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鳥籠のような美しい珊瑚の檻

 宰相の表情が、わずかに曇る。

 どの品への反応であるか、知らせないようにしている節はあった。

 だが、この全体のどれかなら、まとめて触媒細工してしまえばいい。

 

「急ぎますね!」

 

 ライセル城に本格的な危害が加えられる前に、宰相から『海洋の神聖視』を奪うなり、無力化させれば良い。

 

 マティマナは珊瑚の枝がたくさん集まったような不思議なひらひらを中心に、姫の鱗だというきらめきと、エヴラールからのたくさんの宝物を一緒くたにすると、触媒のほうも全て混ぜた形で雑用魔法を介し聖なる力を注いだ。

 

「やっ、止めるんだっ!」

 

 何かに怯えるような表情が、刹那、宰相セゲゼーツの物憂げな貌に浮かぶ。

 あら、なんだか効果がありそう!

 マティマナは何を細工するのかも分からないままに、ありったけの聖なる魔気を注ぐ。ルードランとはずっと手を繋いだまま。マティマナの魔気が枯渇する前に、ルードランの聖域から流し込んでくれるだろう。なので、全く心配せずにありったけ注ぎ続ける。

 

「止めません!」

 

 マティマナの言葉に反応するように、さまざまな素材を巻き込みながら珊瑚の枝はぐんぐんと伸び始めた。太い帯のように宰相のいる場所を取り囲む。宰相の『神聖視』の影響を受けないぎりぎりの場所だろうか? そこで、円形に繋がった帯は、今度は上下にも伸びる。

 

「うわああああっ!」

 

 かなり離れた周囲を珊瑚の枝めいた帯で囲まれただけなのだが、宰相は逃げることもできず、呻き、喘ぎ、身悶え、暴れはじめた。

 マティマナの魔気は、注がれ続ける。止めようにも止まらない。吸い取られるように、どんどんと網目っぽかった珊瑚の枝の合間の部分を装飾しながら、拡がる。エヴラールから譲られた宝石は、透明ガラスのような板状のものとなつたりし、珊瑚の枝の合間を埋める。

 

「何ができるんだろう?」

 

 小さくリジャンの声が聞こえてくるが、応える余裕はマティマナにはなかった。

 いや、余裕もないが、マティマナ自身、何ができるのか分かっていない。

 ルードランから、何度も何度も魔気が補給されていた。マティマナは、とっくに聖女の杖に蓄えられた魔気も、自身の魔気も使い切ってしまったようだ。

 

(ルーさま、まだ聖なる魔気、ありますか?)

 

 声にしている余裕はないが、確認せずにいられない。

 

(大丈夫、思い切り使うといいよ)

 

 優しい響きの声には、余裕が感じられた。まだまだ大丈夫なのだという安堵感。

 鏡を取りだし宰相から邪の部分を奪うなどという余裕もなく、マティマナから魔気が引っ張り出されて行く。

 宰相の周囲に構築されて行くものは強烈な海洋の神聖を秘めていると分かる。

 

 珊瑚の枝と、姫の鱗、裏切り者たちから取り返した神聖なものたちの宝、そんなものが寄ってたかって美しい装飾の何ものかに変わっていった。

 パアアアアッと光が炸裂する。

 

「くっ、ううううっ! ぐぁぁぁぁっ!」

 

 神聖な存在に取り囲まれ宰相は断末魔めく声を上げた。化身としての形が崩れ始めている。

 宰相としての形を保てず、鮫の形に戻った。だが、囲うものには近づけず、その場、王座めいた岩の椅子の上で泳ぎながら暴れている。大きな鮫の腹部には、腹巻きのような状態で帯が巻かれていた。

 

 姫から奪ったという鰭の帯が、鮫の腹に巻き付いたままなのだろう。

 

 『怪異たちからの攻撃が止みました!』

 

 戦いを繰り広げていた法師から息切れしながらの声が響いてきた。宰相の力が封じられ、味方することで得ていた怪異たちの力が衰えたに違いない。

 

『怪異たちは皆、海を目指して移動し始めたぞ!』

 

 バザックスからも報告が入る。都の者たちを襲う気配もなさそうだ。

 ライセル城の危機は、去ったらしい。

 

(良かった……)

 

 マティマナの小さな心の呟きに、ルードランの同意の感情が応じてくれている。

 

「おおっ!」

 

 そして誰からともなく、どよめきに似た声がこぼれ海水を揺らした。

 

「まあ、綺麗な……鳥籠?」

 

 ようやく魔気が止まり、マティマナは声を出せている。

 

 鳥ではなく鮫が入っているから鳥籠ではないが、巨大ですこぶる美しい装飾の檻とでもいおうか。

 煌びやかな金細工めいた装飾が全体に施され、宝石が飾られ、鳥籠の持ち手の部分には煌めく鱗から出来上がったであろう巨大宝石。

 

 檻の柵の合間の大部分は、太い部分から網目のように拡がった珊瑚の枝で繋がっている。檻の柵があいているように見える場所には、宝石から変わったガラス板がピッタリ嵌まっていた。

 珊瑚や海藻や岩、美しく浅瀬の海を模したように檻のなかに綺麗な景色が展開されている。

 

 巨大な水槽のようにも見えるが、上下左右、すべて珊瑚の網に覆われ、抜け出せそうな場所はないし、出入りのための扉もない。

 

 だが、小魚たちは自由になかに入れる。早速、泳いで入り込み珊瑚や海藻の影に隠れていた。

 

「これは……一体、どうなっているんだ?」

 

 エヴラールが怪訝(けげん)そうに呟く。

 

「神聖には寄れませんでしたが、素材たちが遠巻きに囲いこんでくれました」

 

 マティマナは鑑定できないので、実際に何が造られたのかは分からない。

 

「姫の強烈な神聖が強化され、宰相の化身を無効化したようです。あっ――姫!」

 

 人魚のベリンダは檻を眺めながら呟いたが、人質となっていることを思い出したようだ。

 

「そこの扉が光ってます!」

 

 マティマナは、ベリンダ近くの扉を示す。宰相の力が無効化されたので姫の居場所が示されるようになったらしい。

 

「手伝おう」

 

 ベリンダが重い岩戸を開けるのに手間取っていると、エヴラールが手伝いに入った。リジャンと雅狼も手を貸している。ズズズッと、重い岩の引き戸が動き、内部で光がほとばしった!

 

「姫~! リアラリール姫!」

 

 ベリンダは泳ぎ寄り、くずおれていた上体を起こしかけた姫に抱きつく。ふわりと泳ぎ上がって姫を立たせるような形にしながら、扉から連れ出した。

 ベリンダよりも、更に若いような姿だ。水色の長い髪、光輝くように綺麗で可愛らしい貌、長いドレスのような衣装を身につけている。

 

「皆様、ありがとうございます。ご活躍のほどは、ぼんやりとですが視ることができました」

 

 可愛らしい声が囁くように告げる。

 たくさんの小魚や、海洋の者たちがどんどん集ってきていた。姫から、何か力が発せられると、他の岩戸が開く。たくさんの人魚たちが、閉じ込められていたようだ。

 

 宰相だった鮫を入れた檻を取り囲むように、大量の海洋の者たちがいる。

 

『姫さまに、宝玉をお返ししなくては!』

 

 ディアートの声が響いてきた。

 

「あ、そうですね! もう、宰相に盗られる心配ないですし」

 

 マティマナは頷くと、雑用魔法の「取り寄せ」で、ディアートの空間越しに宝玉を取り寄せる。

 

「姫様、宝玉お返しいたします! とてもお世話になりました!」

 

 マティマナは、取り寄せた宝玉を姫へと手渡した。

 

「おい。地図をなくして、どうやって戻る気なんだ!」

 

 慌てたようなエヴラールの声が響く。空間で展開していた地図は、当然消えた。だが、ディアートの空間は健在で、皆の心のつながりは保たれている。

 

「ご心配には及びません」

 

 宝玉を手にした姫は、即座に地図を展開してくれていた。それは、竜宮船に居る者の視界により、ディアートの空間にも反映された。

 

「お戻りの際は、幽霊船でも、転移でも」

 

 姫は笑みを深めて言葉を足す。

 

『大丈夫です! お義姉(ねえ)さまが視えてます! 全員まとめて転移可能です』

 

 ギノバマリサのウキウキした声が響いてきた。

 

 


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