闇の焔と叛逆の粉
聖なる魔気が満ちると、マティマナの衣装はパァァァッと華やかで豪華なドレスへと変化していった。複雑な緑の光沢で、虹色めいた不思議な色合い。聖なる魔気を孕んで美しく輝いた。
ルードランの武装も、より装飾的になっていく。部分的な甲冑めいた防具は、金細工と宝石が複雑な模様を描く。羽織る外套は美しく翻り、光の魔法を放っていた。
「覚悟は良いかい、バシオン!」
朗々と、ルードランの声が響く。
謎の魔石はマティマナの補助に徹する面があるが、ルードラン自身が所有のライセルの豪華な弓は、華やかに魔法をつがえている。
両手を使用する武器なのに、マティマナと繋ぐ手の感触は残っていた。
メリッサの葡萄歌が、闇の焔を少しずつ無効化させている。その隙を縫うようにルードランの矢が、バシオンへと向かった。バシオンは闇の大きな翼を更に拡大させて矢を弾くと、闇の焔と、淫らな催眠の魔法とを撒き散らして行く。
真っ先、バシオンへと突進していったエヴラールは、闇煌の魔石からの闇を放っている。
闇対闇?
マティマナは瞳を瞠る。
バシオンの闇は穢れ。なのに、呪いでも邪でもなく、聖邪の循環はさせられない。
エヴラールの闇は、聖なる闇だ。真っ向から、ぶつかり合った性質の違う闇は打ち消し合っていた。
「これを打ち消すか」
エヴラールの小さな呟きが響いてきた。
「はっ! 根性のねぇ闇だぜ」
バシオンの罵声が響く。
エヴラールの闇は、聖属性。闇は、悪いだけのものではないのだと、マティマナは知った。エヴラールは、もうひとつの夜叉の魔石との合わせ技にし、続けて放っている。
鬼神が舞う。エヴラールは愉しそう、というか、実戦で実験を堪能しているようだ。
「そんなもんかぁ?」
バシオンは、鬼神の舞いをはたき落とした。
実戦で実験を楽しむのは、背後から空鏡の弾を打ち込むバザックスも同様らしい。エヴラールの魔石効果を弾いているバシオンへと、空鏡の弾が降り注ぎ、聖なる光と共に闇を払う。
学者たちは、魔石の実戦実験に余念がないようだ。
「私も、行きますわよ! ああ、宝石が壊れないって、なんて素敵なんでしょう!」
ギノバマリサの歓喜に満ちた声。何気に戦闘好きらしい王族由来の姫だ。宝石魔法が夢の空間での戦闘では使い放題が嬉しいらしく、次々に目映い光の球を、宝石から生み出して放っていた。
魔法具である外套が、聖なる効果を付与している。
「ちっ、ちまちまと、うぜぇ奴らだ!」
バシオンは吼えるような声で、ますます巨大な闇の焔を嗾けた。
一瞬にして、バシオンの周囲にまで迫っていた複数の光の要素が、吹き弾かれる。
それでも、皆のまとう外套魔法具は、刻が過ぎるほどに豪華な衣装に変化し続け空間を彩った。明るく照らし、聖なる魔気を拡げやすくしてくれている。
矢を放ち続けるルードランの隣で、マティマナは聖女の杖を振るい叛逆の粉を撒き散らし続けていた。メリッサの歌がバシオンの闇を少しずつ溶かし、マティマナが夢の空間を、聖なる空間へと造りかえるための道筋をつけてくれている。
きらきらと光る叛逆の粉は仲間の外套魔法具を強化し、聖なる空間を拡げ、バシオンの闇をどんどん中和する。
闇の焔に阻まれ、なかなかバシオンに近寄れずにいたリジャンと雅狼は、じりじりと距離を詰めていた。
雅狼の剣は巨大になり、リジャンとふたりで、不思議な魔法の合わせ技を繰り出している。
リジャンたら、いつの間に、あんなに戦えるようになったの?
雅狼とリジャンの合わせ技がバシオンに届いた。すかさずリジャンの剣が、実際にバシオンへと斬りかかる。わずかだが、バシオンの頬に傷が走った。リジャンは、いつの間にか驚くほど武術に長けたようだ。
「おのれ! オレに傷などつけて、ただで済むと思うな? 闇に溺れろ」
轟音のバシオンの声と、逆巻く闇の焔。しかし、リジャンも雅狼も怯まない。ふたりとも外套を翻して闇を弾いていた。
「そんな脅しなど利きませんよ」
リジャンは果敢に宣言し、再び突っ込んで行く。共に雅狼が宙を跳ける。援護するように、エヴラールの魔石からの聖属性の闇と鬼神が、近距離攻撃だ。
吼えてリジャンと共に突っ込む雅狼の大きな狼耳は、良く動き戦いを楽しんでいるのだとわかった。全く優勢にはなっていないのに、何気に余裕な表情を浮かべ、というか不敵な笑みを浮かべている。そして、器用にリジャンをバシオンの闇から護っていた。
頼もしい。と、マティマナは、心の底から感じた。皆、それぞれの力が、とても美しく、強い。
ディアートの魔石は、夢の空間を喋翅空間とつなぎ、融合させて行く。ライセル城を守るものたちとの会話も可能にさせたのか、空間越し、ウレンの神聖な力が夢の空間へと注ぎ込まれてきていた。
ルードランは、怒りを秘めたまま弓での攻撃を続けている。魔法の矢は尽きることはない。
闇の焔に消されはするが徐々にバシオンに迫っていた。
「許さないよ」
ルードランは、矢を放ちながらバシオンへと囁くような声を届ける。よほど怒っているらしい。麗しい貌には、笑みが浮かんでいるが、奥底の怒りは嵐のようだとマティマナには感じられた。
大量の叛逆の粉を撒くマティマナへと、次々に聖なる魔気を補充させながら、ルードランは攻撃を止めない。夢のなかでは、手を繋がなくても、繋いでいる感触だけで魔気を注ぎ込めている。
「もう、あなたに勝ち目はないですよ?」
マティマナは強がりのようにではあるが、バシオンへと告げる。
まだ勝算はないけど――。
いや、いけない。そんな風に考えてはダメ。それでは、バシオンの思惑に堕ちる。
思考は、最大の魔法だ……! 勝算は、我らが手にある! バシオンに勝ち目はないのだ。
信じるのではなく、そうなのよ。
闇の焔と、聖なる魔気のうねりのなかで、マティマナは強く心に言いきかせた。
「大した世迷い言だぜ」
バシオンは盛大に嗤う。
嗤う度に、闇の焔は激しく燃えさかった。未だ、バシオンが優勢だ。今は。だが、直ぐ先の未来には、引っ繰り返る。
勝つためには……。
バシオンがマティマナの夢に侵入するのを禁止し、転移城を動けなくさせる。
それが勝利条件だ。
だから、まず、夢の空間からバシオンを追い出そう。額飾りも取り返す。
未だ濃い闇に浸る夢の空間へと、マティマナは叛逆の粉を撒き続けた。粉がバシオンに届けば、かなりの打撃を加えられるはず。
マティマナの心の動きは夢の空間と重なる喋翅空間で、皆に伝わっている。皆からの思考も合わさっての、思考になっている、とわかる。
メリッサの歌声が、一層、響き渡る。闇は、少し明るさを宿しているようにマティマナには見えていた。






