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呪いの運び屋

 回収した呪いの品に魔法を浴びせる日課が増えた。

 法師の部屋へと訪れ、魔法の布に包んだままの呪いの品へと魔法を振りかける。

 ルードランが合流することも多かった。

 

 と、不意に小さな呪いの気配が、あちこちに在ることに気づいてマティマナは焦った。

 

「小さな、凄く小さな、呪いのカケラが城の敷地内を移動してます! しかもたくさん!」

 

 蒼白になって法師とルードランに告げる。いつの間に、こんな事態になっていたのだろう? しかし、撒いた魔法の乱れがなければ気づけないほどの小ささだ。

 ルードランはすかさずマティマナの手を取って歩き始めた。後ろから部屋の戸締まりを済ませた法師が追いかけてくる。

 

「どの辺りにいる? 一番、近いところから回収しよう」

 

 ルードランは歩きながらマティマナに訊く。小さな呪いに意識を集中させるのは結構大変だ。だが、ただカケラを付けた者の動きが増えると撒いた魔法が乱れるので徐々に分かりやすくなっている。

 

「城の敷地にも居ますが、ほとんどが主城に散らばってますね。あ、すぐ近くにひとつあります」

 

 気配へと向かうと、侍女がボーッと廊下を歩いていた。

 マティマナは侍女へと魔法を浴びせ掛けた。マティマナの瞳にはきらきら光って見える魔法が、侍女に掛かると背で燐光めいた炎が出たように見えた。呪いの気配だ。寄って見れば、小さな棘に似た呪いのカケラがついている。

 

 ルードランが侍女の肩を掴んで歩くのを留めている間に、マティマナは魔法の布越しに、侍女服の背に刺さっていた小さな棘を抜く。続けて呪いの影響を洗い流すように、温泉みたいと言われた魔法を数回浴びせかけた。

 

「あら? 私、一体何をしていたのかしら?」

 

 侍女はハッと我に返ったような表情となり、きょろきょろと回りを見回す。ルードランとマティマナの姿を見て恐縮した表情だが、事態は何も理解していなさそうだ。

 詰問しても何も得られなさそうなので、ルードランは侍女を下がらせた。

 

「どこに、何をしに行こうとしていたのでしょう?」

「たくさん動いているって、言ったね? 攪乱している間に、どこかに呪いの大元を仕掛けるつもりかもしれない」

 

 ルードランは思案気にしながら呟く。マティマナはたくさんのカケラの位置を把握しようと、魔法の乱れを視るのに集中した。

 

「あ、急に、大きな呪いが動きだしました! 当主さまの部屋近くです!」

「多分、それだ!」

「急ぎましょう」

 

 話の内容を聞きつけた法師が、三人まとめて当主の部屋の前へと転移させてくれた。

 盆に飲み物を乗せた侍女が、当主の部屋へ入ろうとしている寸前だった。

 侍女はやはりボーッとしている。ルードランが侍女の肩を掴んで動きを留めてくれる。動きを留められても、侍女は暴れたりはしなかった。

 

「ああっ、この飲み物、呪いです!」

 

 誰かが持ち込んだ形跡はなかったのに、呪いの飲み物が運ばれている。器から呪いの邪気が湯気のようにあふれていた。

 マティマナは急いで魔法の布で器ごと包み込んだ。法師がすかさず受け取ってくれる。マティマナは侍女に魔法を掛けてカケラを探す。きらきらの魔法を浴びて、燐光めく不吉な炎が背から上がった。

 

「あ、やはり背中だね」

 

 炎が上がるように見えるから、ルードランには分かるようだ。

 マティマナは魔法の布越しに侍女の背から呪いの小さな棘を抜いた。同じように続けて魔法を浴びせかけた。ハッとした後で、混乱して要領を得ない侍女は、ルードランが自室へと下がらせた。

 

「呪いの位置、全部視えてますよね? マティマナ様の頭のなかを、ちょっと覗かせてください」

 

 状況の悪さに焦燥した様子で、法師が訊いてくる。

 

「はい。どうぞ! 視えてます! 移動している方々を留められると良いんですけど」

 

 緊急時ではあるし黙って覗いてくれても構わなかったのだが、心使いに感謝しつつ了承した。頭の中の、敷地と主城に撒いた魔法が小さな呪いで乱されている状態を視てもらった。撒いた魔法で立体的な地図のように視えるはずだ。

 

「よし。呪いがついている者の動きは留めた。端から回収していきましょう」

 

 法師は言いながら三人まとめて順番に転移させてくれている。場所が分かっているし、侍女や使用人の動きは止まっていた。

 マティマナは魔法を掛け、炎を上げる呪いの棘を抜いた。

 皆、棘を抜いて魔法を浴びせると、ハッと我に返るが、誰も何も憶えてはいない。

 

「これで、最後のひとりですね」

 

 最後の呪いの棘を付けていたのは、城の入り口近くで来客対応することの多い侍女だった。

 

「あら? わたし、一体……何を? 城の入り口で……イハナ家の次女さまから用事を伺っていたはずなのですが……」

 

 呪いの棘を抜いて魔法を振りかけると、侍女は頭をふらつかせながら呟き、思い出そうとしている。

 

「イハナ家の次女が来訪していたんだ?」

 

 ルードランが驚いたように訊き返す。

 

「はい。誰かを呼ぶように言われたのですが。申し訳ございません。そこから記憶が途絶えています」

 

 イハナ家の次女が来訪し、この侍女に呪いの棘を付けてばら撒かせた?

 棘を付けた者は、皆、操られているような状態になっていた。

 

 

 

 門番は、イハナ家の次女を受け付けして通していた。イハナ家から派遣している侍女に差し入れという名目だったらしい。イハナ家から送り込まれていた侍女は、泳がせているニケアだった。

 

 ニケアは、調査によるとイハナ家の遠縁ながら親族らしい。

 だが、今回、ニケアはイハナ家の次女に呼ばれていないし、品も渡された形跡はない。マティマナがニケアにこっそり仕掛け続けている魔法は呪いで乱されてもいない。

 

「城壁の内側の呪いを回収してしまったから、違う手段で行動するようになったのでしょうか?」

 

 随分と派手な手段に出たものだとマティマナは思ったが、ケイチェルの妹が棘をばら撒いた証拠はない。侍女の記憶が途中から途絶えただけで、イハナ家の次女を捕らえるわけにもいかない。

 呪いの品を届けに来たザクレスが牢に入れられたので、用心して方法を変えたのだろうか?

 どのくらいならバレないか、ザクレスを使って確かめようとしたのかもしれない。

 

「ライセル家の当主に呪いを仕掛けようとするとは大胆過ぎるよ。マティマナのお陰で助かった」

 

 ルードランは心底安堵した様子で呟いた。

 

 

 

 法師が調べた報告によると、当主へと運ばれる途中だった飲み物は乗っ取り用の呪いだったらしい。

 

「飲んでいたら、身体を乗っ取られてしまったのですか?」

 

 マティマナは真っ青になり、法師へと訊いた。

 

「そうなりますね」

 

「乗っ取ろうとしているのは、ロガ本人……なんでしょうか?」

 

 呪いのカケラの移動に少しでも気づくのが遅れていたら、ライセル家の当主の身体が、悪魔憑きのロガ側の誰かに乗っ取られていた。ロガ本人かもしれない。

 ルードランの身体をザクレスに乗っ取らせるような企みもあったようだが、ザクレスは今は牢のなかだ。もっとも仲間として働かせるために、そんな口約束をしただけかもしれない。

 

「ライセル家の誰かの身体を乗っ取れるなら、ロガ本人の可能性が高いだろうね」

 

 ルードランは何とか危機を回避できたものの、狙われているのが自分だけではない事実に、厳しい表情になっている。

 

「当主さまが別人に替わってしまったら、誰でも気づくと思うんですけど?」

 

 なのに乗っ取ってどうするんだろう? と、マティマナは不思議でならない。

 

「気づいた者を端から殺すつもりだろうね」

 

 ルードランは低く呟く。マティマナは、心の中で、ひっ! と、悲鳴を上げた。相手は、殺すことを何とも思わない悪魔憑きだ。ライセル家の他の面々を端から殺してしまうつもりかもしれない。そうすれば、城ごと領地ごと乗っ取れてしまう。

 

「なんとか、乗っ取りという意味合いも含めて、侵入を防がねばなりません」

 

 法師は決意めいた表情で告げた。

 

 


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