聖邪の循環を求めて
悩み深そうな表情ながら問題なく法術を使えているウレンの転移で、ライセル城へと戻った。
工房に入ったのだが、そこにはディアートが佇んでいた。
ウレンの気配が凍る。
今は誰も、ディアートの喋翅空間に入っていない。だが、招集可能なものたちの動きは、なんとなく察することができるのだろう。いや? いつの間にか姿を消していたエヴラールが、空間越しにか直接か何か告げたに違いない。
「ディア先生は、ウレンさんがライセル家の守りを続けてくれるとして、法師じゃなくなったら嫌ですか?」
ディアートの気持ちを知っているマティマナは、単刀直入に訊いた。さすがに魔道師とは言えなかったが。
「いいえ? ウレンさまが納得の行く職責を果たし続けられるなら、形になど拘りません」
ウレンは、ディアートにフラれた、と言っていたが。ディアートの言動からは、そんな風には感じられない。やはり、募る恋心は、互いに強いのだろう。
「良かった。じゃあ……」
ルードランは、じっくり話してと告げ、マティマナと手を繋いで歩きだす。
後は、ふたりで話し合うのが良い。先延ばしにしても何も良いことはない。
「何故、魔道師さんには悪事を働く者がいるのでしょう?」
ルードランとふたり歩きながら、マティマナは小さく呟いた。悪魔憑きのロガは魔道師だ。そういう事情からも、ウレンは魔道師という響きに抵抗感はあるに違いない。
「法師は悪いことを企んだら力を失う。巫女もそうだね。マティマナも、悪に染まれば力を失うかもしれない」
まあ、カルパムの大魔道師は呪いだと断言していたけれど、と言葉が足される。
「あ、魔道師さんは、悪事を働いても力が消えないのですね?」
「そう。でも、だからといって魔道師が全て悪い人なわけではないよ? 何者であっても、悪にも善にもなれる。法師や巫女も、たぶん」
「フランゾラムさまは、大迫力なのに良い方のようで嬉しいです」
「凄まじい魔気量のようだったね。僕からも判定がつかないほどだ」
「それで、威圧感が凄いのでしょうか? とても頼もしいです」
ライセル小国を護る【仙】がふたりになるというのは、朗報だろう。公にはならないと思うが。
ユグナルガ最強の大魔道師フランゾラムと合わせ、八人の【仙】のうち三人が女性だ。神殿巫女のルナシュフィにも王都で逢っている。
「ウレンさんは魔道師になるのでしょうね。ディア先生は、もう知っていたようですし」
とはいえ派遣元が変わるだけのこと。マティマナは、カルパムの大魔道師で【仙】であるのがフランゾラムで良かった、と、感じていた。なんだかんだで、異界と繋がって慌てたときも即座にキーラを派遣してくれた。
「ウレンは、本来なら、とっくに法師でなくなっていたはず。でも、力は増すばかりに感じるよ?」
エヴラールがどんな物言いをしたのかは謎だが。魔道師となり所属が変わることを、きっとディアートは受け入れるだろう。ディアートとエヴラールも、付き合いは長いだろうと思われた。
「キーラ。あれ、わざわざ教えてくださったのよね?」
さまざまな噂でもカルパムは最近どんどん新領地が増えていると伝え聞く。領地の広さでは、ユグナルガ内で最大の小国だ。そこに、呪いや邪が存在しているらしいというのは不吉ではあるが、聖邪の循環を使い、聖なる魔気を蓄えたいマティマナとルードランにとっては朗報なのだ。ましてルルジェから遠く離れたカルパムの領地だから、ライセル小国の領民に害はない。
「カルパム側としても、助かるのだろうね」
呪いの除去は、とても大変らしい。悪魔憑きのロガの呪いは、聖王院でも浄化できない。それは、他の【仙】にもできない、ということだ。
マティマナが魔気を得る代わりに呪いを浄化するのを知っているのだろうし、望んでいてくれているのだろう。
「カルパム城へ、お礼の手紙をライセル家として出したいのたけど」
家令の元へと連れて行かれたかと思うと、ルードランは笑みを深めてマティマナに言う。
「こんな感じですか?」
一瞬で書いたお礼の手紙を、マティマナはルードランへと差しだした。きらきらと雑用魔法の煌めきは、まだ舞っている。
ライセル家から出すのに相応しい内容の礼状が出来上がっているはず。
「素晴らしいね、これは!」
ルードランは驚きと共に、非常に嬉しそうな表情だ。
「全くです! 家令の仕事がなくなってしまいそうです」
家令へとルードランが手紙を見せると、やはり驚きの声だ。何やら褒め言葉らしい。
ちょっとした、お礼状などを「書く」「届ける」も、やはり雑用の範疇なのだろう。雑用魔法では、とても簡単にこなせそうだ。
内容確認をしてもらってから届けるのであれば、安心でもある。
マティマナが次にカルパムを訪れたときは、ルードランに抱きしめられての転移だった。念のため、事前に手紙を送っている。前回同様、やはり海が見える大きなガラスの広間に転移された。
やはり、大魔道師フランゾラムと、領主のリヒトが共にいる。
「呪いや邪……があるとのことですが、どんな場所でしたら、入っても宜しいでしょうか?」
挨拶の後でマティマナは訊いた。できるだけ平穏な時期に、聖邪の循環は済ませておきたい。
「転移ができるのだな?」
フランゾラムは、ふたりは今回は法師なしで来たと分かっているから訊いてくる。
「僕は、一度行った場所には、マティマナと一緒であれば転移できるよ」
ルードランは応えた。どうしても最初だけは、何らかの手段で送ってもらう必要がある。
「ならば問題なしだ。では、どこであれ、初回は私が送ってやる。その後は好きに入れ。何度でも来るが良い」
フランゾラムは微笑ましそうな表情で、しかし淡々と告げた。
「呪いを浄化してもらえるのは助かるよ」
領主のリヒトは、愉しそうな笑みだ。
「霊草の森は、呪いが強いが貴重なのでな。薬師のみの出入りだ。呪いの残滓は消さん」
大魔道師フランゾラムは注意事項のように言葉を添えた。
「呪いと、邪と、どっちが良い?」
巻物らしきを拡げ、映像のような地図を表示させながら領主のリヒトが訊く。
「両方あるのですか? 消して良いのでしたら、いずれは両方。まずは、緊急性の高いほうでお願いします」
マティマナは互いにとって益のあるほうが良いと思って告げた。
両方というより複数あるよ、と、領主のリヒトは囁き足しながら小さく笑んだ。
「呪いの残存はあるが、襲う者はないはず。途中での拾得物は、好きにしろ」
拾得物が得られるの?
なんて太っ腹なんでしょう!
マティマナは、フランゾラムの言葉に瞠目する。
「それなら、素材も集められそうだね」
ルードランの言葉に、領主のリヒトが笑みを深める。
「聖女殿は、魔気細工や触媒細工をするのだったね。僕としては、細工仲間が増えて嬉しいよ」
キーラから訊いているらしく、心から愉しそうな響きの声で領主のリヒトは歓迎してくれていた。






