ルルジェ上空からの攻撃
「王妃様が、配合や素材の組み合わせや量を覚えていないのは、触媒細工の際に、そうした情報や記憶も素材にしているからでしょう」
マティマナが気に病んでいると思ったのだろう。鑑定士のダウゼは、そんな風に理由らしきを教えてくれた。確かに、触媒細工に使用した素材の種類や個数、使用した触媒と割合など、マティマナは全く覚えていない。
「え、そうだったの? それじゃあ、仕方ないわね」
記憶や情報が素材になっているとは思わなかったが、込める思いが強ければ要素が強くなったり確実に出来上がったりするから有り得る話なのだろう。
「心配しなくても、私覚えてますから!」
メリッサは力強く主張する。
小さくて活発で泣き虫だったメリッサが、こんなに頼もしくなるなんて!
メリッサとは身分的な差など余り構わずに、隣近所の付き合いだった。なかなか感慨深く嬉しい。今はディアートの義妹になっているから義従姉妹で、弟のリジャンと結婚すれば義妹となる。が、もう、ずっとメリッサは妹のようなものだった。
「ありがとうメリッサ。頼りにしてますからね?」
にっこりと笑みを向けてくれる顔は本当に小さな少女のものなのだが、商家で幼い頃から手伝いをしているからか、仕事は真剣に取り組んでくれている。
「はい! お任せください」
メリッサは嬉しそうに声を弾ませた。
と、ディアートの空間から会話を聞いていたのか、ルードランが姿を現す。
「情報や記憶を素材にしてしまって大丈夫なのかい?」
ルードランは気に掛かったらしく、鑑定士のダウゼに訊いている。
「問題ありませんです。王妃様の何かが損なわれるわけではありませんから」
マティマナは覚えていられないが、不思議なほどメリッサは把握してくれていた。なので実際不自由はない。記憶や情報を素材に使うといっても、本当に些細なものだと思う。
「ルーさま、心配ないですよ? 素材の種類や個数とか、触媒の割合だけですから」
覚えていられないのでなく、素材にしてしまったと分かり気分としては楽になった感じだ。
「本当に、マティマナは根を詰めないようにさせないとだね。細工に夢中になりすぎないように、監視が必須だよ?」
ルードランは笑みを浮かべてはいるが、心配顔だ。マティマナが夢中になると大事な記憶まで使ってしまいかねないと心配しているのかもしれない。
「はい。お目付役の方々がたくさんおりますし。何よりルーさまが、監視していてくださいますから」
「じゃあ、早速、休憩に誘おうか」
ルードランはマティマナの手を取ると、散歩に誘い出してくれた。
マティマナは拾得物と乾燥した庭園の花などを素材に、天空城関連というか堕天翼の転移城対策の魔法具を次々に造りだしていた。
鑑定士のダウゼは直ぐに鑑定してくれるし、リジャンへはメリッサから魔法具の情報が伝わる。メリッサはログス城にいるリジャンとマメに連絡を取っているから、魔法具の情報を伝えることを許可してある。
興味深い魔法具があれば、リジャンは雅狼と共に馬車で駆けつけてきた。
リジャンやエヴラールは、時々やって来ては試供品的なマティマナの触媒細工の防具や武器を試してくれている。
最優先の者たちに先ずは選んで使ってもらい、使い勝手の良い品へとどんどん交換する感じだ。
触媒細工による改良が可能な場合は再度細工し、これ以上改良できないものは、次々に騎士たちの元へと届けられる。一部は帆船にも届けられ、海と空と両用に使用できるかどうか重ねづけしたりして実験されていた。
『堕天たちと思われる黒い翼の一群が、ルルジェ上空から攻撃を始めました!』
城だけでなく都全体にも警戒の術を張りめぐらせている法師ウレンの声が、ディアートの喋翅空間に響いた。
『確かに。撃ち落とすぞ』
ウレンの声に応じてバザックスの声も、堕天翼の者らしきを確認したことを告げている。
早速、空鏡の魔石からの弾が一団へと撃ち込まれていった。
『ボクたちも、向かいます』
リジャンは雅狼を連れてログス城から空へと舞い上がったようだ。
一団のいる場所の座標は空間から読み取れている。
「何が目的なのだろう?」
ルードランは、喋翅空間に映し出されるバザックスからの映像を眺めながら訊いた。
黒い翼の堕天たちはルルジェ上空から魔法の矢を射り続けている。射手たちに催眠魔法の矢を持たせているようだ。人に当てなくても、命中した地面からでも催眠の魔法が拡がって行く。
「催眠の魔法で都の民を操りたいのでしょうか? 効いてはいないようですけど」
マティマナは不思議そうに応える。マティマナが不思議に思うのは、ライセル小国の者たちは皆、なんらかの聖なる品を身につけていると、バシオンが知らないことだ。
雅狼を連れたリジャンが、空で堕天たちと戦い始めている。
魔法の発動する武器も所持しているから、かなり楽勝そうだ。次々に射手たちは地上へと落とされた。
バシオンはマティマナやルードランを催眠で操ることは諦め、領民へと矛先を向けたのだろうか?
たまに、都の外からの来訪者に催眠の魔法がかかってしまう。催眠の魔法が効くと、堕天翼の味方となり領民を攻撃しはじめる。
「お前、大丈夫か?」
だが、そんな風に肩を揺さぶられ指輪などの聖なる品が触れると、ハッと我にかえっていた。そんな光景も、誰かの視線からか空間に映されていた。
ライセル城の騎士たちも、擬似翼、翼飾的なもの、さまざまな魔法具を得て、空中での戦闘が可能になりつつある。練習が上手くいっているものは、堕天翼との戦闘に加わっていった。
「わたしたちも、加わりますか?」
マティマナはルードランに訊く。ルードランの空間に乗って戦闘に加わるほうが良さそうなら、と、思うのだが今のところ、ライセル小国側が優勢のようだ。
「いや。陽動だといけないからね。他の異変を探すほうがいい」
ルードランの言葉にマティマナはコクコク頷いた。
戦闘に加わって叛逆の粉を撒いてみるのもよさそうな気がするが、今回はそんな必要もなさそうだ。
確かに、ルードランの言うように他の動きに注意したほうが良いだろう。
「ライセル城の護りが薄くなりますよね」
マティマナは呟くものの実のところ、護りは固い。騎士たちが若干外に出ても、ディアートやギノバマリサ、それとディアートの義妹となったメリッサも、ライセル城の護りの一員だ。前当主夫妻もいる。
マティマナとルードラン、バザックスも城の敷地内だから、護りとしては充分のはず。
「護りは大丈夫だけれど、手薄になるのは監視の方向だと思うよ」
皆の視線は、堕天翼の空中戦へと向けられていた。
都民もそうだ。
何か、別方向から仕掛けてくる可能性は高いだろう。






