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堕天翼バシオンの怒り

「マティマナ……魔気が底をつきそうだよ」

 

 抱きしめたままのルードランが、不意に気づいたらしく慌てて大量に聖域の魔気を流し込んできた。

 安堵感が拡がる。聖女の杖にも、自らの魔気の器にも、じんわりと魔気が増える。

 

「あ……そういえば、転移城にいる間、ずっと雑用魔法に包まれ続けていました」

 

 その上で、かなり膨大な魔気を使っての触媒細工をしてしまった。

 

「尽きてしまうまえに見つけることができて、本当に良かった」

 

 人目も憚らず、ルードランは抱きしめる腕に力を込めながら、なおも聖なる魔気を流し続ける。

 途轍(とてつ)もなく心配させてしまったようだ。

 

「また、暗黒の森に行かなくちゃですね」

「暗黒の森ならふたりで行くのだから、幾らでも良いよ?」

 

 マティマナをひとりにすると、本当に危ない、と、吐息で小さくルードランは呟いた。

 

「堕天翼の転移城は……移動先を追うことができそうですか?」

 

 床に座り込み抱きしめられたまま、マティマナは訊く。

 

「転移城の位置というよりも、聖なる花の座標を追うことができそうです」

 

 ウレンが応えた。

 マティマナとルードランがくっついているのは、そろそろ皆慣れっこらしい。マティマナは真っ赤になっているのを、ルードランの肩口で隠しながら「良かった」と呟く。

 あの花は、バシオンには破棄することはできない。

 

「バシオンが……怒ってます」

 

 マティマナは呟いた。バシオンは広間に咲いた触媒細工の花が取り除けず、怒っている。そこから媚薬や催眠の効果が、じわじわ浄化されてしまうのが困るらしい。魔法を遮断する品を被せたり。マティマナがソーチェを連れて転移で逃げてから、ずっと花と格闘している。

 

 意識を、触媒細工した花へと向けたので、そこからマティマナへと聖なる花の周囲の情報が流れ込んできていた。

 

「本当に。相当、怒っているね」

 

 抱きしめているルードランには同じ光景が視えているようだ。

 魔法を遮断する品をかぶせても、しばらくすると透けてくる。溶けてしまう。そうして聖なる力が城内に拡がってしまうのが癪らしい。

 

『壊す方法は無いのか!』

 

 当たり散らすような怒りかたで、黒い翼は闇の焔のような状態で広間に渦巻いている。手下たちは遠巻きだ。

 その闇で花を叩き潰そうとしているが、花にあたると闇は光輝きながら吸い込まれるように消えていった。

 

「これは……状況がこちらに筒抜けだけれど、気づかないのだろうか?」

 

 ルードランはバシオンの様子を見遣りながら不思議そうに呟く。

 

「花から離れてしまえば、情報は拾えませんよ? たぶん」

 

 マティマナには聖なる花らしきの輝きの範囲の情報を拾っているのだと、なんとなく分かっていた。

 バシオンは、いつまでも花と戯れてはいないだろう。ただ、放置するのは危険だと感じ、躍起になっていることだけは分かった。

 

 

 

「ソーチェさん、少しずつ浄化していきましょうね」

 

 マティマナは励ますように告げる。

 ジュノエレはソーチェほどには不浄に染められていなかったが、浄化には膨大な魔気が必要だった。なので、ソーチェの場合、とても一回で済むとは思えない。かなり根気よく、しみ抜きの雑用魔法を浴びせることになる。

 

「ありがとうございます……。枷が消えただけでも有り難いのに」

「たぶん、かなり戻せると思うの」

 

 マティマナの言葉に、ソーチェの赤い瞳が涙に潤む。

 

「……ありとあらゆる責め苦に耐えて、黒い翼を手に入れることができれば、自由になれる……バシオンに、そう、教え込まれました。でも、わたしたちは賭けの対象でしかなかった」

 

 ソーチェは苦しそうに呟いた。

 だが、話さずにいられないという気配だ。

 

「バシオンは、堕天の仲間を増やしたい。それは事実のようです。ですが、黒い翼になる者など、居ないに等しい。堕天に失敗したものは遊郭に売られます。天空人専用の枷で逃げられないですし。操られていますから、逃げるつもりなどない……。バシオンは、どっちに転んでも構わないのです」

 

 でも、私、堕天になった、といわれても、残酷にはなれませんでした。

 ソーチェは、泣き声で掠れた響きで言葉を足す。

 

「黒くなれば、堕天だと言われるの?」

 

 マティマナは不思議に思って訊く。

 ソーチェは頷いた。

 

「バシオンはそう信じてます。私が黒く染まったことに歓喜していました。でも、黒く染まったからって、堕天になったわけではないのです。ただ……私は、遊郭に売られるのは嫌だった……」

 

 黒い翼に変化したので、バシオンはソーチェが仲間になったと勘違いしたのだろう。

 

 

 

 ソーチェの浄化は、とても難儀しそうだ。数回、しみ抜きの雑用魔法で包み込んだだけでルードランと共に暗黒の森へと行くことになる。

 それでも、真っ先に、瞳は元来の色だという水色に戻ったから、ソーチェは希望を持てた様子だ。

 少しずつ翼も黒さがせて行くように感じられた。

 

 

 

「あら? バシオンの気配が分からなくなりました」

 

 マティマナは、断片的に流れてきていたバシオンの怒りの感情が途絶えていることに気づいて呟く。

 転移城に居ないのか、単に聖なる花の近くにいないだけか分からない。

 

「堕天翼の転移城は、東のほうへ転移しましたね」

 

 法師のウレンは、マティマナの花から転移城の位置を追うことが可能になっている。

 

「堕天翼の転移城を、ライセル小国の領地に入れなくする方法はないのでしょうか?」

 

 マティマナは切実に訊く。せっかく領地から外に出てくれたのだから、このまま入れなくできれば安泰な気がする。

 

「中空に浮いているのが厄介なのです。接地するのであれば、その瞬間に弾けるのですが……」

 

 法師ウレンは申し訳なさそうに告げる。

 中空に浮いていても弾く、もしくは、ライセル小国の領地の空間内には転移で入り込めない、そういう対処が必要なのだろう。

 

「でも、堕天翼の場所がわかるだけマシですよね」

 

 その花から、今は何の情報も来ないが、場所だけは示し続けている。転移城を捨ててしまえば、さすがに居場所は分からなくなるが、転移ができるような特殊な城を捨てるとは考えがたい気がする。

 

「聖なる花の対処だろうね」

 

 ルードランは思案気に呟いた。

 東のほうに、聖なる品への対応が可能な者でも見つけたのだろうか。

 堕天翼の転移城が戻ってくる前に、何度も暗黒の森との往復が必要となるソーチェの浄化を、少しでも進めておきたいとマティマナは考えていた。

 

 


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