光の竜からの鱗を触媒細工する
都にあふれる射手たちから狙われているのは、マティマナの額飾り。額飾りにして弾き出したのは、バシオンの堕天翼の転移城と繋がるマティマナの夢だ。
ルードランとエヴラール、どちらかの魔石が進化すれば、ライセル城の敷地に存在する微妙な『隙』を埋めることができるようになる。
しかし、それでマティマナは城壁内では安全になるかもしれないが、都に出かけて行くことはできない。堕天翼の者が彷徨くままでは天空城の者たちが降りてくることもできない。ジュノエレだけでなく、浄化が終わったとしてもソーチェも、外へは出られない。
決着をつけるなら、夢の中だ――。
それは、もう避けられないだろうとマティマナは直感している。
だが、バシオンは催眠や闇の魔法を操る。眠りや夢、そういった場所での戦闘は手慣れたものだろう。マティマナの夢の空間でありながら敵の渦中へと飛び込んでの戦闘と変わらない。
「夢の中で戦う魔法具……造らなくては」
マティマナは、そう思い至り独り言ちる。マティマナも、夢の中で戦闘が可能だった。だが、ひとりでバシオンに太刀打ちできるとはとても思えない。
更に額飾りを奪われれば、マティマナの弾き出した夢は蹂躙される。結果、マティマナの夢と意識は乗っ取られてしまうに違いない。ライセル城の中で、王妃自らが敵と化してしまう。
ダメよ、そんなの絶対にっ!
切実で泣きそうな心の叫びだった。
すると、所持していた光の鱗が反応する。触媒に使っているのではないほうの、素材としての鱗だ。
『もう一枚の鱗は、所持している触媒で好きに加工すると良い』
光の竜が、そう言って渡してくれた二枚目の鱗。金の鱗は、煌めいて触媒細工を求めていた。
だが、夢での戦闘用だと触媒が足りない……。
どういうこと? 何の触媒があれば良いの? でも、触媒なんてどこで手に入るのかしら?
希望と絶望が綯い交ぜになってマティマナを大混乱させていた。
「マティマナ、どうした?」
ルードランが工房へと慌てて駆け込んできた。最初の泣きそうな心の叫びが、聞こえてしまったのだろう。
「光の鱗……素材にすることで、夢で戦闘可能な魔法具が造れそうなのです」
言葉の内容とは裏腹に、マティマナの声と表情は沈んだものだ。
「すごいじゃないか。なのに、なぜ、泣いているんだろう?」
ルードランは極々小さな声で訊いてきた。他の者に聞こえないように。マティマナは涙もこぼしてはいなかったし、外見上では泣いているようには見えないはず。心が繋がるルードラン以外には。
「夢の空間で、決着をつけるしかないと思います。光の鱗で魔法具は、恐らく造れます。でも、触媒が、触媒鉱石が足りないのです……」
「触媒鉱石があれば良いのかな?」
「そうだと思います」
「何の触媒鉱石かわかる?」
ルードランに問われ、マティマナは思考を巡らせる。光の鱗に訊くように。
「………………土狼。土の狼? 土狼鉱石……と言ってます」
澄ませた心に響いてくるのは、光の竜からの声? 声の主の確証は持てなかったが、鉱石の名前は聞き取れた。
「触媒鉱石の名前が分かるなら、キーラに手紙で訊くといいよ」
ルードランは、間近でニッコリと笑みを向けて囁いた。
『そうそう、触媒鉱石も……』
キーラの声が、脳裡に谺した。そう。カルパムの都でキーラと再会したとき、わざと口を滑らせてくれていた。
そう! カルパムでは触媒鉱石を手にいれる方法があるのだった!
「直ぐに訊いてみます!」
マティマナは言うが早いか、雑用魔法で「手紙」を認め、「お届け」している。
『手配してみよう。請求書は品と共に送る』
キーラへと届けた手紙の返事は、即座に大魔道師フランゾラムから送られてきた。カルパム領主のリヒトと二人の署名がある。
「あああっ、こ、これって、手に入る可能性高いです! で、でも、いったい、幾らに?」
値段の見当が付かず、マティマナは困惑だ。勝手に超高額な買い物をしてしまった!
「値段など、気にする必要ないよ? ライセル家、ライセル小国の財政状態を知らないわけじゃないだろうに?」
ルードランは何気に愉しそうな笑みを向けてきた。
「えっ、え、でも、きっと、とんでもない金額ですよ?」
下級貴族だったころの庶民的な金銭感覚では、財政状況を教わったところで実感できない。
「ちょっとした都を買い取れるくらいの余裕は、常に用意してあるから問題ないよ」
ルードランとの会話でマティマナがわたわたしているうちに、美しい小箱が転移で送られてきた。
マティマナは慌てて両手で受け止める。
「もう……来てしまいました。なんて迅速なの……」
美麗な魔気細工の宝石箱だ。金細工に宝石が飾られたように造られている。
中には、土狼鉱石が入っていると、マティマナにはなぜか分かった。
マティマナは、恐る恐る箱の蓋を開ける。
「請求書は、僕が預かっておくよ」
箱の中、鉱石の上に乗っていた魔気製の紙を、ルードランはさり気なく奪っていった。
「……あ」
金額を見る間もない早業に、マティマナは緑の瞳を見開く。
「綺麗な鉱石だね」
ルードランの言葉と笑みに、マティマナは宝石箱のなかを覗き込む。箱の内側は、深緑の天鵞絨張りに似た質と色合い。他の触媒鉱石と似た感じで、原石に宝石が融合したような雰囲気だ。透明な宝石めいた色合いは薄茶。原石部分は灰色掛かった茶。
「土狼……不思議な感触です。これで、夢の中での武器……造れます」
甦らせた神殿の御神体である光の竜も、触媒細工で何が造られるか楽しみにしていた。
造るのは、武器のようだ。
素材が、他にも必要らしい。たぶん、全部、工房内にある。
「私も手伝います!」
マティマナが工房内を奔走するようにして素材を集め始めると、遠くで見守ってくれていたらしきメリッサが駆け寄ってきた。マティマナは頷き、次々に素材の名と量を告げた。一点物は、マティマナが自力で取った。
メリッサとふたりで大卓に素材を積み上げ、その頂上に光の鱗を置く。
「……土狼鉱石のみで、触媒細工します!」
遠くから鑑定士のダウゼも固唾を飲むような気配で見守ってくれている。メリッサとルードランは、極間近で頷いた。
手にした土狼鉱石に、雑用魔法での魔気細工を、聖なる魔気としてタップリと注ぎ込む。触媒鉱石である土狼鉱石は、目映く、きらきらというには激しい煌めきを放った。薄茶の少し煙っぽいような光が、積み上げた素材を包み込む。頂上の光の鱗が、一際美しく輝き広い工房中を光で満たした。
コロン、と、光の滴のようなものが大卓へと転がる。
そして、ふわっ、と、美しい布地となって拡がった。
「……外套?」
薄茶の光沢のある絹に似た、外套のような形。だが、薄手ではある。男女兼用のようだ。夢の空間に入る時に、身につけて眠れば武器となる?
「纏って眠れば夢の中での戦闘時に、起きているときに使用できている魔法具の攻撃を夢の中で使えるようですね。しかも、夢の中のほうが威力は強くなります」
鑑定士のダウゼが慌てて寄ってきて即座に鑑定してくれた。
「魔法具も所持して眠れば良いのでしょうか?」
「そのようです。魔石でも大丈夫そうですね。その上で、この魔法具独自の光の攻撃魔法が備わっていますが、夢の中でないと確認不可です。それと、身につけた者の性質で変化するでしょう」
恐ろしく強力な武器になっていることはマティマナには分かっていた。だが、ダウゼの言葉に、マティマナは、また大混乱だ。






