ディアートの親友の葬儀
ディアートは初夏に王都に赴き、グノーフ教の寺院での葬儀に参列した。
巫女見習いをしていた際の同僚リセーリャ・シャートは、突然死んでしまった。【仙】である王都・王宮の神殿巫女ルナシュフィからの知らせによると、魂は転生の輪に乗っていないらしい。
ルナシュフィはリセーリャの遺体を神殿から送りだしたが、神殿巫女の身は葬儀に参列は許されない。
ディアートは元上司であるところのルナシュフィの代理で、婚約者となったウレンの転移で共に出かけた。
内々に婚約してから、法師ウレンが隣に佇んでくれていることが増えた。
今までも、ライセル家の名代として王都・王宮に参じるときなどはウレンの転移ででかけたが、隣にはいてくれなかった。
とはいえ葬儀の場であり、嬉しい表情は浮かべられない。
まして、突然死してしまったのは、巫女見習い時代の同僚であり親友。
見習いから立派な巫女となり、【仙】である神殿巫女ルナシュフィの元で御勤めしていた。
ルナシュフィからの連絡では、突然倒れ、なんの前触れもなく死んでしまったそうだ。不思議なことに、魂の行方がわからない。
転生の輪に乗らなかったことだけは確かだが、ルナシュフィの探査の範疇には存在しないらしかった。
御勤めの性質上、葬儀に参列できないのは、王家の者、巫女に法師も同様だ。
ディアートは五家の親戚の慣例として、巫女見習いとして王都王宮の作法を学んでいただけで巫女ではない。
依頼などなくても、元同僚リセーリャの葬儀であれば馳せ参じたろう。大事な同僚であり唯一の親友。同じときに神殿へと入り巫女見習いとなった。
真面目で、しっかりもので、でも温かい心にディアートにはいつも癒されていた。
伝統的な五家の親族としての王宮勤めも、彼女が一緒だから楽しく過ごせた。日々の厳しい祈りの鍛錬に耐えられたのもリセーリャのお陰だ。
「では行って参ります」
葬儀会場にウレンは入れない。ディアートはウレンを待たせ、寺院へと入っていった。
王都で葬儀全般を請け負うグノーフ教の施設は、厳粛で清浄だ。死体はあるが、ふらつく魂はいない。また巫女の身体に取り憑こうとする悪霊も入り込めない。施設内は独特の清めが常に施されていた。
ディアートは花を手向け、巫女時代に習得した祈りを捧げた。多額の布施は、ライセル家としてのものだ。
「リセ、どこにいっちゃったの?」
独り言ち。少女の頃の姿を思いおこす。
リセーリャは、極秘の恋の悩みも怒らずにきいてくれた。巫女見習いに入るずっと前から、法師ウレンに惹かれ、それは今も変わらない。
ただ、恋の成就のために一生独身でいる覚悟は消えた。代わりに、ふたりで歩む未来への覚悟が改めて心を占めている。
「リセの魂は、迷っているのでしょうか?」
浮遊霊になって彷徨っているのかと思うと苦しい。なぜ、転生の輪に乗らなかったのか。
「いえ。迷っているのでしたら、【仙】様には把握できるはず。ですから、何かか、誰か、どこかに宿ったのでしょう」
ウレンの静かな言葉に、ディアートは少し安堵する。
ずっと歳上だった。だけれど今は対等。この不老長生のユグナルガの国では、歳の差など些細な問題だ。
婚姻のために巫女や法師を続けることができない。その難題に比べたら。本当に些末。
「次は、ウレンさまと共に、王宮に挨拶ですね。喪が開けましたら、参りましょう」
ディアートは、控えめな笑みを向けて告げる。ウレンの茶の眼も静かな笑みだ。法師らしい緑の衣装。濃い灰色で少し長い髪は背でまとめられている。
「はい。そう遠くない日でした」
穏やかな声が応える。
ウレンからの告白を受けた日のことが、微かにディアートの脳裡を廻った。死にそうなほど嬉しかった。けれど。法師を辞める、という決断は望んでいなかった。
巫女見習いを長くしていたディアートにとって、恋、愛のために御勤めを放棄するなど考えられない。ただ、もう十分に長くつとめてくれているから、そろそろ引退したい、というなら話は別ではあった。
だが、ウレンは法師を辞めたくないのだ。
私と法師を天秤にかけてはダメ。
だから突き放した。一生独身で見守る覚悟だった。
「では、まずは踊りの稽古ですね」
今は、奇跡のような成り行きで法師のままのウレンと婚約となっている。
「あ……奉納舞いが必要でしたか」
ウレンは少し焦った口調になる。
「ふふ。法術と巫女術は相性が良いの。任せてくださいね」
法師であるからには、聖王院で踊りは習っているはず。だが、王族の前で踊るとなれば巫女術での矯正は必要だろう。ディアートは、愉しそうな笑みと共に囁く。
「ぅぅっ、お手柔らかに願います」
常に静かな気配のウレンが、少し狼狽える様子も好ましい。
既に王都・王宮への婚約報告の日時は決められている。ウレンとふたり、ディアートは奉納舞を披露することになるだろう。
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このSSは、
「悪役令嬢に憑依したとたん婚約破棄を言い渡されましたが婚約破棄は破棄だそうです」
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