魔気の結晶を細工する
ちょっと、そんな、ウソでしょ? これ、こんな巨大な魔気の結晶、しかも必要な量だけって、かなり大量だと思うのだけど? 城が幾つも買えちゃうのでは?
マティマナは、カルパム領主のリヒトの言葉に半ば恐慌をきたしている。
「魔気の結晶細工するところを、ぜひ見せてくれ」
大魔道師フランゾラムは好奇心に満ちた青い瞳を向けてくる。
リヒトの黒い眼も、興味津々といった感じだ。
そのふたりの視線に、マティマナはじわじわと落ち着きを取り戻してきた。元より、ルードランが手を繋いでくれているし、励ます気配も送ってくれていた。
魔気の結晶を細工する――。
こんなとんでもないものを細工する機会など、もうないに違いない。
「僕は、特殊な方法を使わないと魔気の結晶細工はできないから、手本を見せてあげることはできないけど」
リヒトは、大量の魔気の結晶へと視線を向けながら告げる。
「触媒は、どんな割合でも問題ない。聖域拡張も魔気保管庫も、同じイメージで良い」
フランゾラムが、まるで暗示をかけるように、リヒトの言葉に言葉を繋げてマティマナへと囁く。
「ふたつの凝縮された魔気の保管庫をイメージして、触媒を経由した魔気細工の魔気で包み込むだけで良いよ」
再びリヒトの声。更に、魔気の結晶はイメージに良く反応するから、と、言葉を足した。
ルーさまの聖域拡張と、わたしの魔気保管庫……。イメージ……あ、分かったみたい!
マティマナはルードランと手を繋いだまま。
フランゾラムとリヒトの言葉に導かれながら、所持している四つの触媒すぺてを均等に通すように、雑用魔法での「魔気細工」の魔法を注ぐ。
大量の巨大結晶の山は、蒼白く、幻想的なまでに輝きだし、広間全体へと魔法陣めくような光を繚乱させて行く。
眩しい……っ、なんて眩しいの!
こんな輝きは見たことがない。蒼白く、冴えた光。
マティマナからは、大量の聖なる魔気がドンドン吸われて行く感じだ。なかなか止まらない。途中、何度かルードランが聖域から聖なる魔気を流してくれた。
爆発するかのように、あちこちで輝いていた蒼白い魔法陣の乱舞がようやく止まったときには、卓の上に、小さな宝石のような粒が、ふたつ出来上がっていた。
ふたつの魔法具らしい。
「……できた……のでしょうか?」
マティマナには、鑑定はできない。あの巨大な魔気の結晶の山が、小さな宝石粒になってしまったことで、ちょっとオロオロしてしまう。
「これは凄いな。見事な触媒細工だ。膨大な聖なる魔気を保持できるぞ」
小さな粒を見て、フランゾラムは感心したように呟いた。
「良さそうだね。聖女の杖と、聖域のペンダントだっけ? それぞれに着けてみれば分かるよ」
カルパム領主のリヒトは、笑みを深めた。
ルードランと顔を見合わせ、マティマナとルードランは、小さな宝石粒をひとつずつ摘まむ。そして、ルードランは聖域のペンダントに、マティマナは聖女の杖に、それぞれ近づけた。
どちらも自然に吸い込まれ、元から在ったような綺麗な宝石飾りとして定着する。
「まあ、なんて綺麗なんでしょう!」
マティマナには、聖女の杖が煌めきを増したように見えた。だが、保持できる魔気量が増えたかどうかは分からない。
「確かに、これはすごいね」
ルードランは、魔気量が把握できるからか、感心したというか吃驚した声をたてている。ちゃんと保管庫の大きさも把握できているようだ。
ルードランの聖域のペンダントにも、美しく飾りは馴染んでいる。やはり、煌めきは増してみえる。
「どのくらい、大きくなったのですか?」
倍くらいかな? と、魔気量を把握できないマティマナは首を傾げる。
「ふたり合わせれば、千倍から万倍になったろう?」
マティマナの思考が分かっているらしく、フランゾラムは笑いながら応えてくれた。
え? なにそれ? まったく把握ができないかも?
「普通は、魔気量の範囲内でしか魔法は使えないものだが、聖女殿は少し違うようだな。興味深いことだ」
フランゾラムは、更に感心したようにマティマナをマジマジと見詰めながら告げた。
「いいよね、魔気を継ぎ足しでの魔法が使えるなんて」
カルパム領主のリヒトは、心底羨ましそうな声だ。
「聞いたことのない例だがな」
フランゾラムは、リヒトの言葉へと声を返していた。そして、マティマナへと視線を戻す。
「聖女殿は特別なようだが。本来、自らの魔気の器より大量の魔気を一度に使用することはできない。だが、逆を言えば、魔気の結晶サイズまでなら一気に使うことが可能で、なんらかの形で保持していれば、連発できる」
フランゾラムは、マティマナにとても参考になる言葉で解説してくれた。
「ふたりでそれなり蓄えられれば、浄化も楽になるよ」
リヒトは確信したように教えてくれる。
千倍から万倍というなら、確かに桁外れの魔気を保持できる。ただ、それは、聖域と杖、という魔法具があればこそ。魔気を使ったり溜めたり流したりできる基礎部分があればこそ。らしい。
「まぁ、そうだね。本来、ただの外部保管庫だから」
上手に使って? と、リヒトはマティマナの思考が分かるのか言葉を足した。
保管庫は、ルードランの聖域のペンダントの飾りとなり、マティマナの聖女の杖の飾りとしても即座に馴染んだ。その触媒細工は、把握できないほど膨大な保管庫なのに、基礎の魔法具がなければ何の効果も発揮できない。不思議な話だ。
「マティマナは触媒細工のとき、素材の種類や個数の記憶や、触媒の混合割合とかの情報を、素材として使ってしまっているらしい。大丈夫なのだろうか?」
不意に、ルードランがフランゾラムへと訊いた。気になっていたらしい。
マティマナが、大事な記憶を使い失ってしまうことを危惧している。必死になっているときには、確かに遣りかねないと、マティマナも口にはしないが少し恐れてはいた。
「今回の保管庫があれば、そんな無茶は少なくなる。たぶん、触媒細工時の魔気不足を補っていたのだろう」
フランゾラムが即座に応えてくれた。よくある話なのだろうか?
「そうなのか。それなら良かった」
ルードランは明らかにホッとした気配になった。
「心配ならば、大仰な触媒細工をするときは、必ず手を繋いでいてやれ」
フランゾラムは微笑ましそうな声と表情だ。
ふたりで千倍から万倍に増えたという魔気の保管量。それでも足りなくなる可能性があるのだと、逆にフランゾラムの言葉は伝えてくれているように思う。
「ありがとうございます! 無茶はしないように気をつけます」
どうしても、どうしても必要ならば、きっとわたしは記憶を差しだす。だが、そんなことにはならない。わたしは、ずっとルードランと手を繋いでいるのだから。
マティマナは半ば決意めいて心に告げる。都合良く。都合良く考えるのだ。その気持ちが揺らいだら、国を揺るがしてしまうから。
「では、僕たちは、暗黒の森へ寄ってから戻ろうか」
フランゾラムとリヒトへと、皆で丁寧に礼を告げ合った後でルードランはマティマナに提案した。「それが良いですね」と、マティマナは頷く。どのくらいの魔気量を溜められるのか、好奇心は疼いていた。
「では、私は先にライセル城へ戻ります」
法師ウレンは礼をとり告げると転移で消える。
「入口まで送ろうか?」
フランゾラムは、その気はなさそうに訊いた。
「大丈夫。お世話になりました」と、ルードランはフランゾラムとリヒトに告げながらマティマナを抱きしめる。
わっ、わ、っ、ちょっとルーさま! こんな所で……っ!
真っ赤になり心のなかで慌てる言葉をあふれさせるマティマナを連れ、ルードランは愉しそうに転移した。






