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拐われたマティマナ

 暗黒の森からの拾得物には、意外なものが混じっていた。

 細かい鑑定が必要なので、今はダウゼに預かって貰っている。地中だから土に由来する品が出てくるとばかり思っていたのだが、実際には遺跡なりの痕跡のためか色々出た。

 

 鳥の羽らしきも多い。聖獣や神獣からものらしき羽や鱗、髭。

 特に興味深いのは、種だ。種は、土のなかにあっても不思議はないが、通常の品ではない妖精界や異界のものらしき種や、魔法で造られた種なども混じっていた。

 

 素材にもなりそうだが、そのまま魔道具になりそうな品もある。宝石や宝飾品、金貨のたぐいだ。

 そんなものが、ざくざくと籠に入っているのだから驚く。

 

 

 マティマナは鑑定待ちの間、素材を求めて庭園に出た。

 季節は、すっかり一巡り。晩春の花が咲き乱れ、もうすぐルードランと出逢って一年。平穏もあるが、どちらかといえば怒涛のような日々が続いている。

 

 一度は呪いや死霊の邪に蹂躙(じゅうりん)された庭園も、すっかり綺麗だ。魔法の力も働くので、冬場も花が咲いていた。

 異界からの花、貿易船で運ばれてくる花、ライセル城はいつも花に満ちている。

 温室のように温度管理された魔法の小屋での花作りもしていた。

 

「今後は空で闘うことも、あり得るのよね?」

 

 マティマナは独り言ち空を見上げる。ライセル城の庭園から見る空は、魔法がかっているように美しい。

 地上、海中、そして空。

 それぞれ精鋭隊を作ろうと、ルードランは言っている。バザックスやエヴラールも、だいたい同意見のようだ。

 

 リジャンと雅狼は、ログス家の守りとしても、全てに対応可能になっていてほしい。

 

 空を飛ぶための魔法具だけでなく、専用の防具と武器も空中戦用に必要になるだろう。

 

しおれてしまう前に、素材にしますね」

 

 マティマナは花へと語り掛けるようにしながら、丁寧に摘んで行く。乾燥室に運ぶ素材用なので、花瓶に活けるのとは少し違った選択になった。

 

 普段、花などの素材は侍女たちやメリッサに任せている。

 だが、拾得物を得たことで対応して必要となってくる花が、なんとなくわかってしまい、どうしてもマティマナ自身が選定する必要に迫られていたのだ。

 

 

 

 ――不意に、何者かに抱きつかれた。というか、手で口を塞がれ、もう片方の手に捕らえられた状態で転移されてしまったようだ。

 

 

 

 ここ、どこ?

 抱きつかれた、と思った瞬間には転移され、次の瞬間には広間のようなところに放り出されていた。マティマナは、周囲を見回す。

 

 広い部屋の真ん中に、マティマナは独りだ。広間の奥、一段高くなったところに玉座めいた大袈裟な装飾の椅子があり、男らしきが横柄そうな気配を漂わせながら座っている。短めな黒い髪、射るような青い眼。

 そして――黒い翼。

 椅子の造りを無視するように、黒い翼は巨大に拡がっている。

 

 こんな翼は、たぶん堕天翼のおさバシオンだろう。転移城?

 

 マティマナの首を目掛けて枷のようなものが宙を飛んでくる。だが枷らしきは、マティマナに触れると消滅した。いや、触れる前に消滅した。

 

「お前は、何者なのだ?」

 

 威厳というよりも、脅す響きの声が訊いた。正体を知らずにさらったらしい。

 名乗るべきか、正体など明かさないほうが良いのか、マティマナは逡巡(しゅんじゅん)していた。

 

「知らずに拐うなんて。目的は何なのでしょう?」

 

 マティマナは、刻を稼ぐように訊く。

 

 素材を庭園で採取していたときに拐われた。マティマナが摘んでいた花は、一輪だけくっついてきているが、他はちまけた状態だろう。すぐに誰かがマティマナが居なくなったと気づく。気づいてくれると良い。

 だが、転移されてしまったからマティマナの痕跡を追うことは難しいに違いない。天空人は転移ができないらしいから、天空人ではない転移のできる手下がいるということだ。

 

 影のようなものが、バシオンらしき者の背後で渦巻いた。

 

「王妃? これは、傑作だ! 王妃がなぜ侍女のするような仕事をしていたのだ?」

 

 誰かが調べて告げたのだろう。黒い羽を揺らし豪快にわらっている。

 

「堕天翼のバシオンさん、ですか?」

 

 正体がバレてしまったからには、できる限りの情報を聞き出すほうが良い。

 人質になりそうな侍女を拐わせた、ということだろうか? 確かに、普通は王妃が庭園の世話などしない。

 

「おや、名を知ってくれているとは光栄だね」

 

 否定しないとなれば、やはり、ここは転移城の中だ。幸い、マティマナが確認する限り、ディアートの空間から弾き出されてはいなかった。が、それを気づかれると何かと拙い。

 

「では、ここは転移城?」

「そうだ。素晴らしい城だろう?」

 

 マティマナの身体は、ずっと雑用魔法のきらきらに包まれていた。バシオンには見えないかもしれない。ただ聖なるきらめきが途切れず包み込んでくれている辺り、ヤバい場所だ。長居はダメだろう。

 

「素晴らしい? けがれた場所です、ここは。それに、何てヘンな香り……」

 

 それでも、とんでもない事態になってしまったが、マティマナは何か手がかり的なものがほしいと思っていた。手早く。ディアートの空間越しの転移は、たぶん有効だろうから。転移城に入れてしまったからには何か、を得たい。

 

「ふん。媚薬も効かねぇか」

 

 匂いの元は、媚薬らしい。匂いは感じられていたが、媚薬と枷、どちらもマティマナには届かないようだ。

 

「どうやって、ライセル城の敷地に入り込んだのですか?」

 

 堕天翼の手先らしきは、穢れや敵認定されていないまでも通行許可のない者たちだ。どうやって入り込んだのだろう? 気掛かりだ。

 

「お助けください」

 

 不意に黒い翼を持つ少女めいた者が、マティマナへと舞うようにして駆け寄ってきた。

 

「もう、嫌です。バシオンには、とても従い続けられません」

 

 拐われ黒い翼になれば堕天と呼ばれ持てはやされるのだったかしら?

 特殊な薬漬け。媚薬? 麻薬? 怪しげな薬と首枷で操る。バシオンの言葉が全て。従うことが喜び。薬と魔法でそうしつけられる……と聞いたような?

 

「あなたは?」

「お願い、すぐに連れて逃げて! 逃げられなくなる前に」

 

 マティマナに抱きつきながら、黒い翼の少女は懇願している。

 あら、この子は、わたしに触れられるのね……。こんなに雑用魔法というか聖なる魔法で包まれているのに……。

 拐った者も、一瞬ではあったがマティマナに触れてはいたが、その時は雑用魔法は使っていなかった。それに、たぶん、拐ったのは翼のない者なのだろう。

 

「ソーチェ、裏切る気か?」

 

 怒りにか、黒い焔が燃え立つように翼が揺らぐ。

 拙いわね、逃げなくちゃ。

 そう思った瞬間にマティマナの触媒細工が、手にしていた花一輪を通じ転移城の床を焦がすように細工した。

 

「何をした?」

 

 バシオンが異様な声で唸る。

 

「誰か、わたしと、この子を転移させて。転移城です!」

 

 マティマナは、ディアートの喋翅空間へと声を響かせた。

 

 


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