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塔の最上階での甘美な刻

 マティマナはルードランと一緒に塔へと上がった。

 互いの異なる公務が増えても、ふたりで過ごす刻は確保されている。寝室も一緒。

 それでも、やはり塔の最上階は特別で、ふたりのお気に入りの場所だ。

 

「ルーさま、愛してます!」

 

 魔法陣の転移で到着すると、マティマナの唇から不意に言葉があふれ出た。今日こそは、ルードランに先を越されないようにしたかったのだと思う。

 心の中は騒がしい。

 愛しています。大好きです。ずっと一緒にいたいです。ああ、でも、ままばかり言ってはダメよね。たくさん一緒にいてくださっているのに。でもでも……。

 

 手を繋いでいるし、一瞬のそんな思いも全部筒抜けに違いない。

 

「嬉しいな。僕も愛してるよ」

 

 繋いでいた手が離れたかと思うと、背側からギュと抱きしめられた。ルードランは、マティマナが塔からの眺めが好きなことを知っているから、視界を遮らないようにしてくれたようだ。

 マティマナは抱きしめ返せないかわりに、ルードランの腕へと指先を添える。

 髪へとキスが落とされる感触に、自然に吐息がこぼれた。

 

「ルーさま……嬉しいです。わたし、どんどん我が儘に……ルーさまをずっと独り占めしたくて……」

 

 声に出しているのか、心に囁きかけてしまっているのか、境目がわからなくなっている。愛してると、何度も響くルードランの声も、心から響く言葉も混じり在っている。

 

「ずっと腕のなかに閉じ込めておきたいよ……」

 

 吐息まじり甘美な響きのルードランの声。陶然としすぎて意識がくらむ。案外本気らしく、その思いの強さにも溺れてしまいそうだ。

 塔からの景色など疾っくに視界に入っていなかった。

 

 いつも手を繋ぎ、転移もするから頻繁に抱きしめ合う。互いの心が混じり合う甘美さも、いつもいつも味わっている。けれど、互いに、もっともっとほしいのだ。

 それが分かるから、擽ったくもあり、嬉しすぎ、そして更に知りたい。

 

 

 

 カルパム領主のリヒトは、王都・王宮では「とき彼方(かなた)」と呼ばれている。

 婚儀の際、第一王位継承者であるセリカナ王女が、そう呼んだそうだ。それを近くで聞いていた貴族たちはこぞってカルパム領主を「時の彼方」と呼び、その通り名は定着している。

 

 だが、なぜ「時の彼方」なのか、真の意味を知るものは少ない。

 ディアートは以前に、そんな話をしてくれた。

 

 セリカナの婚儀の際、巫女見習いとして神殿勤めをしていたディアートは、「時の彼方」を直接見ているし、【仙】である神殿巫女ルナシュフィから真実を聞かされている。

 彼は、一万二千年という遠い過去から、天人である九天玄女ジュヌライにより招かれた。特殊な封印を解くためだったそうだ。

 

 封印を解いた後も、元いた時代には戻らず、【仙】である大魔道師フランゾラムの弟子となった。カルパム領主となったのは、その直後らしい。

 

 そしてカルパムの都は、特殊な魔道師である領主リヒトの力とフランゾラムの助力により、急激に発展していった。今では、文化の発信地だ。

 

「不思議ですね。カルパムの発展をみると、一万二千年前の過去のほうが、どう考えても文明が進んでいます」

「そうだね。異界も凄かったけど、カルパムは全く別種の文明を取り入れている」

 

 その異様な先進性は、カルパム城へのわずかな滞在でも充分に感じ取ることができた。聖邪の循環をするため、カルパムを経由したり、その際にキーラがカルパム城の敷地内施設を案内してくれた際も、目新しいものばかりが視野へと入った。

 

 魔道的なものは、大魔道師フランゾラムの存在故に不思議はない。だが、カルパムには信じ難いものがあり過ぎた。

 

「カルパムの文化を、学びたいです」

「それは良いね。ライセル小国に取り入れたいものも多い」

 

 塔の上で、マティマナとルードランはさまざまに語り合っていた。言葉も話題も尽きず、忙し過ぎた後は特に互いの言葉を交わして確かめ合う。

 

 魔石持ち帰ったエヴラール。

 ディアートと、ウレンはずっと話し合いを続けているようだ。

 寄港した帆船に、鑑定士のダウゼが鑑定に通っている。

 ベリンダは竜宮船からの状況や希望などを書き送ってきていた。

 異界は平穏だ。

 慌ただしいときも、平穏なときも、季節は流れていった。

 

 

 マティマナは王妃になっても、何気に元の下級貴族であったときの庶民感覚が消えはしない。

 ライセル家の者として相応(ふさわ)しい魔法も所作も言葉遣いも踊りも、何もかも絶賛してもらえている。

 小国の王妃として申し分ないと今では誰もが言ってくれる。決して無理をしているわけではないし、一安心なのだが。

 

 しかし本質が変わったわけではないので、何かあれば王妃などという立場は忘れ真っ先に飛んで行きたくなる。

 

 ルードランは、ちゃんとその辺り分かってくれていた。マティマナが心の動きのままに行動できるように、周囲の状況を常に取り計らってくれる。

 

 さまざまな話をしながらルードランは腕を解き、塔の最上階で踊りに誘う。

 軽く、ゆるやかに踊り始める頃に、ようやく景色がマティマナの視野へと入ってきた。

 

「とても幸せです! 幸せすぎて……皆さんにたくさん分け与えなくては……です」

 

 怖い、という代わりにマティマナは、そう囁いてルードランへと笑みを向けた。

 

「それは妬いてしまうよ?」

「もちろん、ルーさまには、抱えきれないほどの幸せを……!」

 

 そう囁き、マティマナは踊りの途中で止まり、ルードランの背へと腕を回してギュと抱きついた。

 どきどきと鼓動が混じり合う。踊っていたからではないのは、分かっている。

 ぬくもりが心地好く、いつまでもずっとこうしていたい。

 

 心での囁きは、声に出ていたかもしれない。

 

「ルーさまと一緒でしたら、「暗黒の森」すらも、楽しい散歩です」

「僕も楽しいよ。マティマナが魔法で光輝いているから、ずっとれている」

 

 見蕩れているのは、わたしのほうです……。

 今も、ずっとルードランに釘付け。心も視線も、なにもかも。

 こんなに幸せで……とても幸せ。

 心はより高みを目指す。もっともっと皆にも幸せがあふれて届けられるように。

 困っている者を助けられるように。

 

 と、マティマナは、不思議な気配を感じた。ルードランに抱きついたまま、柱の合間から空を見上げる。

 

「あら?」

 

 マティマナは、何か光るもの? 巨大な鳥のようなものを見た気がした。

 

 


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