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塔から眺めるルルジェの都

 マティマナは、ルードランに連れられてライセル家の塔へと向かった。一階にあるライセルの者用の特別室から魔方陣の上に乗ると、最上階へ直通だ。どこの大貴族も、だいたいそういう仕組みを持っているらしい。

 

「わぁ、すごい景色です! あ、海が見えるんですね!」

 

 眼前に拡がる景色に、マティマナの心は一気に高揚した。

 最高の景色だ。ライセル家の領地であるルルジェの都には、海辺も含まれる。

 

 マティマナは思わず、海の見える方向へと足を向けた。アーチ状の柱で囲まれた塔の最上階にも、ライセル家の魔法は働いている。魔法の障壁があるため、強風が吹き込んでくることはない。

 

「ここからなら、ライセル家の領地、ルルジェの都が一望できるよ」

 

 ルードランの嬉しそうな響きの声が告げた。

 

 ライセル家の領地は広いが直轄地は少なめで、大半の土地は貴族たちに貸し与えて統治させる形だ。ライセル家の領地はどこも豊かで、周囲の環境にも恵まれた優良な土地ばかりだった。

 争いなど縁のないような場所だ。

 

 マティマナは景色に夢中になり、手摺りの縁に手を掛け思わず身を乗り出そうとする。

 身体が不意に後ろから抱き留められ、マティマナは息を飲んだ。

 

「あ、ごめん」

 

 思わず抱き留めたらしきルードランは、マティマナの戸惑いを感じてか一旦離れようとした。だが、すぐにガシッと抱きしめ直された。胸の上辺りに腕が絡み、背の高いルードランに包み込まれる感覚だ。

 

「済みません。危ないですよね」

 

 塔から落ちそうなことを心配してくれたのだろうと、どきどきしながらも、マティマナは反省する。

 

「いや? 魔法が働いてるから飛び下りたりできないよ。危なくない」

 

 少し笑み含みの声が、悪戯っぽく囁いた。

 

「ルーさま……?」

 

 背側から抱き締められ真っ赤になってしまっている。耳が熱い。

 胸は高鳴り、心が騒がしい。けれども、深い安堵感と心地好さも同居していた。

 

「ずっと、こうしたかったんだ。しばらく、いい?」

「……はい」

 

 マティマナは真っ赤になったまま頷くと、ルードランの腕へと軽く自分の腕を絡める。

 

(好きだよ……)

 

 心のなかへと響いてくる声があった。ルードランの声のようだ。

 

(え? あ、嬉しい。わたしも)

 

 思わず心のなかで囁き返す。

 

「あ!」

「あら」

「マティマナの心の声が、聴こえた!」

 

 互いの心の言葉が漏れ出していたらしい。ふたり驚いたように声をあげ、思わずマティマナは身を捩って振り向きルードランの顔を見上げた。

 

「わたしにも! ルーさまの声、聴こえました!」

 

 心の声がどこまで聞こえてしまっているのか、ちょっと混乱しているが、心の声が洩れてしまった恥ずかしさよりも互いの思いが確かめ合えるような感情の流れが感じられる。

 

(一目惚れだったんだ。婚約者がいないと聞いて舞い上がる思いだったよ)

 

 また、ルードランの心の声が聞こえてきた。魔法を撒いているのが、きらきら綺麗で。でも、姿を見たら、魔法の煌めきよりも、もっともっと綺麗で一瞬で恋に落ちた。お告げが正しかったことも分かった。と。塔の上、ふたりきり。驚きに景色など全く見えなくなっている。ただただ幸せな感覚が拡がって行く。

 

 一日だけ、と切り出したけど、最初から結婚する気でいた。必ずそうなると、信じていた。ルードランは心で熱っぽく語っていた。

 

 思いが同じで、嬉しさが込み上げてくる。が、そんな感情も全部伝わってしまっているのが分かり、真っ赤になったままだ。ルードランは、心がただ漏れになっていることなど、お構いなしな様子だ。

 

吃驚(びっくり)だけど、嬉しいよ」

「あ、耳飾りの魔法なのかもですね!」

 

 恥ずかしいけど、嬉しいふたり。思いが混じり合う。

 

(ただ、庭園にゴミが多くて恥ずかしかったよ)

 

 コッソリと、ルードランは心で呟いた。

 

(おかしいと思ったんです。ライセル家の庭園ですのに。でも呪いのせいで、散らかっていたんですね)

 

 マティマナは心で応えてみる。

 今にして思えば、夜会を開いている際の庭園にゴミがあること自体が異常だった。

 

「ライセル家の魔法、便利でいいね」

 

 ルードランが抱き締めの腕を解くと、心の混じり合っているような状態は途切れた。

 接触すると、心で会話ができるのかな?

 マティマナは不思議な心地好さを思いだしながら思案した。

 

 一瞬のふたりの混じり合った混乱は、互いの気持ちを深めるキッカケになったように思う。

 互いに混じり気なく思い合っているとわかった。ルードランは、ずっととても嬉しそうな表情だ。

 

 

 

「そうそう。母から、マティマナを良く監視するようにってお達しだよ?」

 

 ルードランは真顔になりながら囁いたが、青い眼には笑みが宿っている。

 

「え? わたし、そんなにまずいこと、しちゃいました?」

 

 ひやぁ、と、血の気が引くような感覚に襲われたが、その割りにルードランはご機嫌そうな表情だ。

 

「ある意味、拙いことかもしれないね。母は、君が裏方の手伝いに来てくれてたことを良く覚えていてね。あの子は放っておくと夢中で仕事してしまうから気遣ってあげてね、って見張るように言われたよ」

 

 ルードランはくつくつと愉しそうに笑っている。

 

「あ……何気に見られてたんですね……」

 

 ライセル夫人の気配りは素晴らしく、裏方で臨時で手伝いをする者たちを常に気遣ってくれていた。

 確かに、マティマナは仕事に夢中になると歯止めが利かなくなる。どんどん所作が早くなってガシガシと働きだし自分で気づかず、良く一緒に働く母に留められた。

 

 

 

 ルードランの母であるライセル夫人は、癒やしの魔法を持ち嫁いできている。癒やしの力は、ライセル家の魔法と混ざりあい、領地全体に行き渡っている。

 

「頑張りすぎちゃダメよ。マティは直ぐに夢中で作業しちゃうから」

 

 魔法を撒いていて鉢合わせになったライセル夫人は、マティマナに不意に逢えて嬉しくて仕方が無い、という表情だ。ライセル夫人は、厨房で時折、指示を出していたし顔見知りではあった。

 マティと、親しみをこめて呼んでくれる。

 

 以前から良くマティマナのことを見ていたのは確かなようだ。手伝いに来ていたとき、マティマナはどんな仕事でもついつい、のめり込んでいた。

 

「恐縮です。ライセル夫人」

 

 かちこちになりながら、ディアートから教え込まれた所作で礼をする。

 

「あらあら、ライセル夫人だなんて! 母と呼んで下さっていいのよ?」

 

 優しい笑みを向けられ、囁かれた。マティ、と、呼ぶ未来の義母は、もう母と呼ばれたいらしい。

 美しい顔。さりげない所作も、とても優雅だ。綺麗な身のこなしは、有力貴族であるライセル家に相応しい華やかさだった。

 

「まあ、お義母(かあ)さまと? 嬉しいです!」

 

 恐縮しまくりながらも、せっかくなのに無視してライセル夫人と呼び続けるなどできない。

 マティマナは、ドギマギしていたが、お義母さま、と、呼んでみると、ライセル夫人はうっとりした表情だ。

 

「ああ、娘がいるって良いわね!」

 

 夫妻の子供は、ふたりとも男性だったし、娘ができることが嬉しいらしい。

 

「頑張って花嫁修業に励みます!」

「マティは働きすぎるから、少し手を抜くくらいにしたほうがいいわよ?」

 

 頑張るというと、少し心配そうにしている。確かに夢中になって、どんどん所作が早くなって、ガシガシし始めたら、とても優雅とはいえない所作になってしまう。

 

「はい! 心がけます!」

「すっかり綺麗な所作が身について素晴らしいわよ」

「ディアートさまのお陰です!」

「あらあら、マティのお陰でディアもすっかり元気になれたの。感謝してるわ」

「お役にたてて、とても嬉しいです」

 

 マティマナは丁寧に礼をする。ライセル夫人は、親しみを込めた表情で笑みを深めた。

 

「それと、主人を助けて下さって本当にありがとう」

 

 呪いの話になるのは物騒と考えているのだろう。ライセル夫人は控え目に礼を告げた。

 当主の部屋に入られる寸前に呪いの飲み物を持つ侍女を止めることができたのは、ちゃんと報告されているようだった。

 

 


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