聖王院と裏王家サートの秘密
「カルパムの元法師さまは、魔道師となったのですね?」
力を失わないのであれば、法師のままで良いように思う。ただ、法師が結婚しても大丈夫、などと、公言したら、法術を失う法師が続出する、という事情だから仕方ないのだろう。聖王院は、それは避けたいに違いない。
「カルパムの元法師。あれは、元々、王族だ。聖王院の者であれば、裏王家であるサート家の事情を知っているだろう?」
大魔道師フランゾラムは、ウレンへと真っ直ぐに強烈な視線を向けて訊いた。
「もしや、花明かり様ですか」
法師ウレンは、少し眼を見開きながら応える。
「そう。裏王家は、王家の女系が途切れたときのためだけに存在する。城の場所も、聖王院の法術で秘匿させている。サート家に生まれた女性は、ほぼ裏王家を出ることはない。だが、サート家に生まれた男の子は、ジュサートの姓を内密に与えられ一定年齢で追い出されるのでな。その最初の受け皿が聖王院だ」
その事実も、フランゾラムは気に入らなそうだ。どこか吐き捨てるように呟く。
「王族であれば、法師の力を失いにくいのでは?」
ウレンは、少し悲観したように呟き訊く。
「逆だぞ? ジュサートは、最初、聖王院にぶち込まれるが、みな早々に脱落だ。ジュサートの性質を思えば、その方が幸せだろう」
マティマナには良く分からない言葉の内容が続いていた。ルードランは納得した様子で聞いている。
ただ、聖王院で学んでいた法師ウレンよりも、大魔道師フランゾラムのほうが聖王院の内密な事情に詳しいのは、とても不思議な感じがした。
「だが、彼……ヴェルグというのだが。ヴェルグは淫行があっても法術を失うことなく、後に聖王院を破門になっても法術は消えなかった」
今は結婚しているが、術は相変わらず健在だ。魔道として使ってはいるがな、と、呟き足された。
「そんなことが、有り得るのですか?」
ウレンは信じ難さにか、微かに震えている。法師として長い経歴であり、しかもライセル城へと派遣されている身であるから、知り得ぬことも逆に多くなっていたのかもしれない。
「言ったろう? そもそも、法術も、巫女術も、魔道も、元を正せば秘文字の術。本質はなんら変わらん。ただ、魔気量を増やすための手段が違うだけだ、と。ジュサートは王族だ。元々の魔気量は桁違いだぞ?」
「ですが……」
「それこそ恋などしたら、たいていの法師や巫女は力を失う。だが、まぁ、それも、思い込みによる呪いに過ぎん」
大魔道師の言葉を聞きながらも、ウレンはどうしたら良いのか分からずにいるようだ。だが、現状、恋をしても、愛を感じていても、ウレンの法術は煌めきを失っていない。
凄まじい威力を保っている。
「聖王院が呪いを使うなど……有り得なくないですか? 聖なる力の大元が呪いなど使えるのでしょうか?」
マティマナは思わず口を挟むように訊いていた。マティマナを聖女であると認定した聖王院だ。呪いを厭い、穢れを祓い、悪を挫く。清さが力の源となる。
「言霊による呪いだ」
ぽつりと、フランゾラムは呟いた。
「『清くあらねばならない!』。この思い込みが、清さを失った瞬間に発動する。呪い以外の何だというのだ?」
やがて、フランゾラムは少し怒りを込めた声で訊いた。
聖王院や神殿巫女、その在り方に疑問を呈す言葉。
ジュサートが聖王院で真っ先に力を失うのは、呪いからの、呪縛からの解放だ。それは聖なる王家の者であるが故に起こる。と、心へと言葉が響いてきた。
「お前は、聖王院との繋がりと、ライセル家との絆、どちらが大切なのだ?」
【仙】であるカルパムの大魔道師フランゾラムは、ウレンへと低い響きで訊く。
「ライセル家との絆でございます」
ウレンは、迷わず応えた。
「では、魔道師となれ。結婚した法師、という存在は聖王院では成り立たぬ故。カルパム所属として扱ってやる。聖王院からのように、カルパム小国から、ライセル家、ライセル小国への護りも引き受けよう」
フランゾラムは徐に宣言する。
「ライセル家には、私の他にも法師の派遣があります。聖王院との繋がりは、そのままでもよろしいのでしょうか?」
「特に問題はないぞ?」
フランゾラムは笑みを深めて頷く。
「ライセル小国を護る【仙】が、ふたりになるってだけだよ?」
ずっとフランゾラムの隣で、成り行きを見守っていたカルパム領主のリヒトが補足する。黒い眼は、微笑を湛えていた。
「【仙】同士の確執や縄張り争いなどはない。案ずるほどのことはない」
フランゾラムは聖王院のやり方に文句はあるように見えるが、聖王法師ケディゼピスとは【仙】として通常の付き合い方のようだ。
エヴラールが言っていたカルパムでの法師の事例というのは、法師を改め【仙】である大魔道師フランゾラムの元で魔道師となる、という形。ウレンは、ライセル家との絆、ディアートのためであれば、法師を改め魔道師となることも厭わない覚悟のようだった。
「ウレンのカルパム所属は、確約していただけるだろうか?」
ルードランが確認するように訊く。ディアートが納得するかは謎なので、今ここで決定してしまうわけにはいかないからだろう。
「もちろんだ」
「僕としては、ウレンは、法師でも魔道師でも構わないよ? 法師の派遣は続けてもらうから聖王院との関わりが切れることもない」
ルードランはウレンへと労る視線を向けて告げた。
「ウレンさんは、カルパムから派遣の形に変わるのですね?」
マティマナも確認するように訊く。
「それが良いだろうね」
静かにルードランは呟いた。
呼び名の問題だけで、使用する術は変わりない。
元は秘文字による技であり、それぞれの特質は修行方法にこそあり、それは秘匿されている。
相手がディアートであるだけに、事はそう簡単には進まないだろうが道筋はできたように思う。
マティマナは、できうる限りの手段を講じてみようと決意した。
「カルパムは、新領地がたくさん増えたのよ! 『呪い』や『邪』の在処もね!」
話が一段落ついたと思ったらしく、上方から可愛らしいキーラの声が、何やら口を滑らすような軽率さに託けて響いてきた。
「あら、どうして、わたしに『呪い』や『邪』が必要だって分かったの?」
マティマナは見上げる視線を向けながらキーラに訊く。聖邪の循環のことまでは知らなくても、キーラはライセル城で異界の邪を、マティマナが聖なるものへと変換させるのは見ていたからだろうか。
「ふふふっ、手紙から気配がしてたわよ~! そうそう、触媒鉱石も……あっと、いけない」
キーラは、わざとらしく言葉を途中まで言い、手で口を塞ぐ仕草だ。
大魔道師フランゾラムと、領主のリヒトは、そんなキーラを微笑ましそうに見上げている。
触媒鉱石が、カルパムで手に入る?
それは、キーラからマティマナへ向けた内密の助言だろう。言語が得意な異界の姫は、何か特殊な力を持っているに違いなかった。
「当分は、細かい打ち合わせも必要になるだろうし。いつでも転移で来てくれて構わないよ。これ、通行証」
カルパム領主のリヒトは、三人に小さな煌めきを放ってきた。それぞれの手の甲へと、光の紋章を刻むようにして消えて行く。
「カルパムの観光にも来て? わたし案内するわよ」
キーラは嬉しそうにマティマナへと笑みを向けた。






