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堕天翼に咲く聖なる花

「オレのために、なにができる?」

 

 転移で逃がすつもりがないのか、マティマナがどこかと連絡を取っていることを気にする様子もなくバシオンは訊く。ただ、広間に咲いた触媒細工の花を、ずっと睨みつけている。

 

 早く……っ!

 早く転移させて! と、心の声をディアートの空間へと響かせた。

 

「なにも! なにもできません! しません!」

 

 バシオンへは、毅然と告げる。だが、転移できないことで、マティマナはかなり動揺していた。

 もしかして、わたしがさらわれたって、誰も気づいてないの?

 そうしたら、どうやって逃げよう?

 

 マティマナは間違いなくディアートの喋翅空間にいる。だが堕天翼の力が影響して、空間からの転移が効かないのだろうか?

 

「ふたりとも、逃がしはしない」

 

 バシオンは唸る声で空気を震わせると、黒い闇のような翼が拡がりマティマナと抱きついてきているソーチェという名らしき少女を包み込もうとしている。

 ルーさま! ルーさま、助けてっ! ディアートの空間のなかでルードランの気配を探した。

 

『マティマナ、見つけた!』

 

 ルードランの声。

 

『お義姉(ねえ)さま、今直ぐに!』

 

 続くギノバマリサの声。

 包み込む闇を弾くように、広間に咲いた一輪の触媒細工の花が聖なる光を放つ――。

 光に包まれながら、光を目印にしたように転移の力が感じられた。

 

『――馬鹿な!』

 

 本来なら転移城からは転移で逃げられないらしい。触媒細工の花から繋がる光の筋が、バシオンの思念めいたものをマティマナに伝えていた。

 

「手間取って申し訳ございません。私の力では、王妃様のみしか転移させられず……」

「やっぱり、バシオンの力は不浄なものなのですね」

 

 工房の床にマティマナは黒い羽の少女に抱きつかれたままへたりこみ、呟いた。

 

「良かった……。マティマナは喋翅空間にいるのはわかるのに、場所が分からないとは……。でも聖なる光と共に、マティマナの声が聞こえてきたよ」

 

 ルードランは心底安堵した表情で呟き、しゃがみ込んでマティマナの手を取る。

 

「マリサ、ありがとう。助かりました」

 

 ホッとした声で告げるものの、立ち上がれない。

 

「メリッサが庭園に散らばる花を見つけて知らせてくれたのだけど、ずっと場所が分からなくてね」

 

 かなり心配を掛けてしまったようだ。

 

「ライセル城に堕天翼の間者が入り込んでいたみたい……一瞬で連れ去られてしまって……」

 

 マティマナは、そう説明するだけで精一杯だ。

 

「途中で、急に、マティマナの声が聞こえるようになった。何をしたんだい?」

「花が一輪。急に触媒細工が始まって……今も、堕天翼の転移城の広間に咲いてます」

 

 あれは、片づけられないだろう。

 

「ところで、その子は?」

 

 マティマナに抱きついたまま朦朧(もうろう)としている少女へと視線を向け、ルードランが訊く。

 

「……ソーチェですか?」

 

 工房に来ていたジュノエレが瞠目(どうもく)しながら訊く。

 

「ああっ、ジュノエレ様! そうです。ソーチェです。こんな羽になってしまいましたが」

 

 ソーチェはジュノエレの姿を確認し、そして自らの姿が変わってしまったことを、急激に意識したのだろう。嘆きながら、泣き始めた。闇のような黒い翼が煙のように揺らぐ。

 

「バシオンの所から逃げたいと言ってました。あ、きっと、元に戻せますよ? 少し刻は必要かもしれませんが」

 

 ルードランに告げた後、マティマナはソーチェに向けて言う。マティマナに触れられるから、黒い羽に変わっているけれどソーチェは不浄ではないのだと思う。

 薬や催眠は染みついているだろうが、自らの意志でマティマナに助けを求めてきた。

 ソーチェの首には、黒い繊細な飾りのような首枷がつけられている。そういえばバシオンはマティマナにもつけようとしていたが、消滅した。

 

「ぁぁっ、ぁっ、でも……わたし、バシオンに命じられるままに悪事を……」

 

 ソーチェは泣き声で告白するように告げた。何人も天空人を引き込んでしまった、と。

 

「操られていたのだろう? 君のせいじゃない」

 

 ジュノエレが慰めるように囁いた。

 

「ちょっと失礼するわね」

 

 マティマナは一言告げてから、首の飾りのような首枷に触れてみる。

 ふわわっ、と、マティマナの指先から雑用魔法のきらめきが枷を包み込み、やがて激しく発光するとパシィッと消えた。

 

「枷が……っ! ああっ、何をしても外せなかったのに! 皆、これのせいで、バシオンの言いなりになってしまうのです」

 

 驚きに涙が止まった様子で、ソーチェは歓喜めいた声をあげた。マティマナにしがみつく手を離し、首に触れ驚きと喜びの表情を交互に浮かべている。

 

「わたしにも、飛ばしてきたのですけど。消えたので。天空人につけられた首枷は、雑用魔法で消せますね」

「堕天翼の転移城は、どこに居たのだろうね? マティマナの触媒細工がなかったら、危なかったよ」

 

 分からなくてもマティマナを目指して飛ぼうと思っていたけれど、と、ルードランはしみじみと呟く。

 異界で囚われたときも、ルードランはマティマナの場所へと転移してきた。きっと、不可能ではないのだろう。だが、今は、随分と頼もしい仲間たちがいる。

 

「あら? ええと、転移城の場所……視えてます……。わたしの触媒細工の花が、広間に突きささって咲いていますから」

 

 でも、わたし……座標というのがわからないの、と、申し訳なく小さい声で呟く。

 声を聞きつけたルードランがマティマナを抱きしめてきた。

 あああっ、皆さん、お揃いなのに……っ!

 

「視えた! 本当だ。広間に、聖なる花が光を放っているのが視えているよ。座標は、今はライセル領の外れだ。領地に入り込んでいる」

 

 ルードランが読み取って空間に放ったので、法師のウレンも場所が分かったようだ。

 ディアートの喋翅空間に座標の情報があふれた。

 

「視えた! 真っ黒な城だ。中空に浮いているぞ」

 

 空鏡の魔石で座標を確認したのだろう。喋翅空間のなかに、バザックスからの外観の映像が展開する。

 

「こんな場所にいたのね、わたし……」

 

 マティマナは、広間しか見ていないので意外な景色だ。広間は黒くはなく、比較的普通な城の広間めいていた。そのせいで、バシオンの黒い翼、黒い気配は際立っていたが。

 

 黒い城は、禍々(まがまが)しい気配がタップリと漂い、領地にいると思うだけで寒気がする。天空城のように高い位置ではなく、低い位置に浮く黒い城。好きな場所に城ごと転移してしまうのは困りものだ。

 

「接地していないとは、厄介です」

 

 ウレンは難しい表情をしている。

 

「ライセル小国から弾くには、どうしたら良いのでしょう?」

「方策を練らねばならないだろうね。こんな前例はない……」

「城というのが、問題ですかね」

「マティマナの花が、転移城を滅ぼしてくれるかもしれないよ?」

 

 ルードランの言葉に、マティマナは頷いた。

 敵の本拠地に計らずも入り込むこととなり、聖なる花を触媒細工で咲かせることができたのは、きっと僥倖だ。

 ただ、バシオンの怒りの矛先が、天空人からライセル小国へと向けられつつあるのを、マティマナは感じとっていた。

 

 


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