魔石進化の可能性
マティマナは、ソーチェを浄化して驚いた。
天空人は、こんなに大量の聖なる魔気を浴びて平気なの?
かなりの衝撃だと思うのだが、それこそ温泉を愉しむような気配で連続での雑用魔法「しみ抜き」を浴び続けていた。
それだけに、ひとりだけなのに強烈に強かった堕天翼バシオンの特殊性も理解できる気がする。
バシオンは、元々天空人だ。
工房に戻り、マティマナとルードランは隣り合って座った。
「バシオンさんを足止めして頂いて、とても助かりました」
「空間越しの援護も素晴らしかったよ!」
ディアートの喋翅空間へと、ふたり声を掛ける。
「皆、素晴らしい働きでしたね」
工房で、メリッサと共に拾得物の入った籠を確認してくれていた法師ウレンは笑み含みの声だ。
『ライセル城の護りを、ありがとうございました』
本来であれば城に残りライセルの護りを担当するはずのディアートが、空間越ししみじみとウレンへと礼を述べている。
今回、ディアートは夢の空間へと入り、最前線での戦いでの防御担当だった。
元当主夫妻が護りに入ってくれていても、ディアートにバザックス、ギノバマリサと、常であればライセル城の護りに徹する者たちが皆、夢の空間へと入ってしまった分、法師ウレンの負担はたいへんなものだったろう。
「幸い、ライセル小国への外部的な攻撃はありませんでした。問題なかったです」
法師ウレンは、ディアートの声に嬉しそうな表情が見え隠れしている。
そんな会話をしていると、エヴラールが転移で工房に入ってきた。もう、転移の魔石は、自在に使いこなせるようで、ご満悦な気配。
「魔石は本当に興味深い存在だ。夢の空間に入った複数の者が持つ魔石の連動効果で、特殊進化が多かったようだな」
エヴラールは学術的に興味津々と言った気配だ。
『全くだ。まるで別物のような進化もあったぞ』
バザックスも同意し、歓喜めいた声を喋翅空間にひびかせた。
『宝石魔法が使い放題で、宝石が壊れないなんて、もう夢のようでした。あ、夢の空間でしたね』
ギノバマリサは、ころころと鈴を鳴らすような声で愉しそうだ。宝石魔法における宝石の喪失は辛いものなのだろう。大量の宝石を常に身につけているが、失いたくはないに違いない。戦いなどで使うならまだしも、腕を磨くために宝石を失わねばならないとしたら深刻だ。
「私の魔石も、何度も進化しました。長く歌えます。歌の種類がとても増えました!」
メリッサも弾む声だ。
「私の魔石と、リジャンの雅狼は相性が良いようだ。最後に連動で繰り出された技は解析に刻を要しそうだが、素晴らしく奇妙なものだった」
エヴラールはしみじみと告げながら、安楽椅子へと座った。
なんだか、すっかり工房に馴染んでいる。
「拾得物に単純魔石が大量です。皆様の魔石が進化したのであれば、更に吸収できるはずです」
鑑定士のダウゼは、メリッサと法師ウレンと共に、拾得物の仕分けをしていたが、皆の魔石が進化したと知ると声を掛けてくる。
『あ、では、ぜひ、ライセル城へ赴いた際に、単純魔石を譲っていただきたいです』
マティマナの弟リジャンの声だ。
鑑定士のダウゼは、喋翅空間に入ってはいないが、喋翅空間に入っている者の自動的な仲介で、言葉は伝えられている。
『よろしくお願いします。私、随分と、進化したようです』
続いて嬉しさに弾む声を堪えているような雅狼の言葉。尻尾と耳の動きが、目に見えるようだ。
「ぜひ、たくさん吸収してください! 拾得物が多すぎて、工房が埋まってしまっています!」
マティマナは様々な思いに揺らされながらも、嬉しい気持ちのほうが当然多い。工房が埋まりそうだと拾得物の山を心配するなど、贅沢な悩みだ。
「ダウゼとメリッサの仕事が増え過ぎになりそうだけど、無理はしないように」
ルードランは、会話に加わりながらも手際良く仕分けしている鑑定士のダウゼとメリッサへと労いの声を掛けている。
『魔石に関する進化は、ぜひ詳細を教えてくれ』
バザックスの空間越しの言葉に、エヴラールは深く頷く。
「ぜひ、魔石進化の情報は共有させて頂きたい」
エヴラールは喉から手がでるほど、魔石に関する詳細を知りたがっている気配だ。バザックスと連動して調査研究してもらえたら、捗ると思う。
「変わった魔法具とか、入っていたら良いですね」
大量の拾得物を眺めながらマティマナは笑みを深める。やはり、気が遠くなるような分量である故に、含まれている存在への期待は大きい。
単純魔石と、素材。大半は、そういったものだが、これだけ多いと何が含まれているかワクワクする。
「中には、異界との代価に使える品もあるかもしれないね。竜宮船や、天空城で入り用なものも、含まれていそうだ」
ルードランも、拾得物への期待があるようだ。
「堕天翼の転移城が崩壊したこと、ライセル小国の領内に堕天翼の一派が入り込めないこと。天空城からも確認できたということです。準備に少し手間取りそうですが、天空人たちがライセル城への訪問許可を求めてきています」
ライセル城へと命がけで救援依頼に来た天空人ジュノエレから、そんな風に伝えられた。
ジュノエレはライセル城に滞在しながら、天空城との連絡を取り続けている。天空人たちは、ほとんどの顛末を知っているだろう。
「それは楽しみですね!」
「いつでも大丈夫。許可しよう」
マティマナとルードランは、満面の笑みで応える。王妃と王としての対応だ。
「ソーチェの浄化をありがとうございました! お陰で、売られてしまった者たちを取り返すことに望みも抱けるようになりました」
ジュノエレは、天空人独特の細身の身体に金の光めくような白い翼を拡げながらしみじみと呟く。
「はい。地道に進めることになるでしょうけど、皆さん救い出しましょう」
マティマナは応えたが、様々な打ち合わせが必要だ。
天空人たちは、ユグナルガ全体にバラバラに売られてしまっているし、ライセル城の者たちが救いに行くのは無理がある。そして、天空人たちも、ライセル領地から出るのは危険だ。せっかく、安全が確保されているのに、わざわざ堕天翼に捕獲されに領地を出てもらっては困る。
「ありがとうございます。天空城には、天空人以外の仲間もいます。彼らが救出に動いてくれそうです」
ジュノエレは、マティマナの懸念がわかるのか、そんな風に囁いて笑みを向けてきた。
「それは頼もしいね!」
「では、わたし引き続き色々と魔法具、造りますね」
少なくとも、天空人たちを縛り言いなりにさせている、バシオンが造った首輪を消すための魔法具は必須だ。
「浄化を。難儀なことは承知のうえで、どうか頼みます」
ジュノエレは悲痛な声で告げるが、マティマナは笑みを向ける。
「任せてください」
マティマナは笑み、応えた。ルードランも頷いている。
浄化が大変なことは事実だが、得るものも大きいのだ。






