都合の良いこと、楽しいこと、考えて?
ルードランの腕が、ギュっと抱きしめてくる。
「こんなに毎日が楽しくて良いのでしょうか?」
たいへんな事態になったりもするけれど、それすらも楽しかったと感じる。
余りにも幸せすぎ、ちょっと怖い……。
「聖なる力を領民のために使いたいと思うのなら、特に。マティマナは楽しいことだけ考えないとね」
抱きしめながら、ルードランは耳元近くで囁いた。幸せすぎて怖いと、そう思う心が伝わったのだろう。
(そんな都合の良いこと……)
心のなかでマティマナは困惑ぎみに呟く。
「そう! 都合の良いことばかり、考えないとダメだよ?」
心の呟きへの応えに、マティマナは思わずルードランの肩口へと伏せていた顔を上げた。
優しい極上の青い笑みが見詰めてくる。
「心配なんてしていると、マティマナは心配がしたいのだと思われて心配の元を呼び寄せられてしまうよ? だから、心配なんてしないで、都合の良いこと、楽しいこと、考えて?」
ルードランは柔らかく諭すように、マティマナへと告げた。
心配の元を呼びよせちゃうなんて、絶対ダメ!
でも、心配するな、というのは案外難しいことのように思う。
「都合の良いこと考えていると、良いことを呼び寄せられるのですか?」
心配する代わりに、都合の良いこと、楽しいこと、考えれば良いってこと?
「もちろん!」
ルードランは確信を含む声で応えた。
(窮地にいるときほど、だよ?)
と、心へと言葉が囁き足される。
マティマナは驚き慌てつつも、とても大事なことを知った。
どうしよう? とは思っても、そういえば窮地で失敗のことなんて考える余裕などない。
何もかも、必ず上手くいく。
いつもルードランが一緒だから、常にそう思っていた。心の持ちようは大切なのだ。
「ルーさまと一緒なら、できそうです!」
そう、ルードランと一緒なら、可能だ!
ルードランはいつも、マティマナの可能性を微塵の疑いもなく信じてくれている。そして、それは必ず実現していた。一種の魔法なのだと思う。誰でも使える魔法だ!
切羽詰まったときほど、悲観したらダメなのね。必ず解決するのだから、都合の良いことを考えるのね。
心配した分、心配な出来事が寄ってくるなんて、とんでもない。絶対避けたい。
楽しいことを。
領民の安寧を。幸せを。
「マティマナは、皆に幸せを与えられる存在なのだから。だから、誰よりも幸せでないとね?」
甘い響きの囁き声が聞こえ、頤へと指先が触れる。
ふわりと唇が重なる、甘美なキス。
(もっとも幸せは分け与えれば増えるものだから。最初は小さな幸せでも良いけれど。僕は、マティマナに最高に幸せでいてほしいよ?)
キスの感触とともに、ルードランの心の囁きが告げている。
(わたし、ルーさまに、ありったけの幸せ贈ります!)
唇が塞がれているから、心で思いきり囁きかえす。甘い感触に、心の声も掠れぎみだ。
いつも大量の幸せをルードランから贈ってもらっているから。ありったけでも、きっと足りない……!
(いつもいつも、タップリもらっているよ?)
唇を重ねる角度を変えながら、ルードランからの心への囁きは続いた。
(もっともっとです!)
必死で心の囁きを返しながらも、背に回して抱きついている手の力が抜けて行くのを感じる。
こんなキス、意識……真っ白になっちゃう……。
実際、意識が飛んでしまったらしく。
気づくと寝室の安楽椅子に、並んで座る形でルードランに凭れ掛かっていた。肩を抱かれる感触が心地好い。
「あ……運んでくださったんですね」
マティマナは目蓋を開き、隣のルードランの笑む気配を感じながら申し訳なさそうに呟いた。抱き寄せられていて何気に身動きができない。
「抱きしめていたからね。転移してしまったよ」
髪へとキスの感触。
なんだかとても大事にしてもらっているのが実感されて甘く吐息がこぼれた。
「ルーさま、愛しています……」
とても幸せ、と、囁き足す。
「僕も。愛してるよ、マティマナ」
僕もとても幸せ、と吐息で囁かれた。
マティマナは嬉しさに笑みがあふれ、ふと、保養所に最初に行ったときのことを思い出した。
「あ……。保養所に行ったとき……」
ルードランへと凭れかかったままだったマティマナは言葉を途中で止め、少し身動いで体勢を変える。
「お料理してみたかったです!」
何気に唐突だな、と思いながらマティマナは言った。見詰めるルードランの顔が、不思議そうな表情を宿す。
「料理したことあるんだ?」
まじまじと顔を見詰めながら訊いてくる。
保養所では厨房であれこれしてみたいなぁと思う間に、人が溢れてしまった。
「いえ? ですが、ライセル家の厨房で準備とか、下ごしらえとか、簡単な途中の鍋の様子を見たりしてましたし」
でも、なんだか、できる気がする。もちろん雑用魔法でだけれど。
「料理、してみたい?」
興味深げにルードランは訊いてきた。
「ですが、ライセル家の厨房ではさせてくれないですよねぇ」
お料理して、ルーさまと食べたりしてみたい……みたい。
マティマナは、こっそり心の中で呟いたが、ルードランには聞こえていたようだ。
「それ、いいね! マティマナの料理、食べてみたいな。いや、一緒に作ろうか」
ルードランの言葉に、マティマナは瞬きする。
え、王様がお料理するのですか?
マティマナだって、王妃だよ?
お料理、雑用魔法で造るんですよ?
美味しそうだね。
心の中での囁き合いが続いた。
「ライセル家の狩り小屋なら、ちょっとした厨房がついているから今度行ってみようか」
ルードランは、すっかり乗り気になっている。
「ライセル家の狩り小屋! 海に保養所がありましたから、狩り小屋は山か森ですか?」
「そう。誰も狩りはしないから、名目だけだけれど。森の湖近くの休憩所のようなものだよ」
「素敵です! 湖まであるなんて!」
マティマナのはしゃぐ声に、ルードランの笑みが深まる。
「マティマナも、ライセル家の者になってくれたのだから、あちこちのライセル家の施設を見せなくてはね」
ちょっとした旅行の距離だけれど転移で行かれるから、と言葉が足された。
そう。マティマナが遠出の機会が少なかっただけで、ルルジェの都は広いのだ。そしてライセル家には、ルルジェの名所各地に施設があるとディアートから習っている。
「ルーさまと、色々な場所、行きたいです! 領地、ちゃんと確認しなくっちゃですね!」
こなすべき公務もあるけれど、ルルジェのあちこちで領民の暮らしを見てみたいと思う。皆が幸せに暮らせるように、何か不都合なことがあればなんとかしてあげたい。
「まずは、一緒に料理をしてみようか」
逸るマティマナの心の動きを愉しむような表情をしながらルードランは提案してきた。
「はい! 愉しみです!」
こんなに幸せでいいのだろうか?
マティマナは、そう思いそうになる心の動きを止める。
全力で幸せを満喫しよう。楽しさを教えてくれたルードランに、たくさんの幸せを贈ろう。それが皆の幸せにも繋がる。マティマナは、そう確信し、ルードランへと笑みを向けた。
(四章・完)
(あとがき)
四章・完結しました!
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どうぞよろしくお願いします!
数日休んで、五章に入ろうと思います!
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