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堕ちた天空人

 気のせいではなかった。

 すぐに巨大な鳥かと思ったのは、人の姿に似た大きな翼を持つ者であると分かる。よろよろと、手負いでもあるかのような飛びかただ。

 マティマナは、一瞬、その光るような水色の視線と眼が合った。

 

 パアアアッと、羽のある者の表情が輝いたように見える。ばさりと大きく翼を拡げ、そしてマティマナとルードランの居る塔の最上階を目指すように飛び込んできて床に転がった。翼は一部、折れたように捻じ曲がっている。欠けてボロボロになった部分もあった。

 

「助けて……ください……」

 

 青年らしき声。ちゃんと言葉は通じている。

 瀕死のように見えるのは、何かの魔法の攻撃を受けたからだ。マティマナがなんとなくそう直感した途端(とたん)、雑用魔法が大量にあふれて翼のある者を包み込んだ。

 温泉効果のあるらしき、しみ抜きの魔法。

 

「あ……わたし、治癒はできないのだけど」

「これは……なんと、すばらしい聖なる力……」

 

 床にくずおれていた翼のある青年らしきは、ふわ、と、上体を起こし心地好さそうに魔法を浴びていた。マティマナからは、途切れずに雑用魔法が注がれている。

 かなりの量を注いだらしく、ルードランの聖域からの補充で魔気が流れ込んできた。そういえば、手を繋いでいる。

 

「よくライセル城の結界のなかに入れたね」

 

 マティマナの魔法が止まると、ルードランは翼のある青年らしきに声を掛けた。

 確かに。ライセル城の上空は、神獣も入り込めず迂回(うかい)する。

 

「はい。この城には、空鏡の魔石をご利用の方がいらっしゃいますから。それを追って参りました」

 

 翼のある青年らしきは、蹌踉(よろ)けながらも立ち上がり丁寧な礼をする。折れたような翼は綺麗に直ったようで、美しく拡がっていた。短めの明るい金髪に光るような水色の眼。細身の身体で、手足も細く長く見える。少し変わったピッタリ目の衣装を身に纏っている。

 翼は光のような感じなのだろうか? 衣装が邪魔になることはないようだ。

 

「バズさんの魔石をご存じなのですね?」

「空鏡の魔石は、元々、我ら天空人の由来なのです」

 

 空鏡の魔石が、ライセル城の敷地の中にあることで、入ることができたらしい。

 

「天空人? 天使ではないのかい?」

 

 ルードランが訊く。天人、天使。確かに、そういう存在に見える。

 

「さまざまな形の翼を持つ種族ですが、天空城に住む者は天使ではありません。ずっと人に近いような存在です。私は、ジュノエレ。ジュノとお呼びください。天空城よりの使者としてライセル小国へ救援依頼です」

 

 ジュノエレと名乗る天空人は、すがるような視線をふたりへと向けてきた。

 天空城というからには、空に浮かぶ城があるのだろう。どこにあるのか、近くはないと思う。そして、ライセル城を目指す間に、なんらか負傷した――。

 

「僕は、ルードラン・ライセル。彼女はマティマナ・ライセル。一応、王と王妃だよ」

 

 ルードランは名乗り、マティマナのことも紹介してくれた。王と王妃、と聞いてジュノエレの水色の眼は、安堵めく光を宿した。本来、一気に直接、お目通り、とはいかないものだとは思う。

 

「ジュノさんは魔法の攻撃を……受けたのですか?」

 

 マティマナは少し首を傾げて訊いた。雑用魔法では治癒はできない。しかし雑用魔法でジュノエレは回復したように見えるから、たぶん良くない魔法を浄化したに違いない。

 

「堕天翼……という翼狩集団がいるのです。彼らは猟り人(ハンター)と名乗り……天空人を付け狙いさらいます。天空人にとって害悪な魔法、捕らえるのに適した異様な魔法や飛び道具を駆使する厄介な存在です」

 

 今まで救援依頼のために旅立った者は、皆、堕天翼に拐われてしまいました、と、言葉が足された。

 

「天空人を拐って、どうするのだろう?」

 

 ルードランは少し眉根を寄せながら訊く。

 

「特別な使役により翼色を変えさせられたり、翼を奪われたり。その後は、遊郭などに売られているようです」

 

 悲痛な表情でジュノエレは応えた。惨状が目に浮かぶようで、マティマナは心の中で悲鳴を上げる。

 

「それは……遊郭に売るのが目的というわけではないのだね?」

 

 ルードランの言葉にジュノエレは頷いた。遊郭に売るのが目的ではないとすると、翼の色を変えさせたり翼を奪う、そのことが目的ということだろう。

 

「……なんのために、そんな酷いことを……」

 

 眼の前のジュノエレの美しく拡げられた翼を思うに、それを奪うことなど信じがたい。何より翼を奪われて無事でいられるのだろうか?

 

「堕天翼のおさバシオンは、漆黒の羽をもつ堕ちた天空人。元天空人なのです。天空人を憎み、天空人を捕らえてはオモチャにし、壊れれば男女問わず遊郭に……。現状の天空城は、常に彼らに包囲され、籠城状態なのです」

 

 ライセル城に救援依頼……。だが、助けようにも天空城は、たぶん空の上。

 

「堕天翼の者たちも、空を飛べるのかい?」

 

 確認するようにルードランは訊く。

 

「飛ぶ者もいます。地上に降りてきた天空人を付け狙う専任もいます。追跡者たちが、どのように天空人を認識しているかは謎なのです」

 

 肩を落としたように告げるジュノエレは、それでも救援依頼のためにライセル城に辿り着けたことは奇跡的なことらしく、喜んでいる様子だった。

 

『兄上、義姉上(あねうえ)、無事か?』

 

 ディアートの喋翅空間越しに、バザックスの声が響いてきた。

 空鏡が、異変を察したに違いない。

 

「無事だよ。心配ない。空からの救援依頼だ」

「どなたか、ジュノさんごと広間あたりに転移させてください」

 

 マティマナは主城の中に入ったほうが安全に思えて提案した。法師か、ギノバマリサが空間にいれば可能だろう。

 

 

 

 広間に転移させてくれたのは法師だった。法師は、マティマナとルードランの希望に応じ、バザックスにギノバマリサ、そしてエヴラールも転移で呼び寄せてくれている。

 

「天空城は、今、どの辺りにいるのでしょう?」

 

 極秘かもしれないが、マティマナは一応、訊いてみた。

 

「ルルジェ近くに差し掛かっています。まだ、ライセル小国の領地には入っていません。許可がなければ入れません故」

 

 そういう意味でも、救援依頼のための人材がライセル城にたどり着く必要があったのだろう。

 

「許可は今出すよ。できるだけ早く、領地上空に来ると良い。それと、救援依頼、具体的にはどのようなものだろう?」

 

 ルードランは許可すると告げ、その後に問いを向けた。

 ライセル小国の王としての魔法的な許可であるから、即座に効力を発揮するはずだ。

 

「有り難く。……ライセル小国の領地上空というわけにはいかないでしょうが、ライセル小国の護りの範囲内のどこかに天空城が浮遊する許可が頂ければ。その上で堕天翼の者たちが、ライセル小国の領地に入れないようになることが望みです」

 

 ジュノエレは静かな口調で告げた。

 

「遊郭に売られてしまった方々は?」

 

 マティマナは思わず訊いた。助け出さねばならないと強く思う。

 

「天空城の安全を確保できれば、売られた者を助け出す人材を派遣できるようになります」

 

 あちこちに売られていますので地道ですし、助け出した後で浄化が必要ですが。と、言葉が足された。

 浄化は、たぶん、ジュノエレにかけた、しみ抜きの魔法が効くだろう。ただ、わずかに攻撃を受けただけで、膨大な聖なる魔気が必要だった。壊れるほどに魔法を浴びせられた者を浄化するのは時間がかかりそうだ。

 

「では、まずは天空城を」

 

 マティマナは呟いたが、どうすれば良いのかは全く分かっていなかった。

 

 


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