新たな魔法部屋の模索
魔法部屋ができあがるまでに、ルードランは何度か魔気を注いでくれた。
何が起こっているのか分からないまま触媒細工は続いたが、どうやら足りない素材があったようだ。地下を掘り、石とか、土とか、その他、埋まっていた何らか? 土器的なもの? 色々素材として使ったことは何となく分かった。
地下二階まで、綺麗な形の部屋として出来上がっている。
自分で触媒細工したので、マティマナには探し物の魔法を撒いたときのように建物の全体図が頭のなかで視えていた。
天井の高い平屋の倉庫だったが、二階ができている。
「地下……二階まで掘ってしまったみたいです。階上にも……」
圧倒的に広くなった。
新たな空間は別の魔法部屋にすればいいのかな? いや、何だか既に何らかの魔法部屋になっているようだ。
「凄い音がしていたからね。地下二階までとは凄いよ」
「素材が足りなかったみたいなんです」
それなのに予定よりも階数が増えた。それでも、階数を増やしてでも、素材が必要だったのに違いない。
「ここが乾燥のための場所……なのかな?」
「どうなんでしょう?」
造ったもののマティマナには、良く分からない。ただ、魔法部屋ができたことだけは分かっていた。
「先にダウゼに鑑定させようか」
マティマナが困惑しているのは、手を繋いでいるから丸わかりだろう。ルードランの提案に、マティマナは頷く。
「それだと、とても助かります」
すぐにダウゼが鑑定してくれたので、地下一階と地下二階は必要に応じて好みの魔法部屋に直ぐに変更可能らしいと分かった。マティマナが、指定すれば済む状態になっているらしい。
そんな、なんて都合の良い状態になってるの?
ルードランから都合の良いことを考えるように言われてはいたが、破格な気がする。だが、ありがたく必要になるのを待とうと思う。必ず、必要になるのだ。
無駄なことなんて、何気にないものね?
「素材、運ばれてきました!」
メリッサの弾んだ声が告げる。使用人が、乾燥された魚介の素材を工房に運び入れていた。
「あら? 随分と早いのね。それに、何だか面白そうな素材がたくさん!」
魔法部屋での乾燥は、マティマナが雑用魔法でするよりもずっと早い。新鮮で瑞々しいものでも、すぐに素材として使えるようになるそうだ。
それに広いので、実験的にさまざまなゴミを乾燥させているらしい。鮮度の良いまま乾燥させられるから、今までは生ゴミとして処理されていたものが、素材になる。
乾燥したまま保管できる部屋もあると好評だ。
「魔法部屋は、好評のようだね」
公務と公務の間に、ルードランは工房へと訪れ楽しそうに笑む。
「はい! なんだか、色々と乾燥させてくださってるみたいです」
鑑定士のダウゼによると、乾燥の魔法部屋の他に、ゴミに関する魔法が色々と用意されているらしい。
ゴミの篩い分けしてくれる箱。指定の場所で下拵えすると、ゴミが自動で必要な素材になるべく転移され乾燥するための区画。
面倒な厨房周りのゴミ関連の雑用が、かなり楽になるらしい。
ダウゼからの報告を聞き、マティマナは吃驚仰天だった。
棚や、倉庫内倉庫など、それぞれ別個の効能があるらしく、まだ鑑定しきれていないそうだ。
帆船の鑑定も、した方がいいのかも?
マティマナは、ちょっと思ったが、色々きっと試して鑑定するまでもなく分かっているだろう。
「洗濯ものの乾きが早くて助かります!」
侍女頭のコニーは、満面の笑みだ。
「あ、そうよね。乾燥の魔法部屋ですもの」
かなり広いし、素材造りだけではもったいないかも?
洗濯ものも、食器も、きっと乾燥させられる。
「そうそう。干物が凄いんですよ。天日干しの効果みたいで。賄いで試しに食べたら、とても美味です! 魚の一夜干しなら、数刻。魚も、海藻も、きのこ類も、丸一日置いたらカラカラの乾物や干物になりますよ!」
マティマナの素材だけでなく、色々便利に使ってくれているようだ。
乾燥花も簡単らしい。これでライセル城を飾る生花も、一本たりとも無駄にならない。素材植物の乾燥だけでなく、庭園の植物もゴミにならず素材にできる。
濾し取って本当に肥料にするしかない生ゴミのみが、元々のゴミ処理へ回るだけなので、処理の効率が断然良くなった。ゴミ処理し肥料を造る魔法の仕掛けは元々ライセル城に備わっている。肥料は買い取られたり、庭園の手入れに使われたり。
柑橘の皮や野菜の料理に使えない部分なども、すべて素材にしてくれていた。
剪定した枝葉も。半端な木材も。石材も。金属ゴミだって、なんか使えるのでは? と、皆協力してくれている。
「王妃殿がゴミ処理担当か?」
時々、工房に現れるエヴラールは皮肉混じりに、そんな風に声をかけてきた。だが、気配的には、どうやら褒めてくれているらしい。
「はい! 素材が豊富になって、とても助かってます」
「乾燥の魔法部屋で人が作業していて平気なのかね?」
文句めいて響く声だが、心配してくれているようだ。
「生きているものには作用しない魔法ですから、長時間作業していても水分不足の心配はないです」
「それなら良い」
エヴラールは口の端に笑みを浮かべた。元々、超美形な容姿のエヴラールが、そんな笑みを浮かべると何やら壮絶な美しさの貌となる。短めの銀髪も、金の眼も、きらきらだ。
「魔法部屋として存在すると便利なのは、どんな部屋でしょう?」
笑みなど見てしまったので、マティマナは、ついついエヴラールへと相談するように訊いていた。
「聖女殿は、聖王院の管轄のようなものだろう? 発酵や、美味な水など造ってみたらどうだ?」
エヴラールは、そんな風に呟き告げると、もう一度笑みを向けて別の扉から出て行った。
発酵……? 酒精や、お酢……とかだったかな?
ディアートから、聖王院のことを習ったときに聞いた。聖王院は清めのための蒸留酒を造っている。その前段階で、発酵……。だけど、発酵って、他にも何か使えたような?
「エヴラール殿が来ていたようだね」
心配顔のルードランが工房に入ってきた。
「はい。発酵と、美味な水を造る魔法部屋? 提案してくださいました」
ルードランは驚いた表情を浮かべた。
「エヴラール殿が提案とは、珍しいね」
やはり珍しいらしい。
「聖王院では、発酵など得意なのでしたね。発酵、ちょっと調べてみたいです」
酒類以外の使い道が何かあったような気がする。なんとなく、調べてみたい。
「図書室を使うと良いよ。後はウレンに聞くのが早いかもしれないね」
「そうですよね! ウレンさん、聖王院で学んでいるのですから」
そう言いながらも、ルードランは直ぐに図書室へと案内してくれた。魔法を撒いたときに入っているから場所は分かっている。それに、マティマナは既に、出入り不可の場所が無くなっているようだ。
「マティマナは、当主と同等な上で、王妃で聖女なんだから。ライセル城は、どこにでも入れるよ?」
個人の部屋以外、マティマナには既に全て解禁になっていた。






