エヴラールの魔石
ライセル小国の領地に入った途端、今まで天空城を攻撃していた者たちは着いてこれなくなっている。
バザックスの空鏡の弾や、ウレンの攻撃、ルードランの防御へと攻撃を当てた者たちは敵認定されたようだ。
「きっと、もっとルルジェの中心近くまで移動したほうが良いですよね?」
マティマナは追っ手が居なくなったことにホッと一安心したものの、まだ完全に堕天翼の者たちの魔法を浄化できたわけではないことを危惧している。
「浄化の続きは後日にしよう。位置の指示は、できるかい?」
喋翅空間越しに、ルードランはジュノエレへと訊いている。まだ、移動する天空城と併走するように移動しながらだ。法師も、少し後ろの宙をついてきている。
「魔法の手紙的なもので、遣り取りができます。今の城は、一度でてしまうと戻れない形になっていますので、当面は誰も降りてはこないでしょう」
それに恐らく堕天翼の配下がライセル小国に送り込まれています、と、言葉が足された。
「都の真上では騒ぎになるかもしれないね」
ルードランは位置に関しては思案気にしている。
「神獣と同じで、たいていの者からは天空城は見えません。ただ、都の中心のほうが堕天翼が入り込みやすそうです」
なかなか位置決めも大変そうだ。
どこなら安全かしら?
マティマナは思案する。
「あ、復元した神殿の上空あたりはどうでしょう?」
マティマナは、神殿の護りもいることを思い出し提案してみた。
神殿の周囲も特殊な場所だから、堕天翼のような者たちは入り込みにくいのではないだろうか?
「それは良いかもしれないね。人家はほとんどないし、護りは強いだろうから」
ルードランはマティマナの言葉に賛同し、ジュノエレへと魔法的な座標を教えている。ジュノエレは、直ぐに天空城へと魔法の知らせを送ったようだ。
天空城が、指定の座標を目指して移動を始めたことを確認すると、法師はマティマナとルードランを連れて主城へと戻った。
「ありがとうございます! 堕天翼の動きを確認してからですが、城を出入り可能にするとのことです。ただ、少々手間取るとは思います」
ジュノエレは申し訳なさそうな表情だ。堕天翼がライセル小国の領地内に出入りできるうちは、天空城を出入り可能にはできないのだろう。
「堕天翼の転移する城は、ライセル小国の領地に入れますか?」
マティマナにとっては、最も気掛かりなことだった。
「既に入っている可能性もあります」
不本意そうに力なくジュノエレは呟いた。光輝くような翼も、凋れたような動きをする。
「ライセル小国の領地は広いです。都の中心は護りが強いですが、堕天翼からライセル小国が直接的な被害を受けていない現状では、特定できず転移を弾くことも難しいでしょう」
法師ウレンも困惑顔だ。天空城を包囲する羽のある者たちと戦闘になってはいたが、ライセル小国が攻撃されたわけではなく、また、本体も不明では特定のしようもない。
「聖邪の循環ができませんでしたから、堕天翼の方々の使う魔法は、呪いや邪悪とは違うのですね」
マティマナは不思議に思っていたことを訊いた。
「催眠のような効果に近いのです。皆、操られ、言いなりになってしまいます」
麻薬漬けと、天空人専用の特殊な首枷、と前に言っていたが、それに催眠的な効果も加わるようだ。
催眠?
マティマナは首を傾げる。
「しみ抜きの雑用魔法が効いているのが不思議ですね。催眠のような魔法は、天空人の方以外にも効くのですか?」
天空城を浄化していたときは、ルードランの防御が弾いていたし、ウレンは悉く攻撃を除けていた。
「天空人ほどではないですが、効くでしょう。なかなか解けないので厄介です」
「ジュノさんも、催眠の攻撃を受けていたのですか?」
「そうです。抵抗したので、翼も身体もボロボロになってしまいました」
普通の怪我ではないからか、治癒ではなく、しみ抜きの雑用魔法が効いたようだが、なぜ効くのかは謎というか不思議だ。ジュノエレに逢ったとき、自動的にしみ抜きの雑用魔法があふれていった。
「天空城自体も、操られて移動できなくなりつつあったのかい?」
「恐らく……」
移動するとはいえ城のようなものまで操るとなると、かなり厄介な魔法だ。
堕天翼を相手にする際の防御的な魔法具としては、しみ抜きの雑用魔法が混じるようなものが良いかもしれない。
ジュノエレには客間が用意された。
エヴラールは、法師の転移で送られる直前に、マティマナへと魔石の箱を返却している。
「三つ、魔石を借り受けている。もうしばらく検討させてくれ」
全部試したのか、それでも三つまで絞り込むことができたようだ。
「お役に立てそうですか?」
つい気になって訊いてしまう。
エヴラールは口の端に笑みを浮かべた。
「魔石は興味深い。海洋以外では、久しぶりに研究してみたいという気にさせてくれている」
皮肉を返されるかとマティマナは若干身構えていたが、エヴラールは楽しそうだ。
「それは良かったです! あ、魔石、ひとつに絞る必要ないですよ? 三つ全部お使いになれば宜しいかと……」
マティマナは念のために告げた。
「そうなのか? それは驚きだが。いくつも使って良いものなのか」
少し安心したような声でエヴラールは呟いている。
「複数使うことで、魔石同士の連動もあるらしいと言われています。ぜひお試しください」
工房の棚に置いておいても仕方ない。
「ひとつは、ごく普通に『転移の魔石』らしい。残りふたつが、『夜叉の魔石』と『闇煌の魔石』と名乗っているが、全く謎のままだ。実に興味深い」
エヴラールは謎だと言いながら、何気に弾んだ声だ。
転移は、エヴラールのように、あちこち動き回る者にとっては不可欠だろう。転移の技を使って移動させてもらうことが増えているから便利さは身に染みているのかもしれない。
「『夜叉の魔石』と『闇煌の魔石』ですか……。とても、不思議そうな気配です」
マティマナの言葉にエヴラールは頷いた。
「本来であれば、どちらも邪悪に属する魔石らしいのだがね。進化の過程で特殊な変化をするとか? 海洋に関する何かが鍵のようなことを言っていた」
謎だと言いながら、魔石とかなり会話をしているらしい。何気に訊きだし上手な感じがした。
「それは博士にピッタリな魔石ですね! ぜひ、三つともご所持なさって進化させてください」
今までに聞いたことのないような魔法を、エヴラールが使うようになるのかと思うと頼もしい。
危険そうな気配がなくもないが、エヴラールならば使いこなせるに違いない。
「ああ。それは助かる」
そんなような会話の後で、エヴラールは海の近くの邸へと帰って行った。






