沈黙の追跡者の影
堕天翼が攻めてきたということで、天空人であるジュノエレとソーチェは主城のなかにある安全な部屋で匿っている。せっかく堕天翼から逃れることができたのだから、再度捕獲されないように最大限の注意を払っていた。
天空人のふたりは、バシオンからの催眠や媚薬に弱い。
聖なる品を身につけさせても、攻撃を受ければ直ぐに催眠に掛かってしまうに違いない。
「点検が必要でしょうか?」
法師は外にでてしまっているし、バザックスも空鏡の魔石で堕天翼に対応している。
今は、呪いの品を探していた頃と違い魔法を撒いてはいないから、マティマナには城全体を立体化して探るようなことはできない。常に、その監視をするには頻繁に魔法を撒かねばならず、それにはライセル城の敷地は広すぎた。
「マティマナを拐ったとき、堕天翼の追跡者は城の敷地である庭園まで入り込んでいたからね」
「……城のどこかに潜んでいるかもしれないです」
人質がほしいなら、城の者でなくても領民だとしてもライセル家の者にとっては充分に効果はあるのだ。だがバシオンには、思いもよらないことで主要な人物を狙っているのかもしれない。
「少し散歩してみよう」
ルードランはマティマナの手を取って歩き始める。ディアートの喋翅空間に入っているから、どこにいても戦況は分かる。空で戦う敵たちは次々に数を増しているが、どんどん聖なる成分を含む武器で落とされ催眠が抜けて遁走していた。
「バシオンには、どれだけ多数の配下がいるのでしょう?」
マティマナが拐われ連れ込まれた広間には、バシオンの他は姿の確認できない追跡者がひとりいただけだ。
今、堕天翼の転移城は遠く東にあるというのに、ライセル小国の領地に次々に上空から攻撃できる者を注ぎ込んでいる。催眠で操っているだけなので弱いし、催眠は直ぐに解けてしまっている。
「弱すぎるからね。配下ではないのだろう。どこかの町か村か、丸ごと催眠で操って送り込んできているかもしれないね」
ライセル側としては攻撃で誰ひとり殺してはいない。どこかの堕天翼と無関係な者たちだというなら、尚更だ。
「おや? 魔石が何か反応しているよ」
ルードランは呟きながら魔石を取り出す。ルードランにとても良く似合う、美しい魔石だ。
「謎の魔石」という名前なのか、何の魔石かが謎だというのか。そのあたり気にはなるが、ライセル家の古い紋章入りで縁というなら、いずれ分かるだろう。バザックスが古文書を当たってくれている。
「ルーさまの、気がかりに、反応したのでしょうか?」
たぶん、ルードランは城の敷地内の全体監視をしたいのだ、とマティマナは直感していた。以前にマティマナがやっていたような。マティマナの雑用魔法を撒いておく方法は、一緒に歩いていたしルードランは魔法が見えていたし、マティマナとの意識の共有で状態は熟知している。
「それなら、バシオンの狙い……陽動であるなら……、という辺りの確認だね。既に、何か仕掛けているなら、その場所が知りたい」
マティマナに応えるようなルードランの言葉に、魔石が反応した。
透明な青い宝石のような魔石から、ふわわわっと、淡い光が迸った。
光は、意志があるかのように塊のようになって移動を始める。
ルードランはマティマナの手を取り、光を追った。主城のなかを、それなりの速度で光の塊は進む。
「今、ルーさまが、魔石で使えるのは、どのような魔法なのですか?」
一気に何段階か進化しているということは、その進化ごとに使える魔法があるはずだ。魔石で在る限り、その辺りは共通なはずなので、ルードランは何種類か使える魔法があることになる。
「願いや感情の具現化? のようなことを言っていたよ?」
マティマナへと応える言葉に頷く。追いかけている光が、それに相当するのだろう。
「それで、探査のような形の光の魔法が発動しているのですね?」
願いならたぶん、敷地全体の監視や探査に違いないとマティマナ感じている。ルードランの思考は、手を繋いでいるから少しずつ洩れ伝わる感じだった。
「なるほど。危惧を察してくれたのか。ということは、やはり何か仕掛けられているね」
魔石がルードランの思いに応じてくれていることに喜びつつも、危惧が当たっていることをも意味しているので思案顔だ。追跡者のような者が入り込んでいるとしたら?
「目的はなんでしょう?」
バシオンが天空城から矛先をライセル小国に変えたのは確かだ。
広間に咲く聖なる花のせいで、未だに怒り狂っているだろう。放置すれば、聖なる力はどんどん堕天翼の転移城に拡散して行く。聖なる力に触れれば、催眠で操られている者は我に返ってしまう。
「マティマナの夢に侵入できなくなったからね。きっと、聖なる花を除去するには、マティマナの夢に入る必要があるのだろう」
聖なる花ほど邪魔なものは、きっとバシオンにとって有り得ない。怒りの矛先がライセル小国に向かったのも、聖なる花のせいだろう。除去するためなら何でもするだろうし、そのための手がかりを探しにきているのかもしれない。
「聖なる花と繋がっている夢を、弾いて隔離してあることに気づいているのでしょうか?」
ルードランは頷く。
「マティマナの額についているからね。ライセル城を探しても無駄だとは思うよ」
夢を封じた魔法具を、厳重に保管していると考えている可能性は高い。となれば、主城の魔法部屋なり宝物庫なり護りの固い場所を狙って探しにくるに違いない。
「もしかして、この飾りを奪えば聖なる花の除去が叶うのかも?」
「可能性は高いだろうね」
そのとき不意に光の塊が炸裂した。
沈黙の追跡者ギギガンデ?
光に包まれたのは柱の影に同化していた追跡者らしき。その気配は、マティマナを拐った者と同じだ。
二度も忍び込めるなんて……!
マティマナは驚愕しながらルードランに身を寄せる。身体は震えていた。ギギガンデらしきは、光に拘束されて動きを封じられている。
「主城なのよ、ここ……。どうやって入ってきたの?」
マティマナは震える声で訊く。ルードランの魔石の光に包まれるまで見えなかった。間近にいたのに。
ゾッとする思いだ。これでは、どこに入られても気づけないではないか。
特に主城は、マティマナの雑用魔法が染み付いている。聖なる力を弾いている?
「転移では逃げられないよ」
ギギガンデが何らかの魔法めいた力の発動を空振りさせているのに気づいたようでルードランが告げた。
しかし、捕獲し続けることが可能なのだろうか?






