ライセル家の紋章入り魔石
マティマナは額飾りをつけたまま過ごし、眠るときも当分の間は身につけることにした。
知らぬ間に額飾りからバシオンが現れるようなことが、万が一にもあっては困る。
身につけてさえいれば聖なる魔気が補充されるから、バシオンに夢の空間を乗っ取られる危険はないはずだ。
眠っているときに空間を意識することもなく、数日が過ぎた。
バシオンが夢の空間に来ている形跡は感じられる。バシオン的には、徒労の日々を過ごしていることだろう。
「呪いが強いのに、暗黒の森に来ると、ちょっとウキウキしてしまいます」
ソーチェの浄化は莫大な聖なる魔気が必要で、マティマナは頻繁にルードランに抱きしめられて転移し暗黒の森へと訪れていた。
「僕としても、良い気晴らしになるから嬉しいよ?」
「はい。ルーさまと、一緒に散歩できているようで楽しくて」
もちろん呪いは怖い。だが、暗黒の森に入った瞬間に雑用魔法がふたりを包み込んでくれるし、聖邪の循環を行う鏡は確実に呪いを消して行く。一旦、聖邪の循環で呪いを除去した場所は、周囲の呪いが濃くても再び呪いに染まることはないようだった。
「魔法具が効いているみたいで良かった」
今も額にくっついいたままの飾りのことだろう。ルードランはしみじみと呟く。日々魘されていたから、相当心配させてしまった。
「ルーさまと同じ夢に入れることありますし、良く眠れてますよ?」
毎回ではないのだが、同じ夢に入れることが増えている。ライセル家に縁の耳縁飾り同士が成せる技だと思う。少なくとも、バシオンが夢に入り込んでくることはなくなったので安堵できていた。
とはいえ今は、弾きだした夢の空間に入ることはしていないが、いずれバシオンと対峙する必要はでてくるだろう。
マティマナは堕天翼の転移城へ行くよりも、夢の空間のなかで決着をつけるほうが確実な気がしていた。
「夢で行ってみたいところ、マティマナはあるかな?」
聖邪の循環をしながら、まったり会話が続く。
「わたしは、ルーさまと一緒にいられるだけで幸せです。ルーさまは、どこか行きたいところあるのですか?」
ルードランの婚約者になるまでマティマナは遠出も旅もしたことはなかった。今は、ルードランやウレンの転移のお陰で、かなり自在な遠出が可能だ。
「そうだね。海の底の竜宮船にも入ったし、天空城の間際を飛んでもいる。ライセル領にいながら、これだけ多彩だと、簡単には思いつかないね」
手を繋いで歩きながらルードランは思案気ながら楽しそうに応えた。
「夢の中なら、ルーさまとノンビリ過ごすのが良いのかも」
「確かに。夢の中くらいゆっくりしないと、マティマナはやっぱり働き過ぎだね」
ちょっと藪蛇ながらマティマナは嬉しい気分で聖邪の循環を続ける。地下から、たくさんの拾得物が籠へと飛んで行った。籠の位置は決まっているので、マティマナとルードランが工房に戻った後に法師ウレンが回収してくれている。
暗黒の森での聖邪の循環は、日に日に速度を増していた。
なので出かけて直ぐに戻ってくることができる。
「今日も凄い量の拾得物!」
法師ウレンが回収してくれた籠を覗き込んでマティマナは驚いた声を上げた。
聖邪の循環をしている刻は短めだったが拾得物は増えている。
「すごい不思議な気配がしていますね」
鑑定士のダウゼが興味深そうな表情で近づいてきた。
土のなかから掘り出された品々ではあるが、聖邪の循環をする際に、呪いを除去するだけでなく土や汚れの洗浄は自動でされている。中には砂や土自体が特殊な素材のこともあり、その場合にはマティマナの魔法の箱なり小袋なりに入れられた形になっていた。
魔気の強いものは、魔法の布――雑巾だが――に包まれていることもある。
「どうぞ鑑定してください。わたしには全く分からなくて」
いざ素材として集めて積み上げるときには、なぜか必要な品が分かるのに籠のなかを眺めていても全く何に使えるものか分からない。素材も魔石も魔道具的な品も、全部ごちゃまぜで拾得されるので区別がつきにくいのだ。素材だけにしてもらえれば、なんとかなる。
「これは……! 魔石ですよ」
ダウゼは、魔法の布に包まれた状態のまま籠から拾い上げて告げた。
「魔石! 本当に地下に魔石が埋まっていることがあるなんて!」
マティマナが驚いた声をあげていると、首を傾げていたダウゼが瞠目する。
「これは、ライセル家の古い紋章が入っています! ライセル家に縁の魔石です」
魔石だというが、透明な宝石の原石のように見える。水色より少し濃いめな綺麗な結晶。
マティマナも瞠目し、心がうきうきと騒ぎだす。
(ルーさま! ライセル家の紋章入りの魔石だそうです)
工房から少し離れているルードランへと心で呼びかけていた。ディアートの空間越しでも良かったかな、と思うものの、意識するより先に、直接心へ語りかけている。
(近くだから、直ぐに行くよ。それは凄いね)
心へと直接ルードランの声が戻ってきたが、すぐに当人が工房へと姿を現した。本当に近くにいたらしい。
「ルードラン様、これは、ライセル家の古い紋章入りの魔石です」
魔法の布に包んだまま、ダウゼは恭しくルードランへと差しだした。
ルードランは、魔石を直接手に取った。
「あ……!」
魔石から何か話かけられているのだろう。ルードランの表情が微妙に変化する。心で会話しているに違いない。
ルードランは今まで、揃いの耳縁飾りや他の専用魔法具などがあるから、と、魔石を所持はしなかった。
だが、ライセル家の古い紋章入りとなれば、ルードラン以外に使う者は考えられない。
「これは、僕のものだそうだ。ライセル家の当主に用意された魔石だとか」
随分と進化してしまって途中が聞き取れなかった、と、言葉が足された。
「進化した結果であれば、後で問えば教えてくれますから大丈夫です」
ダウゼは心配そうなルードランへと応えた。
「魔石……何の魔石なのでしょう?」
自分のことよりも、どきどきしながらマティマナは訊く。
「謎の魔石? と言っているね。謎を解いて名を見つけねばならないのか、謎の魔石という名前なのか。どうだろう?」
ルードランは不思議そうにしている。だが、しっくり来ているような表情だとマティマナは感じた。
「何ができるのですか?」
随分と進化した、というなら、通常の魔石ならば使える魔法があるはず。
「未知なる領域での魔法攻撃……といっていたよ」
「わたしの夢の空間で、魔法攻撃ができるかもしれませんね!」
マティマナは、ルードランからの忠告通り、思い切り都合の良いことを考える。真実がどうであれ、それは現実を引き寄せる魔法だ。
「きっとそうだね。楽しみだよ。ちょっと練習したいけれど」
マティマナの言葉を聞き、ルードランはそれが真実となったことを確信している。
「一緒に練習しましょう!」
きっと、マティマナにもできることがある。
確信した笑みを、ルードランへと向けて囁いた。






