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夢の空間で戦うための布陣

 元々マティマナの夢の空間なのに、額飾りがバシオンの手に渡ったことで完全にけがされた。

 ただ、マティマナの周囲には雑用魔法があふれて身体は包み込まれているから、不浄に触れはしない。

 それでも、孤立無援。暗い闇のなかを手探りしているようだ。

 

 バシオンの闇が雑用魔法の光を遠巻きに包み、隙あらば侵入しようと牙を剥いている。今は、一対一。しかも額飾りは、堕天翼の転移城バシオンの手に在る。

 魔気量だけの勝負に近い。マティマナの魔気が尽きればバシオンの闇に呑まれ、恐らく操り人形にされてしまう。

 

「王妃か……。お前を、賭けの対象にするのも、人気(にんき)の見せ物にできそうだぜ」

 

 バシオンは、マティマナの夢の空間に玉座をつくり、どかっと座り込みながら黒い翼を揺らめかせた。

 

「……そんなこと、させない」

 

 床にくずおれたような体勢のまま、マティマナは振り絞るように言葉を返す。

 とにかく、刻を、稼ぐのよ。

 マティマナは、自らに言いきかせる。皆、必ず来てくれる。はず。

 

 ルーさま、わたし、ここです!

 夢の空間は、喋翅空間と繋がっている。マティマナは、位置を示すように、ずっとルードランに心で呼びかけ続けていた。

 

 バシオンは余裕ある態度ではあるが、距離をとっていた。マティマナに触れてこようとはしていない。たぶん、聖なる魔気が強すぎ、触れられないのだ。

 

 しかし、マティマナのほうも、闇が濃すぎるし、他にも、色々な成分が混じった状態だろうから身動きが取れない。雑用魔法も、身体を包み込む程度にしか使用することができない状態だった。

 

「お前の意志など関係ないさ。その聖なる魔気も無限ではあるまい? 尽きたなら、催眠も媚薬も効くはずだぜ? 媚薬漬けにして、どこまで耐えられるものか、賭けとして楽しかろう?」

 

 卑猥な気配でバシオンはわらう。

 闇の焔は届かないが、言葉での蹂躙(じゅうりん)は届く。マティマナは気づかれないように唇を噛んだ。

 

 ルーさま以外の者に触れられるくらいなら……、と、思いかけて、マティマナは思考を引き戻す。わたしには、ルーさま以外触れさせはしない。

 いえ、そもそもそんな事態になんて、ならない。

 バシオンが仕掛ける言葉の蹂躙など、絵空事だ。

 

 皆の力でバシオンは封じられるのよ!

 

 その強い思いは、闇を少しだけ浄化して聖なる空間を拡げた。

 

 催眠効果を弾き続けてはいるが、入る前にタップリと淫らな闇に穢された夢の空間には、なかなかマティマナの聖なる魔気が拡がって行かなかった。だが、都合の良いことを考えよう。

 闇を中和していけば、わたしの魔法は発動する!

 

 せいぜい身体の周りの闇を、催眠を弾く。今は、それくらいしかできない。

 それでも、じわじわと聖なる魔気をにじませるように流した。聖なる魔気で、いずれは満ちる。

 

 

 

姉上(あねうえ)!」

「王妃さま!」

 

 リジャンと雅狼の声が遠くに聞こえた。

 来てくれた!

 ふわわっ、と、希望の光が拡がって行く。

 

 彼らはログス城にいたから、そのまま直ぐに寝室で眠りについたのだろう。

 だが、姿を現したのは雅狼だけだった。

 

「あら、雅狼ちゃんだけ? リジャンは?」

 

 宙を跳び、シュタっ、と、マティマナの近くに下り立つ身軽そうな雅狼は、立派な甲冑を身につけ大きな剣を持っている。魔法の外套は、リジャンが着ているのだろうが、夢のなかでは外套は形を変えるようだ。

 良く動く大きな狼の耳と、ふさふさの尻尾が、何やらとても頼もしく感じた。

 

「扉の鍵が、足りないようなのです。扉が少しだけ開いたので私が馳せ参じました」

 

 雅狼は小声で囁く。

 

 ひゃぁぁ、鍵は完全に開けた気でいたのに!

 眠りに落ちる朦朧とした状態で、まともな操作ができなかったようだ。雅狼は小さくなれるから、少しの隙間から入り込むことができたのだろう。マティマナは慌てながら、密かにちゃんとした扉の鍵を雅狼へと渡す。

 

「頼むわね」

「お任せ下さい」

 

 雅狼は早業で戻ったので、何の遣り取りをしていたのかバシオンには分からなかったろう。分かっていたら、余裕な態度などせず、雅狼を止めるべきだった。

 

「なんだ、仲間が入り込めるのか?」

 

 バシオンは、轟音のような囁きで嗤う。

 余裕な様子は変わらない。よほど強さに自信があるらしい。

 

 直ぐに扉はマティマナの背後、かなり距離がある場所に開いた。

 だが、どどっと、雪崩込んだ聖なる気配の者たちの動きは迅速だ。後ろを振り向くまでもなく、マティマナには皆の配置が脳裡に展開されている。皆、マティマナの魔法具を複数身につけていた。

 メリッサとディアートは、扉のすぐ近くに留まる。

 

「待たせて済まなかったね」

 

 ルードランは、瞬時にマティマナの手を取っていた。

 

「ああ、ルーさま!」

 

 安堵している暇などないのだが、頽れたまま更に頽れそうなほどにホッとした。

 ルードランがいてくれれば、心は浮き立ち、聖なる力は倍増する。

 

「よく持ち堪えたな」

 

 エヴラールは一瞬だけマティマナに笑みを向けると、バシオンの居る方向へと走って行く。リジャンと雅狼も続いた。

 

 皆、とても艶やかで素晴らしい武装だ。ルードランによって複写されたマティマナの魔法具は、それぞれに全く違う武装をさせている。リジャンと雅狼は甲冑っぽいが、エヴラールは豪華な司祭服にも似た魔法系。バザックスも同様だ。

 隣のルードランは、部分的な甲冑と豪華重厚な魔法外套。

 

 女性陣は、皆、華やかなドレスっぽい。

 

「歌います」

 

 メリッサが告げ、葡萄歌の魔石からの歌声を夢の空間へと拡げ始めた。心地好く、魔気が補充され、バシオンの闇の穢れを少しずつ祓う。

 エヴラールは、ふたつの魔石からの攻撃を早速(さっそく)ぶつけている。リジャンと雅狼は、少し離れた場所から剣を振り下ろす仕草で、魔法の攻撃を放っていた。

 

「情けない奴らだな。オレひとりを相手に、大勢で押しかけやがって、嗤えるぜ」

 

 バシオンは、確かに嗤いながら吼えている。吼える声に呼応するように、闇の焔が逆巻いてエヴラールやリジャンたちの魔法を弾き飛ばした。

 

「念には念を、だね。マティマナへの狼藉(ろうぜき)、許さないよ」

 

 ルードランはいつもの調子めいてバシオンに告げている。だが、ぞっとするような怒りの気配が滲んでいるのをマティマナは感じとっていた。

 

 ルーさま、もの凄く怒ってる……?

 

 笑みを浮かべる麗姿は常と変わらない。

 しかし、バシオンをただではおかない、と沈黙の裡に語っている。

 

「ありがとうございます。済みません、鍵開けが不完全で……」

 

 マティマナは、ルードランの手に助けられて立ち上がりながら囁いた。

 

「間に合って良かった。好きなだけ聖なる魔気を使って大丈夫だよ」

 

 ルードランは繋いだ手から大量の聖なる魔気を流してくれた。

 危険なほどの量、減っていたらしい。衝撃を伴って聖なる魔気は流れ、マティマナを満たした。

 

「あ……、でも、聖域に、それほど残っていないのでは?」

 

 マティマナはコッソリ訊く。

 

「マティマナの夢の空間であれば、謎の魔石が増幅できるようだね」

 

 ルードランの魔石は、マティマナに関する事柄に効果が限定されてでもいるのだろうか?

 だが、朗報だ。

 好きなだけ――といっても限度はあるだろうが――聖なる魔気を使える。

 

 


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