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城塞都市カルパムの大魔道師

「何と書いて送ったんだい?」

 

 返信の早さに驚いたようでルードランが訊いてくる。

 

「あ、あら、えーと、良く覚えてないです、そういえば……」

 

 とにかく夢中だったので、一瞬で書いて送ってしまっていた。なので必要事項を詰め込んだだけのような内容だろうとは思う。失礼な書き方はしていないはず。と思いたい。が、気持ち的には段々蒼白になってきた。

 

「それなら、きっと良く伝わる内容だったのだろうね」

 

 ルードランの笑みと言葉に、マティマナの心は、かえって慌てている。

 返信には、カルパム城の敷地内座標が記されていた。直接転移で入ってよいようにと許可がでている。

 これは、即座に来い、ということなのだろう。

 幸い、最近は夜会向きとはいかないが、それなり整えられた衣装をいつも着せられている。

 

「ウレンさん、三人で参りましょう? 転移で連れていってくださいますか?」

 

 マティマナはカルパムからの巻物に記された座標を示しながら告げた。

 ルードランとマティマナと法師ウレンとで、即座にカルパムに行くと決めてしまったようなものだ。ルードランは同意顔で笑む。

 言いだしのエヴラールは、いつの間にか居なかった。

 

「わかりました。何やら、かなり怖いですが……手立てがあるというのでしたら、参ります」

 

 マティマナはメリッサに簡単な手紙を「届け」、少し出かけてくる旨を知らせておく。

 法師の転移の術は一瞬で、三人を遠い城塞都市カルパムの地まで転移させていた。

 

 

 

「あっ!」

 

 カルパム城の敷地らしきに着いたようだが、途端(とたん)に別の力で更に転移させられ、マティマナは小さく声をあげる。

 

「あら! まぁ、眼の前が海! それにガラス?」

 

 マティマナは状況を確かめることもせず、思わずひとちるように呟いていた。広間のような場所は、吹き抜けになっていて三階ぶち抜きの面が巨大ガラスになっている。その向こうには、延々と拡がる海。崖上の建物のようだ。

 

「ようこそ。聖女殿。ライセル王殿、そして法師さん」

 

 笑み含みの青年の声に、マティマナはビクゥッとしながら、視線を向けた。

 

「僕は、カルパム領主のリヒト。こっちは、僕の師匠で【仙】のフランゾラム・ドルナーだよ」

 

 短めの黒髪、黒い眼、黒に金の派手で変わった形の衣装。にこやかな声の領主リヒトは、ゾッとするような美貌だ。

 そして、隣に立つ女性は【仙】である大魔道師フランゾラム。黒金のドレスを身につけ、女性にしては高めな背だ。ふわふわの黒く長い巻き毛。暗く青い瞳は、キツい視線を投げてきている。強烈な威圧感に、マティマナは思わずぞくりと背筋が冷えるのを感じた。

 

「お招き感謝いたします。僕はルードラン・ライセル。既にご存じらしいですが。聖女で王妃のマティマナ、それと法師のウレンです」

 

 ルードランは、少しも慌てず落ちついている。優雅な礼をしながら紹介してくれたので、マティマナは隣で慌てて丁寧な礼をする。

 領主のリヒトは、そんな様子を見遣ってか、楽しそうに笑みを浮かべていた。

 

「皆さん、お久しぶり! 逢えて嬉しいわ! 聖女マティ、ルーさまに、法師さま」

 

 ガラス窓を突き抜け、鳥の姿のキーラが飛び込んできてさえずった。

 

「お前たちのことは、キーラから色々と聞かされている。キーラも世話になった。何でも相談に乗るぞ?」

 

 威圧感はあるままだが、大魔道師フランゾラムは柔らかな笑みだ。威厳があるのに魅惑的で優しい声音で囁いた。

 

 フランゾラムは、美しく気高い超越した天女のようだ。【仙】にして仙女。ユグナルガ大国一の大魔道師。にしては、邪悪な気配はカケラも感じなかった。威嚇的な気配はあるが、笑みを浮かべると、途端に少女のような印象すら感じられる。【仙】である魅力は、計り知れない。

 

「こちらへどうぞ。かしこまらず、くつろいでくれて構わないよ?」

 

 リヒトは、ぶち抜き全面のガラス窓近くへと皆を招いた。

 座り心地の良さそうな豪華な背付きの長椅子が卓を挟んで向かい合っている。少し距離を置き、ひとり用の背つきの椅子。

 

 何かに誘導されるように、皆、指定の場所へと座った。

 マティマナはルードランと隣り合いに長椅子に。向かいの長椅子は、領主のリヒトとフランゾラム。ひとり用の椅子にウレン。キーラは邪魔にならないように、少し上をひらひらと浮くように舞っている。

 ルードランは、隣に座ると即座にマティマナと手を繋いだ。

 

「法師さまが、結婚しても法術を失わずに済む方法があると聞きました」

 

 手紙を送った手前もあり、マティマナは話を切り出す。

 

「……ずっと陰ながら愛しておりました。しかし法師を辞して愛をとることを、彼女は良しとはしませんでした」

 

 ウレンは白状するように呟くがうつむき気味だ。

 ディアートは互いに思い合っていると分かっても、生涯独身を通す覚悟のようだった。

 

「結婚しても法術が使えるままの元法師がカルパム城にいる。彼は、法師の頃から淫行を繰り返していたが術を失うことはなかった」

 

 フランゾラムは感情の読み取れないような静かな声で告げたが、根本には怒りがある。怒りの矛先は、聖王院だと、マティマナは何故か感じとっていた。

 

「そんな、バカな……」

 

 ウレンは茫然とした響きの声で呟く。

 

「法師が女人(にょにん)に触れるだけで力を失うことがある、というのは、呪いのようなものだ」

 

 フランゾラムは静かに応えた。

 

「呪い? 呪いなのですか?」

 

 マティマナは瞠目(どうもく)し驚きの声を上げている。

 呪いを何よりいとう聖王院による呪い? そんなことが有り得るの?

 

「真実の愛、純粋な愛であれば、法術は失われたりしない。否、真実の愛でなくとも、失うことなどないと信じれば、法術が失われることなどない。現に、ずっと恋している法師が術を使えている」

 

 フランゾラムは、ウレンへと視線を向けて告げると柔らかい笑みを浮かべた。

 

「法術も、巫女術も、魔道も、元を正せば秘文字の技だ。術の出所(でどころ)に変わりはない。ただ、魔気量を増やすための修行方法が異なるだけのことだ。秘匿されてはいるがな」

 

 言葉はわずかに溜息交じりに聞こえる。うれえているというか。

 

「……呪いというのは、どういうことなのだろう?」

 

 マティマナの心に渦巻き続ける問いを、確認するようにルードランが訊いた。

 

「法師は元来、清さを極めることで保有する魔気量を増やして行く。その手段のためには、恋や愛、まして女人に触れるなどは確かに厳禁。禁をおかせば一瞬にして増やした魔気量は元に戻ってしまう。――それ故、生涯独身という清さを保つための枷、呪いを植えつけるのだ。本来、禁を破り魔気量が戻ってしまっても、術までは消えないはずなのだが、皆、呪いのための思い込みで自ら術を消滅させてしまう」

 

 フランゾラムは低めの響きで、諭すように応える。

 

 要するに、元より魔気量が多ければ、清さなど保たなくとも法術は使えるのだ。

 呪いに縛られ、自ら力を閉じてしまうだけだ。

 

 続く小さなフランゾラムの呟きは、心のなかに直接語り掛けてくるような響きだった。

 

 


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