件では無罪だ。

 だが、ライセル家の誰かを乗っ取れれば、無理矢理でもザクレスにすべての罪をきせて処分してしまうことは有り得るに違いない。棘で操れば、都合良く自白させることも可能だろう。

 

 


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