催眠と媚薬を孕む闇の焔
「いいねぇ、お前ら、揃って王族か。みんなまとめて、娼館送りにしてやらぁ!」
バシオンは何かに気づいたようで、いきなり闇に含ませる催眠を強めた。闇の焔に混ぜて、卑猥な力が波のように押し寄せる。
「みんなダメ、惑わされることない!」
マティマナは思わず叫ぶ。
夢の中で催眠だなんて……。
声が震えていた。
ダメ、ダメなのはわたし。こんなじゃ、みんなが不安になっちゃう。
一番惑わされ気味なのは、マティマナのようだった。
ずっとひとりでバシオンと対峙していたせいで、揺らぎやすくなっているのね……。
「大丈夫だ。マティマナの魔法具は完璧だよ?」
確実にバシオンの力を弾いてる、と、マティマナへ向けてルードランは確固たる声を響かせる。少し離れているのに、ギュと、握られる手の感触が温かく心をほぐす。
ルードランは、皆の心が惑わされないようにライセルの光を灯している。ルードランの声は、強くマティマナの心を支えた。
「はい! みんな光の鱗が輝いてます!」
マティマナは泣きそうだった思いを振り払い明るく声を張る。聖女の杖からの叛逆の粉の煌めきを増させた。
夢の空間。夢の中。ともすれば、足元に何もない感覚に襲われる。少しのことで惑う。曖昧な闇が誘惑し、思考を誘導する。
「遅いぜ、お前ら。既に俺の術中だろう?」
バシオンはせせら嗤い、闇と催眠をどんとん濃くし焔で巻いていた。
「何を仰ってるやら!」
ギノバマリサがコロコロと、鈴の音のような声で笑う。宝石からの光が大量の放物線を描いてバシオンへと降り注いでいく。甘やかな、優しい光が満ちた。
メリッサの歌は、さらに明るく調子を変える。ディアートも蝶翅空間に、ライセルの明かりを灯した。
バザックスの空鏡の弾も、光の軌跡を描く。
エヴラールの魔石から躍りでた闇の鬼神は、聖なるをもって乱舞しバシオンの闇を蹴散らし始めた。
ルードランの光の矢は真っ直ぐにバシオンを目指し、リジャンの剣と雅狼の牙が光の軌跡を見せつける。
「諦めるのは、バシオンさん、あなたの方です。あなたは、もう敗北しています」
マティマナは、確定の言葉を突きつけた。
「それだけ大挙して押し寄せて、未だオレひとりから空間を取り戻せねぇとは、情けないねぇ。大したことねぇ、奴らだ」
嗤う嗤う嗤う。闇の焔がボワッと、嘲笑を含んで燃え上がる。
「そんな手には乗りません」
きっぱりと、ディアートは告げ、空間越しのウレンの力を流すのを手伝った。
夢の中のほうが、催眠が効きやすかったのね。でも、もう、効きはしない。
マティマナは、叛逆の粉を撒くのを早めた。ルードランは的確に聖なる魔気を戻してくれる。
ほら、闇を光が飲み込み始めてる!
「姉上、とても魔法が綺麗です!」
歓喜して叫ぶように言葉を伝え励ましてくれるリジャンの武装が、美しく頼もしい勇者のような形へと変化した。
皆で、勝利への道筋を模索し続けている。夢の空間と蝶翅空間が重なっているから、皆の総意は混ざり合う。思考はひとつ。皆で勝利する方法を考えている。
今のところ、聖なる魔気で満たしてバシオンを夢から追い出すのが最善だ。だが、それだけでは勝利とは程遠い。
怒りを秘めたルードランの複数の光矢が、容赦なくバシオンへと連射されていた。マティマナへと聖なる魔気を流し、使える魔石の力は、すべて矢へと注ぎ込んでいるようだ。どんどん魔石が進化している気配がある。
そう、きっと、これだけの戦いを繰り広げてるのだから、皆の魔石も進化しているに違いない。
花が……たくさん咲けばいいのだと思う。
バシオンの堕天翼、転移城の広間を聖なる花園に!
マティマナの心が、不意にそんな囁きを皆へと届けた。
「花に魔気を、注ぎ込むのが良さそうです」
自分の心の言葉に驚いた後で、マティマナは言葉を足した。
聖邪の循環ができなくても、堕天翼の転移城は、何か不浄な力で動いているはずだ。
夢の空間から、転移城の広間に咲く聖なる花は繋がっている。
花へと聖なる魔気を注ぎ込み、広間を聖なる花園に変えてしまおう。きっと、城は転移できなくなる。
それに聖なる力で満たされてしまえば、バシオンは城に居られない。城を捨てるしかなくなる。
「花園は、良い考えだね」
ルードランがにっこりと笑みを向けてきた。
広間の聖なる花へと意識を向けると、少しずつ堕天翼の情報が染みてくる。マティマナは、それをディアートの喋翅空間へと展開させた。
戦いながら、それぞれが、それぞれの能力で解析し始める。
ウレンは法術で闇を解析していた。闇を打ち払う術を探り、早速空間へと流しこんでくる。
「私、術と魔気も転移させられますわよ」
ギノバマリサの転移させる力が進化した翠竜の魔石は、ウレンの術とマティマナの聖なる魔気を広間へと転移させられるようだ。ギノバマリサは、夫バザックスの魔石にも連動し、空鏡の弾の精度も上げている。
「私と、リジャン、雅狼でバシオンは引き受ける。その間に……!」
魔石での近距離魔法攻撃を絶えず繰り返しながらのエヴラールの言葉に、リジャンと雅狼は応じる。
バシオンが舌打ちする気配がした。嘲笑は止んではいないが、強くはない。
ルードランは矢を放つのを止め、マティマナを抱きしめた。
一気に、聖なる魔気がマティマナへと満ち、次に注ぎ込むための聖なる魔気がルードランの聖域で待機しているのがわかった。
「思い切り、聖なる魔気を注ぎ込みます!」
広間に咲き誇る聖なる花に繋がっているのは、マティマナの夢の空間。
わたしの聖女の杖から、直接注げばきっと大量ね!
マティマナの夢から繋がった聖なる花は、注ぎ込まれた聖なる魔気を広間中に撒き散らし始めたようだ。どんどん注ぎ込む分だけ、ルードランの聖域から補充されてマティマナを満たす。
「空鏡の弾と、法師さまの術を転移させます!」
ギノバマリサはマティマナと同時に法術と、聖なる付与の弾を、堕天翼の広間に送り込んでくれるようだ。
皆の連動を、喋翅空間が支えていた。夢の空間と合致し、皆の呼吸はピッタリだ。
堕天翼の転移城の広間で眠っているらしきバシオン本体へと、空鏡の弾と法術が迫る。
夢の空間に入り込んでいるバシオンは、エヴラールとリジャン、雅狼の攻撃に阻まれて夢から醒めることができずに留まっている。いつの間にかエヴラールの魔石からの鬼神の舞いが、バシオンに絡みつき逃さないように取り巻いていた。
(私の歌も、届けて)
メリッサの心の声が、ギノバマリサへと掛けられる。
「宜しくてよ! 任せなさい」
頼もしく響く、可愛らしいギノバマリサの声。
メリッサの歌は、喋翅空間と夢の空間を満たしながら、同時に堕天翼の転移城の広間にも響き渡っていった。






